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翌日。
絆と成海、そしてエリカの三人は、女王に呼ばれ城の謁見の間へと来ていた。
緊張しているのかソワソワと落ち着かない絆。
昨日泣き続け、夜もろくに寝ていないのか、顔色の悪い成海。
そして普段通り、凛とした佇まいのエリカ。
三者三様の面持ちで、自分達を呼び出した張本人を待っていると、やっと女王が宰相と宰相補佐のヴィクターを連れ、謁見の間に現れた。
玉座に腰かける女王に対し、三人は深く頭を下げる。
「よく来たな。三人共、顔を上げよ」
「は、はい。陛下」
女王の言葉に恐る恐る頭を上げる絆。
成海とエリカもまた無言で顔を上げ、女王を見つめる。
女王は三人の顔を見つめ返すと、宰相から勅書を受け取り、それをバッ!と勢いよく開いた。
「これからお前達に勅命を下す。これは世界を治める女王の命令であり、この世界を今後も平和に保つ為の勅命だ。心して聞け」
成海は女王がこれから何を言おうとしているのか気づき、俯いて奥歯を噛み締めた。
エリカは不安気な表情をヴィクターに向けていたが、ヴィクターは娘を安心させるように笑顔で頷く。
何も知らない絆は一人で困惑していたが、その顔は女王の言葉で驚愕に変わっていくことになる。
「絆!お前を正当なる王位継承者とする!私が退位した後、お前がこの世界を治める王となるのだ!」
「っ!?お、俺が…王様に?」
「お前にしか出来ぬ事だ。私はお前に、この世界の今後を託す。良き王となれ。絆」
女王からの勅命を受け、絆は自分の胸が熱くなりドクドクと脈打つのを感じた。
次期王という重責…それよりも、自分が認められた事が何より嬉しかった。
いつの間にか好きになっていたこの世界…その王となれる事が、彼は素直に嬉しかったのだ。
絆は満面の笑みを浮かべると、力強く女王に向けて頷く。
「…っ、はいっ!陛下!!俺は陛下のように!立派な王になってみせます!」
「絆よ。その言葉…決して忘れるな。決して違えるなよ。そして成海、エリカよ。お前達にも勅命を下す。絆同様、心してそれを受けよ」
「………………」
「はい。女王陛下」
成海は女王の言葉に微動だにせず、また何も答えない。
対照的にエリカは女王の言葉をしっかりと受け止め、再び頭を深く下げた。
成海の態度は女王に対して無礼極まりないものだったが、女王はあえて咎めず話を進める。
「成海、そしてエリカよ!お前達と絆を婚約させる!成海は絆の王妃に!エリカは第二妃となれ!二人で次代の王を支えよ!」
「え!?こ、婚約!?王妃に第二妃って!陛下!?何言ってるんですか!?」
女王の発言に一番驚いたのは、勅命を下された少女二人ではなく、絆の方だった。
驚く絆とは違い、成海はやなり無言を貫き、女王に向けて頭を下げたまま。
エリカは驚きのまま再び父を見たが、やはり父の表情は変わらない。
つまり『この場はそれを受けろ』という意味だとエリカも自分を納得させた。
「……恐悦至極に存じます、陛下。わたくし、エリカ=メイ=リスクは未来の王と王妃様を生涯お支えすること、女王陛下に誓います」
「エリカよ。お前ならそう答えてくれると思っていた。王の事も王妃の事も、そしてこの世界も…お前なら立派に支えてくれると、私は信じているぞ」
「勿体ないお言葉です。女王陛下」
自分の勅命を快く受けたエリカに、女王は満足気に微笑む。
そして、いつまで経っても何も言葉を発せず、動こうとすらしない成海へと視線を移した。
「成海も良いな?」
「……………………」
「…成海さん?どうしたの?ほら。陛下に返事しないと。何か言わないとダメだよ」
女王に尋ねられても、成海は何も答えようとしない。
成海の様子がおかしいことにやっと気づいた絆も、成海に返事をするよう促す。
それでも成海は何も答えようとはしなかった。
(私が何を言っても……何も聞いてくれないクセに。それなのに…こんな時だけ返事をしろ?馬鹿げてる。私は絶対…返事なんてしない。婚約なんて…王妃なんて……絶対に受けたりしない)
やっと顔を上げた成海は女王をキッと睨みつけた。
女王もそれに気づいたのか、眉を釣り上げ成海を見下すように見つめる。
しばしの沈黙の後…先に折れたのは女王の方だった。
「ふん。まぁいい。これは女王の勅命。勅書も既に書いた。私がこの世界を去っても、この決定は決して覆らない。何も言いたくないのなら、そのまま口を開かず、もう一つの勅命も黙って聞いていろ」
「え?まだ俺達に話あるんですか?」
『もう一つの勅命』という言葉に驚いたのは絆とエリカだけではない。
宰相もそれは知らなかったらしく、女王を不思議そうに見つめる。
「ヴィクター。もう一つの勅書を」
「かしこまりました」
女王に促され、ヴィクターは宰相の横を通り女王に勅書を差し出す。
宰相は自分を差し置いて勅書を預かっていたヴィクターを不審な目で見つめるが、ヴィクターは宰相の方など見向きもしない。
女王は婚約の勅書をヴィクターに渡すと、代わりに新しい勅書を受け取りソレを開く。
「絆!成海!そしてエリカよ!お前達に勅命を下す!明朝!将軍とロゼリア近郊の森まで出向き!そこに巣食う魔族共を討伐して来るのだ!」
「っ!!?魔族の討伐!?俺達が!?」
女王から新たに告げられた勅命に、今度はヴィクター以外の全員が驚きの表情を浮かべる。
特に驚きを隠せなかったのは宰相。
彼は女王と多くの時間を共にしているにも関わらず、何も聞かされていなかったからだ。
「お待ち下さい陛下!それは将軍や討伐隊の役目!王位継承者たる絆様が自ら出向かれるなど」
「宰相よ。王位継承者だからこそ、絆は討伐に出向くべきだ。この世界を乱す魔族共。奴等を葬り去る力あってこそ、王位継承者だろう。成海とエリカも同行し、回復魔法や結界で絆を…未来の王を援護せよ」
「し、しかし…陛下…絆様にはまだ実践経験がございません。それをいきなり魔族討伐など…」
尚も食下がる宰相だったが、それがいけなかった。
女王は怒りの形相を浮かべると、いつものように玉座の手すりをダンッ!と強く叩く。
「うるさいっ!うるさいうるさいうるさぁああい!どいつもこいつも!私の命令に背くのか!?貴様らは黙って私の命令を聞いていればいいのだ!」
怒鳴り散らす女王に、全員がビクリと体を震わせる。
だがヴィクターだけは違った。
彼は自分の思惑通りに事が進み、笑いそうになるのを堪えているからこそ、震えているように見えただけ。
「気分が悪い!宰相!お前はさっさと出て行け!お前もだ成海!お前の顔など見たくもない!さっさと私の目の前から消えろ!」
「っ!?陛下!?」
「宰相閣下…私が陛下にいつもの薬をお渡ししておきます。今はまず…陛下の仰せの通りに」
「…ヴィクター………わかった。陛下を頼む」
ヴィクターの言葉に納得などしていない宰相だったが、こうなった女王は誰の言葉も聞こうとしない。
「エリカ。姫様と共にお前も出なさい」
「…はい、お父様。さぁ、参りましょう。姫様」
「………エリカちゃん…うん」
宰相は女王に一礼し、成海もまたエリカに促されるまま、この謁見の間を出て行った。
一人残された絆は怒りに震える女王がヴィクターから渡された薬を飲み干すのを、怯えた様子で眺める。
だが一人になった事で、絆の頭も少しは冷静になり、先程の二つの勅命が深く胸にのしかかった。




