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成海はエリカの方を向くと、ゆっくりとその口を開いた。
「陛下に…絆君と結婚して……王妃になれって言われたの」
成海からの告白に、エリカは弾かれたようにその美しい顔を驚愕に染める。
「っ!?絆様と姫様が……結婚?……王妃?」
「勿論断ろうとした!でも…ダメだって。結婚も……王妃になるのも…決定事項だって言われた」
女王の威圧的な態度を思い出したのか、成海は悔しそうに顔を歪める。
エリカは成海の背を撫でるのをやめ、ただ呆然としていた。
それもそうだろう。
エリカの抱いていた淡い恋心は、女王によって叶わぬものとなってしまったのだ。
そしてそれは……目の前にいる成海のせい。
エリカはなんとか平静を装い直すと、成海に声をかける。
「姫様。陛下にはきっとお考えがあるのです。陛下の御命令は絶対。断るなど…」
「でも!私は結婚なんて!王妃なんて嫌だよ!こんな世界!いたくもないのに!」
「………嫌?」
成海から告げられた言葉に、エリカはピクリと肩を震わせる。
その言葉は…エリカにとって聞き捨てならないものだったからだ。
そうとは気づかない成海は震える手のひらを見つめて、そのまま自分の思いをエリカにぶちまける。
友として自分の話を聞いてくれる…味方をしてくれると信じて。
それがエリカにとって、とても酷い言葉だと……愚かな行為だとは知らずに。
「皆!私の事『姫様』とか言ってるけど!私そんなの全然嬉しくない!姫なんてもう嫌!何が『王位継承者』なの!馬鹿みたい!」
「…姫様」
「何が結婚!?何が王妃!?私はそんなの……っ、絶対に嫌だ!しかも陛下は!エリカちゃんを第二妃にするって言ってたし!
「っ、陛下が…わたくしを絆様の……第二妃に?」
「そう!エリカちゃんが絆君を好きなの皆知ってるのに!それなら王妃だって!エリカちゃんがなった方が絶対にいいに決まってる!」
怒りのまま、何も考えず言いたい事をぶちまける成海。
しかし成海の言葉を聞いているエリカの顔からは、段々と感情が無くなっていく。
そしてエリカは顔を下に向けると、そのまま成海にポツリと呟く。
「…わたくしが絆様をお慕いしていること……姫様もご存知なのですか?」
「うん!知ってるよ!だからエリカちゃん!二人で陛下に…………エリカちゃん?」
エリカと二人で女王に抗議しようと息巻く成海だったが、ようやくエリカの様子がおかしい事に気づく。
だが…今更それに気づいても……遅すぎた。
エリカはやはり俯いたまま、静かに成海へと話し掛ける。
「わたくしの気持ちを知っていながら……姫様はわたくしに、そのようなお話をされるのですね」
「エリカちゃん?…急に……どうしたの?」
「姫様は……何もわかっておられないのですね。ご自分の置かれた立場も…その責任も使命も……わたくしを傷つけたことも」
「………エリカちゃん?」
俯いたままのエリカが心配になり、成海はエリカの肩に手を置こうとする。
だがエリカは成海の手から逃れるように、その場から立ち上がり成海を見下ろす。
「姫様は『姫』という尊い立場におられるのに……絆様にも慕われ、わたくしの欲しい地位を陛下から与えられるのに……軽々しくそれを全て『嫌だ』と切り捨てられるのですね」
「え、エリカちゃん?何を言って」
「何故わたくしの欲しかった立場を……わたくしの気持ちを、そんなに簡単に踏みにじられるのですか?」
「ふ、踏みにじってなんか!エリカちゃん!私の話も聞いて!私は姫なんて」
「『姫なんて?』この世界において女王陛下の次に尊い立場を…まだそんな風に言えるのですかっ!?」
ついにエリカも我慢ならなかったのか、相手の立場も忘れて成海に怒鳴りつける。
それはかつて……初めて成海がエリカに会った時の顔。
好意など微塵も感じない……敵意がこめられた瞳。
「姫様のおっしゃる通り!わたくしは絆様をお慕いしております!わたくしはずっと絆様をお支えして参りました!あの方に相応しい淑女となろうと!いずれは並び立てる王妃となろうと!幼い頃からリスク王家の血を引く者として努力もしてきた!それなのに…急に姫として現れた貴女様は!わたくしの欲しかったものを簡単に奪い去った!」
「う、奪ってなんか!」
「それなのに……簡単に『嫌だ』『いらない』などと。誰もが望むものを手に入れているのに……姫様はこれ以上何を望まれるのですか!?」
「エリカちゃん……お願い。聞いて。私はただ」
成海はすがるようにエリカへ手を伸ばす。
だがエリカは、先程と同じように成海の手から逃れるよう一歩下がった。
そして成海から顔を背ける。
これ以上…成海の顔を見ることすら、成海の声を聞くことすら、エリカには耐えられなかった。
「っ、これ以上姫様とお話することなど…わたくしには何もございません」
「エリカちゃん…お願い」
「姫様に対して御無礼を致しました。お許し下さい。そして今後は…姫として、そして王妃として、誰もが望む立場を手に入れた者として、相応しく振る舞われますよう。それでは失礼致します」
それだけ言い捨てると、エリカは成海の元から足早に去って行った。
一度も成海の方を振り向かずに。
残された成海は、ただ去って行くエリカの背中を見つめて静かに呟く。
「…違う。違うよ……エリカちゃん」
聞いている者など誰もいない。
一番聞いて欲しいエリカはこの場にはいない。
それでも成海は…この場にいないエリカに向けて、自分の本心を口にした。
「私は……元の世界に帰りたいだけなんだよ。他には何も……望んでなんかいないんだよ」
その言葉を口にした途端、成海の目から再び涙がとめどなく流れる。
確かに成海の言葉はエリカに対して無神経なものだったかもしれない。
それでも聞いてほしかったのだ。
自分の味方をして、慰めてほしかった。
他の誰でもない…友として接してきた、接してくれたエリカに。
「エリカちゃんが欲しいなら……全部あげるよ。『姫』も『王妃』も。だから……私を一人にしないで。エリカちゃんまで…私を見捨てないで。嫌いに…ならないで」
泣きながら呟き、自分の顔を手で覆う成海。
もう一つの自分の望みを口にしながら…それはもう叶わないと悟る。
本心とはいえ、自分の不要な言葉がエリカを傷つけた。
このひと月でエリカと築いた友情は、他ならぬ自分が壊してしまった。
自分の味方をしてほしかったエリカは、もう離れてしまった。
自分と同じ立場だと言われながら、自分より優遇される絆に相談など出来ない、出来るはずもない。
女王も将軍もメイドも使用人も…全員が自分を軽んじ、『不要な二番目』としか見てくれない。
この世界にはもう…自分が心を打ち明けられる者は誰もいない。
多くの人が暮らすこの城で、この世界で、自分は一人ぼっちという思いが成海の心にのしかかる。
成海は部屋に戻ることもせず、ただ一人で泣き続けた。




