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泣きたいのは成海だけではない。
成海と別れたエリカは、絆と会うことも無くそのまま城を出て自分の邸へと帰る。
エリカの急な帰宅に邸のメイドや使用人達は、慌ててエリカを出迎えた。
そんな使用人達を無視して、エリカは足早に、一直線に自室へ向かうと一人部屋に閉じこもる。
一人になったことで、エリカの中のあらゆる感情がとめどなく溢れ出てきた。
「どうして…どうして姫様が?。……わたくしの方が姫に!王妃に相応しいのにっ!どうしてよっ!」
エリカはベッドに近づくと、そのまま枕を思い切り壁に投げつけた。
壁にボスッ!と音を立てて当たる枕を、エリカはフーッ!フーッ!と荒い息遣いで眺める。
そして崩れ落ちるように、その場に座り込むと、自分の膝に頭を押し付けた。
エリカの脳裏には、かつて幼い頃に聞いた父親ヴィクターの言葉が蘇る。
『エリカよ。お前の美貌、リスクの一族の才能、聡明さは、祖国の誰より優れている。お前は誰よりも姫として…王として相応しい人間だ。だが……私が王弟という立場だからこそ、お前には姫の地位すら与えられない』
『おとうさま?』
『せめてお前には…王侯貴族は勿論、高い能力を持ち将来有望な者へ嫁がせると約束しよう。…そんな事しか出来ぬ愚かな父を…王の兄ではなく弟として産まれてしまった惨めな父を……どうか許しておくれ』
そう言ってヴィクターは、幼いエリカを抱きしめた。
幼いながらもエリカは全て悟った。
誰よりも相応しい能力を持っていても、その地位に付けない者がいる、と。
自分を抱きしめ、謝罪する父がソレなのだ、と。
兄に何一つ劣っていないのに次男というだけで王になれなかった父。
そして娘である自分も…決してその能力に相応しい地位には付けない。
それでも王族の娘として…祖国の王弟でもあり女王を支える宰相補佐官でもある父の子として日々励んできた。
立派な淑女となろうと幼い頃から努力を積み重ねてきた。
落ち込んだ日も、辛くて投げ出したい日もあった。
それでも、その辛さを乗り越え、エリカは誰よりも美しく聡明な淑女に成長した。
父は自分を『惨め』と言ったが、エリカは誰よりも優れた父が好きだったし、そんな父が誇りだった。
父の娘という事もあり、女王陛下に謁見出来る立場も、貴重な書物ばかり扱う城の図書室に出入りする権限も与えられた。
そんなエリカが女王に認められた数年後…絆が『王位継承者』としてこの世界に現れた。
エリカは当初、勉学の全く出来ない絆に対して嫌悪感を抱いていた。
『王位継承者』という立場に相応しくない絆に敵意すら抱いた。
父から絆との婚約の話を聞いた時、初めて父に反発した程、エリカは絆が嫌いだった。
それでも絆の人柄に触れ、段々と彼を認め愛するようになった。
そして絆と共に過ごすうちに、誰しもが『エリカ嬢こそ絆様の王妃に相応しい』と考えるようになった。
エリカは『姫』ではなくとも、誰よりも『姫』に、そして『王妃』に相応しい存在となったのだ。
それなのに…エリカの前に、この世界に『二番目の女』が……『本物の姫』が現れた。
「どうしてなの?…わたくしの……何がいけないというの?」
自分の言葉が自分の胸に、心に深く突き刺さり、エリカもまた涙を流す。
「姫様なんて…想造世界の人間というだけなのに。それだけで『姫』になれたのに…『姫』が嫌だなんて……っ、どうしてっ!」
今まで自分の気持ちを隠し、誰よりも優れた淑女としてエリカは成海と接してきた。
自分の中にある醜い感情を誰にも悟られないように…自分の気持ちに蓋をしてきた。
だが…成海の言葉によって、その蓋は外れてしまった。
今のエリカには成海に対する嫉妬、憤怒、羨望、嫌悪、あらゆる負の感情が渦巻いていた。
「どうしてつ!どうしてわたくしじゃなく!あの人なのぉ!」
エリカはガシガシと整えられた緑の髪を掻きむしる。
そして頭を抱えながら、今まで隠してきた自分の本音……本心を叫んだ。
「姫様なんていらないっ!あんな人!いなくなってしまえばいいのにっ!!」
それだけ叫ぶと…エリカは膝を抱えたまま泣き続けた。
自分の愛娘が自室で泣いている頃、ヴィクターは女王に呼ばれ謁見の間へと訪れていた。
ヴィクターがいつもの薬を差し出すと、女王はそれを奪い取りゴクゴクと勢いよく飲んでいく。
女王の様子にニヤリと口角を上げて微笑むヴィクターだったが、その笑顔は一瞬で消え去る事となる。
女王からのある発言によって。
「っ!!?へ、陛下?…今……なんと…?」
「成海を絆の王妃にすると言った。エリカは第二妃とする」
「そんなっ!エリカを王妃にすると!私との約束をお忘れですか!?陛下!」
「忘れてはいない。安心しろ。お飾りは成海の方だ。実権は全てエリカに握らせる。それなら何も問題はない」
「問題が無いですと!?王妃でなくば意味がないのです!第二妃など…どうかお考え直し下さい!陛下!」
慌てふためくヴィクターだったが、女王は鬱陶しそうにため息をつくだけ。
ヴィクターが世界を支配する計画では、娘のエリカを王妃とすることで王の義父、宰相と言う立場を得ることが絶対条件なのだ。
その為には娘に、王妃という王の次に尊い立場になってもらわなくては意味が無い。
第二妃では意味が無いのだ。
王族でも貴族でも、王妃や正妻なった女性達と、側室…側妻となった女性達では扱いが違う。
側妻がどれだけ主に寵愛されようと、跡継ぎを産もうと…決して正妻には叶わない。
逆に正妻の決定に側妻は必ず従わねばならない。
正妻と側妻の間には完全なる上下関係が存在している。
そして下の者も側妻ではなく、正妻の言葉に従う。
たとえお飾りだろうと、エリカより上の妃など邪魔な存在でしかない。
「陛下!陛下もおっしゃっていたではありませんか!『二番目など要らぬ』と!ならば絆様が王位についた暁には!姫様を想造世界にお戻し下さい!」
「最初は…そのつもりだった。でも…絆は成海を愛している。友としてでなく…女として」
「そ、そんな…絆様が…エリカでなく姫様を?」
「あぁ。だからこそ二人には一緒になってほしい。絆には…私のような思いをさせたくない。王妃となれば、成海だって変な気を起こさないだろう」
そう言って女王は目を閉じた。
瞼の裏にはかつての恋人が…自分が殺した男が浮かぶ。
約200年前…自分達は対立してしまい、その結末は最悪なものとなった。
だからこそ…絆にはあんな思いをしてほしくない、させたくない、と。
女王は目を開けると、再びヴィクターの方を向く。
そして鋭い眼光で彼を見据えた。
「ヴィクターよ。お前の企みに、私が気づいていないとでも思うか?」
「っ!?へ、陛下…」
女王の言葉に今度は視線を泳がせ、冷や汗を流すヴィクター。
そんなヴィクターに向かって、女王は薬を飲み干した空瓶を放り投げた。
「お前の功績も能力も私は認める。お前の薬に…私は何度も癒され、助けられた。それがどのような薬であろうと…これからも私はそれを飲み続ける。だがな…それと絆の婚約相手の話は別だ」
「へ、陛下…どうか今一度…」
「くどい!絆の王妃には成海!第二妃にエリカだ!私は決めた!他の誰にもこの決定を覆すことは出来ん!」
女王の怒鳴り声を受け、ヴィクターの体はビクリと震え、その顔は真っ青になる。
しかし…これで引き下がる訳にはいかない。
ヴィクターはグッ…と拳を握りしめると、女王の目を見つめ返した。
「陛下…どうか私の話をお聞き下さい」
「なんだ?私はもう話すこと…など………」
ヴィクターに見つめられ、女王の瞳からは光が失われる。
まるで呆けた人形のようにヴィクターを見つめ返すだけ。
それはあの時と同じ。
ヴィクターが娘を王妃にと推薦した時と同じだった。
だらん…と体中の力が抜けた女王を操るように、ヴィクターは囁く。
「陛下。陛下は我が娘エリカを絆様の王妃とするのです」
「……絆の…王妃は……成海が…」
「いいえ。絆様の王妃はエリカです。成海様ではありません。」
「…絆の…王妃は……エリカ…」
「そうです。さぁ…勅書の準備を」




