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(…俺が……成海さんと…結婚?)
女王からの勅命を思い返し、絆はカァ……と赤面する。
絆にとって成海という少女は、元の世界にいた頃から好きな相手だった。
学校でのクラスは違ったが、成海は絆の双子の姉の親友。
学校ですれ違い会話する事は勿論、成海が姉に誘われ家に遊びに来る事もよくあった。
元の世界の事は、学校も友人も家族も…それこそ双子の姉の名前すら忘れていた絆。
それでも…成海を好きになったきっかけは…初めて彼女と会った時の記憶は、ずっと覚えている。
絆は元の世界でも、この世界でも、ずっと成海が好きだった。
絆はずっと…成海に恋をしていた。
だからこそ、この婚約に胸がドキドキと高鳴っている。
急過ぎるとか、まだ自分達は17歳だとか…そんな常識は頭の中をグルグルと駆け巡るだけで口には出ない。
ただ頬が、顔全体が赤く染まり熱を持つ。
本能のまま嬉しさと喜びに満ちた心と体。
高鳴る胸を抑えつつ、成海はニヤけた顔で成海の姿を心に思い浮かべた。
そして思い出した。
自分達の婚約の話が出た時、成海は女王に対して頑なに返事をしなかった、と。
それどころか成海は、婚約を命じた女王を睨みつけていた。
まるでこの婚約に…納得などしていない、という態度。
成海の姿を鮮明に思い出すと、先程まで熱を持っていた絆の体と頭は急速に冷めていく。
自分が恋心を抱いた相手は、自分との婚約など…望んではいない。
その事実が胸に重くのしかかると、絆は勢いよく女王に向けて顔を上げた。
女王は薬の効果で怒りが収まっており、ヴィクターに空になった瓶を渡すと穏やかな顔で絆を見つめ返す。
「…絆?…どうした?」
「あのっ!あの…陛下。なんで……なんで俺と成海さんを…結婚させるんですか?」
「言っただろう。この世界の平和を保つ為だ。お前達は二人共、王位継承の資格も、それに相応しい力も持っている。その二人が結婚すれば、権力は一つにまとまるのだ。これは世界を乱さぬ為の勅命。この世界の為の婚約だ」
「だからって…」
これは政治的な意味がこめられた婚約。
世界を平和に保つ為の女王の決定。
それは絆も理解した。
しかし理解は出来ても、納得が出来ない事もある。
困惑したように言い淀む絆に、女王もまた不思議そうに首を傾げながら声をかけた。
「どうした?何が不服だ?お前は成海を愛していたのだろう?この婚約はお前の為でもある。お前はただ、喜んで婚約を受けいれればいい」
「っ!?陛下は…俺の気持ちを知ってましたよね!?ならなんで…なんでこんな無理矢理!俺と成海さんをくっつけるような真似をするんですか!?」
「だから何度も言うが、理由はこの世界とお前の」
「そうじゃありませんっ!」
まるで的外れな回答しかしない女王に、絆も我慢できず声を荒らげた。
女王の方は薬の効果がまだ続いているのか、絆の態度に眉をしかめることはあっても、怒鳴り散らす事はせず、ただ絆の次の言葉を待つ。
ヴィクターもまた口を挟む事はせず、黙って絆と女王のやりとりを傍で眺めていた。
「陛下は…俺の為って言ってくれるけど…そんなの俺…全然嬉しくない」
「………なに?」
「っ、俺は!俺は成海さんが好きです!でもだからって!陛下にどうこうしてもらおうなんて!思ってません!陛下の命令で成海さんと結婚したいなんて!思った事もない!」
絆は力の限り、女王に向けて自分の本心を叫ぶ。
しかしその言葉に、女王は眉をピクリと動かした。
「……なら聞くぞ。お前は成海に何を望む?男として…好きな女の何を望むというのだ?」
「何を望むって…俺は。………俺は…成海さんにも俺を…好きになって…もらいたい」
「つまり…成海の心が欲しいと?ハッキリ言うが…今のお前には無理だ。絆」
女王は玉座から絆を見下ろし、嘲るように彼を笑う。
目の前にいる少年の青さが…若さが…女王にはとても滑稽に映ったから。
バカにされたと直感的に感じた絆は、ムキになったように再び声を荒らげる。
「そんなっ!そんなの誰にもわからないでしょ!陛下にだってわかる訳ない!」
「悪いがな…お前より余程わかっている。同じ女としてな。成海はお前を…友以上の気持ちで見てはいない」
「っ!?それは……そうかもしれないけど!今はそうでも!これから!」
「これから?これから何か変わるのか?お前だけで成海の気持ちを変えられるのか?元の世界でもこの世界に来てからも、自分の気持ちを伝えられていないのに?ダラダラと成海と過ごすだけだったお前に?無理だ。何より今の成海では…お前を好きになったりしない」
必死に自分の期待…願望を口にする絆だったが、その全てを女王は否定する。
女王は成海を二番目という理由で毛嫌いしていた。
今も彼女が二番目というだけで警戒もしている。
それでも…女王は同じ女として、成海の気持ちには気づいていた。
成海は絆を友達としか見ていない。
それどころか…二番目と冷遇されている今の成海は、一人目である絆に対して嫌悪感や劣等感まで抱いているだろう。
そう仕向けてしまったのは他ならぬ自分だが…それでも女王は自分の行動が間違いだったとは思っていない。
何より…二番目である成海は嫌っても、一人目である絆の事は、女王も認めているのだから。
女王は一度深呼吸をして気持ちを整えると、今までとは違い、優しい声色で絆へと問いかける。
「絆よ。女王として今一度、お前に問う。…成海を愛しているか?」
「……………はい」
真正面から問われ、絆は少し言葉に詰まりながらも…最後はしっかりと女王の目を見つめて頷いた。
「本当に素直で、馬鹿正直な男だ。そんなお前が最初は気に入らなかったが…今はどうしてか…お前のそんな所が愛おしいとすら思う」
「陛下?」
あまりにも優しく言葉をかける女王に、絆もまた呆けたように女王を見つめ返した。
絆と女王の視線は真っ直ぐと交わり、女王はそれを受けクスリと微笑む。
「私は女王として、この世界を守りたいが…お前にも……いや、お前には幸せになってもらいたい。だからこそ婚約を命じた。お前の幸せな未来のきっかけとなるように」
「婚約は…きっかけ?」
「今はまだ…成海はお前との婚約を受け入れていない。固く心を閉ざしてな。そんな成海の心を…夫として解きほぐしてやれ。長い時間ときっかけさえあれば、女の気持ちはいつか一番傍にいる男に傾く。お前達は常人より長く生きられるのだ。長い人生…お前は好きな相手と幸せになれ」
絆にそう告げると、女王は一瞬下を向いて俯き、誰にも聞こえないように小声で呟く。
「………私は……なれなかったから…」




