3
まさか自分の……それも恋している相手との婚約話が進もうとしているとは知らない絆。
彼は女王との謁見を終えると、そのままある者の部屋へと向かっていた。
目的地に行くと、絆は一度深呼吸をして扉をコンコン…とノックする。
「はい。どなたですか?」
中から聞こえる愛しい相手の声に、絆の心は嬉しく弾んだ。
「お、俺だよ。成海さん」
「絆君?」
訪問者がわかると、成海は扉を開けて絆を招き入れる。
絆の方は先程の会話の熱が冷めていないのか、ギクシャクした動作で部屋へ足を踏み入れた。
「お、お邪魔します」
「どうぞ座って。今お茶いれるね」
「ど、どうも。おかまいなく」
「…???絆君…なんか緊張してない?大丈夫?」
「ぜ、全然大丈夫!問題ないよ!成海さんは?部屋で休憩中だった?あ、読書中?」
絆は椅子に座ると目の前に広げられた分厚い本を見て、成海へ尋ねる。
成海はお茶を淹れる手は止めずに、絆へと説明した。
「読書ってほどじゃないよ。図鑑を見てたの。人魚とか竜とか出てて面白いんだ」
「へぇ~。図鑑なら俺も読めるし…今度図書室で借りてこようかな」
絆は図鑑をパラパラとめくりながら、鼻歌を歌う。
そのメロディには成海も聞き覚えがあった。
それは成海が誰よりも知っている…本当によく知っているメロディだったから。
成海はお茶を淹れると自分の分と絆の分のカップを持ち、テーブルへと戻ってくる。
「それって……学園祭の時の…」
カチャリと絆の前にカップを置くと、成海は絆の正面に腰掛ける。
しかし絆は、成海の言葉に首を傾げながらカップを持ち上げた。
「学園祭?」
「ほら。今年の学園祭で、軽音部が歌ってたでしょ。その歌…『Destiny Love』をさ」
「『Destiny Love』…?」
曲名を聞いてもピンときていないのか、絆は腕を組んで「う~ん」とうなり出した。
この様子だと本当に覚えてはいないようだ。
「覚えてない?」
「………ごめん。でもメロディとか…歌詞も少しなら覚えてるんだよ。確か…『この世に生まれたその時に』」
「そう。それ」
『Destiny Love』の最初の一節を歌う絆に、成海は人差し指をピンと立てながら頷く。
成海の反応に絆も少し安心したのか、ホッとしたようにお茶を飲んだ
「良かった~。合ってて。……そっか。学園祭で聞いてたから、この歌覚えてたのかな。でも想造世界の事って俺結構忘れてるんだけどな…」
「そういえば……そんなこと将軍や家庭教師の先生達にも言われたね」
「成海さんはちゃんと覚えてるの?」
「その歌はちゃんと覚えてるよ。軽音部の結ちゃんに頼まれて、私が作詞をしたからね。作曲したのは結ちゃんだけど。学園祭の前には、絆君の家に何度も行って結ちゃんと歌ってたから」
「………そうだ。俺、家で聞いてたんだ。成海さんの歌を何度も。だから覚えてたのか。変なの……結の事…双子の姉ちゃんの名前も忘れてたのに」
先程から話題に出ている『結』。
彼女は絆の双子の姉でもあり、成海の友達でもある人物だ。
「じゃあ、学園祭で成海さんも歌ってたんだ?」
「ううん。本当は結ちゃんと一緒に歌うはずだったけど……私は軽音部じゃなくて文芸部だからね。結局は軽音部の人達がアレンジしたり歌詞を変えて歌ってたよ」
「あ、そうなんだ?」
「そう。『『Destiny Love』ってタイトルなのに英語が入ってないのはおかしい』って、言われて。それは私も薄々気づいてたけど…結ちゃんがどうしても『Destiny Love』がいいって言ってたし」
「あぁ~……結ならゴリ押ししそう。そこだけなんか思い出した」
双子の姉の性格を少しだけ思い出すと、苦笑する絆。
また彼女の友人である成海も、まるで子供が駄々をこねるように結が騒いでいたのを思い出し苦笑していた。
成海と絆は一度顔を見合わせると、今度は同時にニコリと微笑んだ。
「なんかさ……ついこの前の事なのに…懐かしいや」
「そうだね。ここに来てまだ……ひと月くらいしか経ってないのに…もう何年も前のことみたい」
「それだけ俺達ここで頑張ってるって事だよ。毎日がむしゃらにさ。…と、そうだ。成海さん。ちょっと聞こうと思ってた事があるんだ」
「なに?」
絆の質問を聞きつつ、成海は口元にカップを近づけお茶を飲もうとした。
しかしカップが口につく直前、絆の口からある言葉が紡がれる。
「最近、剣の授業受けてないよね?」
「っ、」
成海はカップを持ったまま固まり、その周りには暗い雰囲気が漂っている。
絆の方は成海の変化になど気づくこともせず、一人で話を続けた。
「最初は俺と一緒に剣を習ってたけど……最近はエリカと一緒に応援だけだし」
「………それは…」
成海が剣術を習わなくなったのには理由がある。
正確には『習わなくなった』のではなく『習えなくなった』…もしくは『習い辛くなった』のだ。
それは一週間ほど前……城でたまたま会った猛虎将軍に言われた言葉が原因となった。
少し困ったように自分に頭を下げる将軍の姿は、今でもハッキリと覚えている。
当然、彼の言った言葉も一言一句覚えていた。
『姫様。姫たる者が剣を振り回すなど……如何なものかと。あまり自分のご趣味にばかり時間をかけず、絆様をお支えする事に尽力なさいませ』
将軍は成海が剣を習う事を『趣味』と言い切った。
それはつまり『お遊び』ともとれる言葉。
成海が今まで真剣に剣術に取り組んでいた姿を知っていながら、将軍はそれを『お遊び』と切り捨てたのだ。
その言葉を聞き、成海はやるせない気持ちで…悔しさでいっぱいになった。
それと同時に…姫として自分は剣術を習ってはいけないのだとも知った。
「………成海さん?」
何も答えない成海がやっと心配になったのか、絆は恐る恐る声をかける。
だが成海はニコッと笑みを浮かべ、絆に怪しまれないよう普段通りに答えた。
「ごめんね。やっぱり剣って重いし大変だから………やめたんだ。その分、私は絆君の応援と、魔法と勉強を頑張るから」
「そうなの?でも成海さん。自分でやるって決めたのに、途中で投げ出すとかさ…それでいいの?ちゃんと最後までやり通さないとダメだよ。俺が言うのもなんだけど…成海さんも王位継承者なんだからさ」
何も知らず無神経な言葉をかける絆に、成海は苛立ちを覚える。
自分は剣を『お遊び』と言われたのに…。
絆は勉強の成果が全く出ていなくても、何も言われることは無い。
それは絆が一人目で…自分が二人目だから。
その差がとても悲しく…悔しかった。
それでも成海は…それを絆本人に言う気はない。
そんな事を言っても…自分の気持ちが少しも晴れないと知っているから。
「あはは。そうだよね。私ってダメだな~。絆君に心配までかけて、ごめんね」
成海には、笑ってこの場を誤魔化すことしか出来なかった。




