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「はぁ~…………一日終了っと」
成海は自分に用意された部屋に戻ると、大きなベッドにダイブして大の字に寝転がる。
部屋を出てから何故かメイド達や使用人からの変な視線を受けていた為、一人になった今は本当に心の底からリラックス出来た。
ちなみにこの部屋お付のメイド達にはもう休むと伝えてある為、直ぐに部屋の外に出てもらった。
あの後、将軍からの剣術指南を少し受けると、絆と共に魔法を習った成海。
絆はファイアーボールを連発して楽しんでいたが、成海は初日ということもあり、魔法を発動する事は出来なかった。
「魔法か~。使えるようになったら楽しいだろうけど…今は勉強あるのみ、かな」
自分の手のひらを見つめながら一人呟く成海。
そしてふと、魔法を習っていた時にかけられたエリカの言葉を思い出す。
『初めは誰も上手くいかないものですわ。絆様も魔法を使えるようになられたのは最近なのです。大丈夫ですわ姫様。自信をお持ち下さい。わたくしは姫様も絆様も、心から応援しておりますわ』
自分より年下で、自分より『姫』という言葉が似合う少女は、何も出来ない自分を慰めてくれた。
とても優しい声と微笑みを向けて。
「エリカさん…最初に睨まれたと思ってたけど…私の気のせいだったのかな?手作りのお菓子も美味しかったし…いい子だった」
成海は初めて自分に向けられたエリカの目を思い出す。
しかし今日一日、エリカは自分と絆の傍にいたが変な視線も感じなかった。
むしろ視線を感じたのは…別の者達から。
「お城の人達…なんか私を変な目で見てる気がする。なんかヒソヒソしてたし…これは気のせいじゃない。…なんでだろ?私何もしてない…何も出来ないのに…」
メイド達の視線も態度も…好意的とは思えなかった。
しかし…何故自分にそんな視線が向けられるのか、成海には検討もつかない。
むぅ…と不満を表すように唇を尖らせた。
「こんな変な世界に来て…しかも当分は帰れないとか。ホントに…なんなのよ」
枕に顔を押し付けて落ち込む成海。
しかし次の瞬間、彼女はガバッと起き上がる。
「あ~!もう!やめやめ!別の世界に来ちゃったものはしょうがない!帰れない訳でもないし!せっかく魔法だって使えるかもしれないのに!もうこの異世界ライフを楽しめばいい!うん!そうしよう!」
誰もいない部屋で成海は一人決意する。
悩んでも答えは出ない。
くよくよしても帰れる訳でもない。
いっそ帰れないなら楽しめばいい、と。
「よし!また明日から勉強も魔法も頑張ろう!………なんか大声出したら喉乾いてきた。お水でも貰おうかな」
成海はベッドから下りると、扉まで歩きドアノブに手をかける。
扉を少し開けると、数歩先にはこちらに何か話している二人のメイドの後ろ姿。
(ちょうど良かった。あの人達にお願いしよう)
成海が声をかけようとしたその時。
「まさか二人目……それも姫様が来るなんて」
「本当よね。誰も望んでないのに」
「っ!!?」
聞こえてきた声に成海は咄嗟に開きかけた扉を閉める。
だが好奇心には勝てず、ほんの少しだけ扉を開けて聞き耳をたてた。
メイド達の方は成海の存在には一切気づいておらず、更に話を続けた。
「絆様が来られた時も驚いたけど……二人目が来た今の方が困るわよね」
「そうね。絆様は男性だけれど、とっても素敵な方だし…次期王として申し分ないわ」
「問題は二人目のあの姫様よ。これからどうなるのかしら?」
「陛下はまだ姫様に王位継承権を与えていらっしゃらないのよ。きっとあの姫様を警戒なさってるんだわ」
「絆様の時もそうだったものね」
聞こえてくる内容は成海の知らない話ばかり。
そして…成海が知りたかった話でもあった。
(絆君が陛下に警戒されてた?私も警戒されてる?どういうこと?)
このまま聞き耳をたてていれば、自分の聞きたかった話がもっと聞けるかもしれない。
そう思うと、成海は扉を閉める事が出来なかった。
閉めようと思わなかった。
それが自分を傷つけることになるとは知らずに…。
「でも絆様とあの姫様は違うわ。だってあの姫様は……二人目だもの」
「そうね。『二人目は争いの元』。この世界の常識よ。陛下の時も先代の時もそうだったじゃない」
今の女性が即位する前…彼女は姫として、自分と同じ世界から来た覇王と争った。
その前の時代も、壱の姫と弐の姫…二人の王位継承者が争い、結果壱の姫が王位についた。
その歴史が、この世界の人々に『二人目は争いの元』という意識や印象を植え付けていた。
「そういえば…姫様を絆様の王妃にでもするんじゃないかって噂もあるのよ。そうすれば権力が一箇所に集まるから、争いが起こらないんじゃないかって」
「そんな事になったらエリカ様がかわいそうよ!あんなに絆様に尽くされて…お慕いしてるのは誰が見てもわかるじゃない!」
「そうよね。もう!結局二人目なんて来ない方が良かったのよ!そしたら私達も皆も変な心配しなくて良かったし!皆が幸せなままだったのに!」
「ホントにそう思うわ!二人目とかいい迷惑!この世界に二人目なんていらないんだから!あの姫様はさっさと元の世界に戻ってほしいわよ!」
「っ!!」
成海は知った。
自分がこの世界の者達に、女王にどう思われているか。
自分がこの世界に…どう思われているのか。
成海は知ってしまったのだ。
二人目という存在は…この世界にとって、不要の存在だと。
「あなた達!何をおしゃべりしているのですか!」
「「め、メイド長様!?」」
突然現れたメイド長に、二人のメイド達は慌てて頭を下げる。
成海も反射的に、しかし音を立てないように扉を閉めた。
「仕事をサボって…それも姫様のお部屋の前でおしゃべりなど!」
「も、申し訳ございません!」
「お許し下さい!メイド長様」
「直ぐ仕事に戻りなさい!」
「「は、はいっ!!」」
メイド達の声は大きく、扉一枚を隔てた成海にもその声は聞こえてきた。
バタバタと遠ざかる足音。
だが聞こえるのはそれだけではない。
コツコツとこちらに近づく足音も確かに聞こえる。
成海は静かに、そして素早くベッドに戻り布団へと潜り込んだ。
その直後、カチャ…と扉が開く音が部屋に響く。
メイド長は部屋に入ると、ベッドの膨らみを確認し、部屋の明かりを消して部屋を出て行った。
誰もいなくなった部屋。
つい先程までは一人きりのこの空感に安心していた成海。
しかし今は…一人きりのこの空間が、彼女を更に追い詰める。
一人きりという空間が、成海の中にある負の感情を増長させた。
「…私は……いらない?…来ない方が……良かった?」
震える声で呟く成海。
声だけではない。
暗闇の中で、成海の体は小さく震えていた。
頭の中では先程メイド達が口にした言葉が何度も繰り返される。
『いらない』『迷惑』『争いの元』という言葉が。
「いらないなら…なんで私は……こんな所にいるの?…なんで……姫なんて呼ばれてるの?」
自分で呟いた言葉に…成海の胸は強く締め付けられる。
そんなもの…成海が一番聞きたい…一番知りたいのだ。
そしてその答えは…誰も持っていないのも知っている。
「なんで……なんで私は………この世界に来たの?」




