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まさか家庭教師が、絆ではなく自分の成績で憂いているなど知らない成海。
彼女はただ、絆に手を引かれるまま城内を走った。
その最中、何人ものメイドや使用人達が自分達に向けて頭を下げる。
しかし何の気なしに後ろを振り向くと、通り過ぎたメイド達がヒソヒソと何かを話しているのを成海は見逃さなかった。
成海達が中庭に到着すると、既に将軍が三人を待っていた。
将軍は成海達が目に入ると三人が傍に来るまで深く頭を下げる。
絆は成海の手を引いたまま、笑顔で将軍へと駆け寄った。
「将軍!おはようございます!今日もよろしくお願いします!」
「絆様、姫様、エリカ嬢。おはようございます。姫様、昨日は御挨拶出来ず申し訳ありません。私は陛下より猛虎将軍の地位を賜りました。そして絆様の剣術指南とお二人の魔法指南も仰せつかっております」
再び自分に頭を下げる将軍に、成海の方も慌てて頭を下げた。
「ご、ご丁寧にどうも。私は成海…と言います。こちらこそ、よろしくお願いします」
「将軍!早速稽古を始めましょう!成海さんはエリカと座って見てて!」
成海と将軍の挨拶が終わると、絆は将軍が用意していた木刀を取り、意気揚々とそれを構えた。
先程の授業とは真逆の態度をとる絆に、成海は再び彼に少し呆れた。
「さぁ姫様。わたくし達は座って、絆様を応援致しましょう」
「あ、はい。エリカさん」
エリカに促されるままベンチに腰掛けると、成海は絆と将軍の稽古を眺める。
二人の力量はまさしく子供と大人ほどの差があり、それを眺めるのは少々退屈でもあった。
しかし退屈な成海とは違い、絆は必死に剣を振るい、将軍は厳しくも丁寧に指南している。
エリカも令嬢とは思えぬほど、大きな声を出して絆を応援していた。
「絆様!頑張って下さいませ!」
「たぁっ!…この…やぁっ!!」
「まだまだ打ち込みが甘い!もう一度!」
真剣に剣術に打ち込む絆と将軍。
本気で絆を心配し応援するエリカ。
そんな三人の様子やこの状況に、成海の心は段々と…まるでスポーツ観戦をしている客のように…胸に熱いものが込み上げてきた。
その場の空気に流されただけ、と言ってしまえばその通りだが…一度集中して見てみれば、ただぼんやりと眺めるよりは楽しく有意義な時間に感じる。
そうなると自然と絆を応援したい気持ちも込み上げ、成海は声が響くよう口元に両手を添えて腹から声を出した。
「絆君っ!頑張れぇ!」
成海が急に絆に声をかけた事でエリカは驚いた表情を成海に向ける。
そしてそれは絆も同じ。
エリカの応援に負けないよう大きな声を出す成海に驚いたのか、絆は将軍から成海へと視線を移した。
将軍はその瞬間を見逃さず、一瞬で絆の首元に木刀を突き付ける。
「っ!?うわっ!!?」
一瞬で間合いを詰められた事と首元に突き付けられた木刀に驚き、絆はバランスを崩して倒れ込んでしまった。
「絆様っ!?」
「絆君!?大丈夫っ!?」
慌てて少女二人は絆へと駆け寄り、倒れた絆を心配そうに声をかける。
絆は倒れた時に軽く腰を打ったのか「いてて…」と腰をさすっていた。
「ごめん絆君っ。声デカすぎたよね。驚かせてごめんね」
申し訳なさそうに謝る成海だったが、絆は慌てて彼女の言葉を否定する。
「っ、ち、違うよ!成海さん!成海さんは悪くなくて!ちょっと嬉しくて…動揺しただけだから!うん!嬉しかったから!」
「???そうなの?」
絆の言葉に首を傾げながらキョトンとする成海だが、絆は満面の笑みを成海に向けた。
「うん!嬉しかったからさ!また応援してよ!成海さんに応援されると…俺もっと頑張れるからさ!」
「…うん。わかった。それなら」
「絆様。本当に大丈夫ですか?医師を呼ばれた方が…」
二人の会話に割って入るように、エリカが絆へと声を掛ける。
その顔は悲しげで、本当に心配しているのは誰が見てもわかった。
「大丈夫だよ!エリカもいつも応援ありがとう。俺ピンピンしてるからさ!でもこんな簡単にやられちゃって、まだまだ修行が足りないのかな」
「絆様ったら…」
元気をアピールするように両腕を曲げて笑顔を見せる絆。
少し離れていた将軍はそんな絆に苦笑しながらも、彼に近づき手を伸ばした。
「『鍛錬中に女性へよそ見をされるとは、まだまだですな』」
「…あはは。前にも同じこと言われましたね、俺」
「覚えておられたようですな。ご精進なさいませ、絆様」
そう言うと将軍は絆の手を取り、彼を立ち上がらせた。
「少しご休憩されますかな?」
「いえ、俺はまだまだ大丈夫ですよ!…あ、でも…成海さん退屈かな?」
「私?」
絆は成海が見ているだけでは退屈だろう、と彼女へと顔を向ける。
すると彼は木刀を成海へ渡すように向けると、とんでもない事を口にした。
「ねぇ。成海さんもやってみる?」
「え?…そうだね。私もやってみようかな」
「「っ!!?」」
成海の返答に将軍とエリカは驚きの表情で成海と絆を見つめた。
しかし絆は成海の返答に笑顔を浮かべ、彼女に木刀を渡す。
「うん。じゃあこの木刀使ってよ」
「ありがとう。…将軍、いいですか?」
成海はここに連れてこられたのだから、当然自分も剣術を習うものだと思っていた。
だからこそ絆の提案を受け入れたのだが…将軍の方は苦い顔をしている。
「姫様。恐れながら…私は絆様の剣術指南を仰せつかっており…姫様には……その…」
言い淀む将軍の姿を見て、彼が断ろうとしているのを直ぐに感じ取る成海。
しかし絆の方は将軍の意図に全く気づいていなかった。
「いいじゃないですか、将軍。見てるだけより体動かした方が絶対に楽しいですよ。成海さんだって、やる気があるから頼んでるんだし。俺からもお願いします」
絆に…いや王位継承者に頼まれると、簡単に断る訳にはいかないのか、将軍は少し悩むような素振りを見せる。
しかし結局は絆に押し切られ、成海の剣術指南を受け入れた。
そんな二人のやり取りを見て成海の心には少々罪悪感が芽生える。
(ちょっとやってみたかっただけなのに…なんか…また悪いことしたのかな?私)
「………絆様と姫様の仰せの通りに。では姫様。先ずは素振りから致しましょう」
「あ、はい!よろしくお願いします」
将軍に頭を下げると、成海は将軍に指南されるまま木刀を構え、素振りを繰り返した。
真剣に剣術に打ち込む成海だったが…その様子を、あの二階の渡り廊下から見つめる…いや、見下ろす者がいた。
かつてこの世界を救い、今ではこ世界の最高権力者である女王は…探るような目つきで成海を見つめていた。




