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勅書とは女王の勅命が書かれた書状。
女王に勅書を書かせてしまえば、仮に成海が王妃となっても直ぐにその地位から蹴落とすことが出来る。
先代の女王の勅命は、余程の事がない限り次代の王も民も従わねばならない。
ヴィクターは自分の計画の為に、再び意のままに女王を操る。
だがその時、謁見の間の扉が勢いよく開いた。
バンッ!!
「失礼致します!陛下!」
「陛下!大変でございます!」
「っ!?」
急に現れた宰相と猛虎将軍に、慌ててヴィクターは女王から離れる。
女王の方もその拍子にヴィクターからの洗脳が解け、頭を抑えながら宰相へと顔を向けた。
「っ!?……ぅ…宰相?…将軍?…っ、何事だ!騒々しい!」
「突然の御無礼お許し下さい、陛下。ですが、ロゼリア国王より急報です」
「ロゼリア国王から?一体なんだ!?」
二人は女王の前に行き、その場に跪くと猛虎将軍が口を開いた。
「はっ!ロゼリアの北東の森に虫型の魔族達が飛来し、森に拠点を構えたとのこと。奴等は連日ロゼリアやその付近の人間を襲っているそうです。まだ大きな被害は出ておりませんが…ロゼリア国王より救援要請が届いております。一刻も早く魔族達を討伐してほしいと」
「なんだと!?忌々しい魔族共め!我が友好国まで荒らそうとは!許さん!汚らしい虫けらなど直ぐに一掃してくれる!将軍!直ちに軍の精鋭を集め、討伐隊を結成せよ!これは勅命だ!」
「かしこまりました!」
将軍は一度女王に向けて深く頭を下げた後、急いでこの場から出て行った。
女王は忌み嫌う魔族の報告に、フーフーと荒い呼吸を繰り返し肩を震わせる。
だが、チラリとヴィクターの方を見て、彼女は冷静さを取り戻した。
自分が今するべき事がなんなのか…何をするのが一番の方法か…彼女は閃いたのだ。
あのヴィクターの発言によって。
「勅命……勅書。そうだ…勅書だ」
「へ、陛下?」
恐る恐る自分を見つめるヴィクターに蔑むような視線を向けた後、女王は宰相へと声をかけた。
「宰相。紙とペンを用意しろ」
「は。ロゼリア国王へのお返事と討伐隊への勅書でございますね。私がお手伝い致します」
「それもあるが…それ以外にも大切な勅書がある。最重要事項だ」
「と、申されますと?」
その問いに、女王は宰相ではなくヴィクターの方へニヤリと微笑んだ。
「成海を絆の王妃に、そしてエリカを第二妃にする勅書だ」
「っ!!?陛下っ!?」
その言葉にヴィクターは酷く絶望した表情を浮かべる。
そんな勅書を書かれてしまえば、自分にはもう何も出来ない。
宰相が手伝うのなら、自分が後で女王を操って別の勅書を書かせても疑われてしまうだろう。
それに女王は自分の薬の本当の力、そして自分の企みも知っている。
今度余計な真似をしたら…それこそ自分の宰相補佐という立場も、エリカの第二妃という地位すら危うくなってしまうだろう。
一人ダラダラと冷や汗をかくヴィクターには気づかず、宰相はゆっくりと確かめるように、女王へと言葉をかける。
「陛下のお気持ちは変わらぬのですね」
「そうだ。この方法が一番だと私は考える。権力が一箇所に集中すれば派閥が生まれることも無い。第二妃にエリカを据えれば、成海もお飾りの王妃として優雅に暮らすだけでいい。何より…絆が成海を愛しているのなら、それが最善の方法だ」
「かしこまりました。陛下のお望みのままに」
女王の決定に従う宰相の言葉に、ヴィクターは倒れそうになるのをなんとか堪えた。
この場で卒倒などしたら…宰相にまで怪しまれてしまう。
今のヴィクターは、ただただ気絶しないよう自分を保つのに精一杯だった。
そんなヴィクターに宰相は優しく微笑み声をかける。
「ヴィクター。お主も鼻が高かろう。娘が次代の王の妃の一人とは……ヴィクター?顔色が悪い。どうしたのだ?」
「い、いえ、宰相閣下。お気にならさず」
「ヴィクターは体調が優れないらしくてな。今日はもう下がってよい。邸に戻り休め」
女王は再び意地の悪い笑みを浮かべると、ヴィクターにこの場から立ち去るよう命じた。
それはまるで『お前の邪魔はさせない』と言っているかのよう。
事実そうなのだろう。
絆達の婚約の勅書を書くのにヴィクターがいては邪魔なのだから。
「へ、陛下!わ、私は」
「ヴィクター。私は『邸に戻り休め』と命じたのだ。私の気遣いを無下にするつもりか?」
ギロリと女王に睨まれ、ヴィクターは更に顔を青く染める。
「そ、そのようなことは…決して…」
「さっさと下がれ」
冷たく言い放つ女王の言葉に、ヴィクターは全てを悟って女王に向け頭を下げる。
そしてゆっくりと、本当にゆっくりと口を開いた。
「へ、陛下の…ご温情に……感謝…致します…」
それだけ告げると、ヴィクターは女王も宰相も見ないように謁見の間を出て行った。
足取りはフラフラとおぼつかず、顔全体が真っ青なヴィクター。
心配した使用人達が何人も声をかけてくれたが、それらをすべて無視し、ヴィクターは馬車に乗り込む。
そして膝の上で拳を握りしめ、今度は怒りで震え出した。
「何故…何故こんなことになったのだ!?もう少し…あと少しだったというのに!」
自分の言葉で更に傷ついたのか、邸に戻る道中、ヴィクターは馬車の中で一人顔を覆い泣き出す。
いい大人が恥ずかしと思いながらも、それを止めることは出来なかった。
やっと悲願が成就すると思ったのに…女王に薬まで盛って娘を王妃にする計画を推し進めたのに。
全ては無駄だった。
もはや全てが終わってしまったのだ。
ヴィクターは一通り泣くと、放心したように馬車から外を眺める。
そして邸に着き馬車から降りると、邸の前で見覚えのある濃い紫色の髪をした長身の青年が立っていた。
「…あれは……キース?」
ヴィクターは邸に、そのキースという青年に近づくと彼の背に向けて声をかける。
「キースか?戻って来たのだな」
「っ!旦那様!」
ヴィクターの言葉に慌てて振り向いた青年、キースはその場に跪いた。
彼は間違いなく、幼い頃からヴィクターの一家に仕えていた青年だった。
「長いお暇を頂き、ありがとうございました。お陰様で、無事に母の遺骨を故郷のブラウナードに埋葬して参りました」
「そうか。メリーナも故郷なら安らかに眠れることだろう。ご苦労だったな、キース」
「苦労などと…旦那様は行き倒れていた私達親子を拾って下さり、使用人としてお邸に置いて下さいました。そればかりか、私には勉学や剣術まで習わせて下さり、先日は母の葬儀まで手配して下さった。今回も母の遺骨を故郷で埋葬するようお暇も下さり…亡き母共々、心より感謝申し上げます」
キースは感極まったように、ヴィクターを見上げる。
「この御恩は亡き母の分も合わせ、私の一生を持って返させて頂きます。一生涯、旦那様とエリカ様のお役に立てるよう、お二人に尽くして参ります」
「そうか。それは頼もしい。今後もよろしく頼むぞ、キース」
「はい!旦那様!」
自分を一心に慕うキースを見て、ヴィクターは荒れていた自分の心が軽くなるのを感じた。
そして作り笑いではなく、心からの笑顔をキースに向け、彼の肩に優しく手を置く。
「さぁ、中に入りなさい。エリカもきっと帰っている。エリカもなかなか帰って来ないお前を心配していたぞ」
「エリカお嬢様が…私を?」
「当たり前だろう。お前が私達を慕ってくれるように、私達もお前を大切に思っているのだ」
「旦那様…ありがとうございます!」
キースは喜びに満ちた顔をヴィクターに向けると、立ち上がり、ヴィクターの後ろから邸へと入った。




