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翌日。
目を覚ました成海の目に映ったのは自分の部屋の白い天井ではなく、豪華なベッドの天蓋だった。
成海はゆっくり起き上がると部屋を軽く見回す。
自分の部屋の何倍もある広さ、豪華で派手な装飾をされた家具。
これは夢ではなく現実だと理解し、成海は深いため息をつく。
「………夢じゃなかった」
異世界も女王も全てが夢であってほしかった。
しかしこれは夢ではなく、紛れもない現実だと思い知らされる。
浮かない表情のままベッドから下りると、近くにあった窓を開けて外を眺めた。
眼下には色とりどりの花が咲き乱れる庭園。
花に水やりをする数人のメイド達に、恐らく警備中と思われる兵士達。
「メイドさんに兵士…か。お城って感じするなぁ。ん~!」
成海は窓辺で大きく体を伸ばしながら太陽の光を浴びる。
そして首をポキポキと動かしていると、下にいたメイドの一人と目が合った。
成海が軽く頭を下げると、そのメイドは慌てたように成海へ深く頭を下げ、そのまま駆け出してしまった。
「???あの人どうしたんだろ?…にしても…まだ朝早いかな。今って何時くらいなんだろ?…とりあえず…着替えようかな」
成海は昨夜、食事を済ませた後にメイド達に促されるまま白い絹で出来た上等のネグリジェへ着替えさせられていた。
当然、今もネグリジェのまま。
「…ネグリジェなんて初めて着た。普通のパジャマとか無いのかな?着替えは…あのクローゼット?」
成海は窓から離れると部屋にある大きなクローゼットへと近寄る。
そしてそのままクローゼットを開けると、その中身に驚愕した。
「ど、ドレスがいっぱい!?むしろドレスしかない!?」
入っているのは派手で高そうなドレスばかり。
クローゼットの中に手を突っ込み、一枚一枚確認するが、やはり出てくるのはドレスばかり。
「えぇ~……せめて普通のワンピースとか無いの?……そうだ!私の制服。確か昨日メイドさん達が持っていってたし…洗濯してくれたのかな?返してもらわないと。ドレスなんて…こんなの着れない。制服でいよう」
フリル満載なドレスを掴みながら項垂れる成海。
そんな成海の耳にコンコンと扉をノックする音が聞こえた。
「っ、はーい!」
「姫様。おはようございます」
「(姫様?………あ、私か)はい。おはようございます」
扉の向こうから掛けられた声に返答しつつ、成海はクローゼットから離れる。
そして扉を軽く開けると、そこには昨夜会った年配のメイドと先程庭園で目が合ったメイドが立っていた。
どうやら庭園にいたメイドは、成海が起きていたのを他のメイドに伝える為、走っていったらしい。
「姫様。朝のお支度をさせて頂きます」
「朝のお支度?」
「はい。失礼してもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。よろしいです」
成海が扉を開けるとメイド達は再度「失礼致します」と告げてから部屋へと入る。
「姫様。随分と早いお目覚めですが…あまり眠れなかったのですか?」
「あ…いえ。なんか今日は早く目が覚めちゃって」
「そうでしたか。朝食の準備は直ぐにさせます。その間、朝湯はいかがでしょう?昨夜は湯に入られておりませんし」
メイドに指摘され、成海は昨夜風呂に入っていないのを思い出す。
別に入りたくなかった訳ではない。
食事の後「もう休んでもいいですか?」とメイド達に尋ねたら、彼女達は素早く成海をネグリジェへと着替えさせ、そのまま退室してしまったからだ。
「お風呂…入っていいんですか?」
「はい。隣の部屋に準備させております」
「あ、じゃあ…お願いします」
メイドに案内されるまま右壁にある扉を開けると、そこには白いバスタブが置いてあった。
メイド達が代わる代わるお湯を足しており、お湯には花びらが何枚も浮かんでいる。
(凄い…なんかセレブなお風呂だ)
「では姫様。服を失礼致します」
「え?あ、あの」
「さぁ。湯が冷めないうちに」
そう言うとメイドは成海のネグリジェへと手をかける。
が、成海はそんなメイドの手から逃れるように後ずさりした。
「あ、あの!もう一人で大丈夫ですから!皆さんは外に!」
「そうは参りません。姫様のお世話をするよう、我々は陛下より仰せつかっております」
「で、でもお風呂なんて一人で入れますし!」
「姫様……昨日この世界に来たばかりで、戸惑われるのも無理はございません。しかし貴女様は『姫』なのです。姫様をお一人で湯に浸からせる訳には参りません。当然着替えもです」
「そ、そんなぁ…」
その後も年配メイドと押し問答を続けた成海だったが、結局は折れてしまい全てメイド達に任せる事にした。
成海が湯に浸かると年配メイドは安心したような表情を浮かべ「後は任せましたよ」とだけ若いメイド達に伝え退室する。
成海は暖かいお湯に浸かりながらも大勢に囲まれ、見られながらの風呂に全然リラックスなど出来なかった。
頭も髪もメイドに洗ってもらい、体を拭くのもメイドにされるがまま。
体を拭かれている最中、数人の若いメイドがその手にドレスを持って成海の前へ並ぶ。
「姫様。今日はどのドレスをお召しになりますか?」
「あ、あの!私が着てた制服って何処ですか?」
「昨日着ておられたお召し物ですか?それでしたら厳重に保管しておりますので。ご心配はいりません」
「ほ、保管?」
「女王陛下のご命令です。いつか想造世界に帰る時の為にも、破棄する事はせず、大切に保管するようにと。絆様も同様です」
厳重に保管、それも女王の命令ということは直ぐに取り出すことも、普段着として着ることも出来ないだろう。
制服で過ごすという成海の願望は直ぐに砕かれた。
「あの…ドレスじゃなきゃ……ダメですか?」
「???どういう意味でございましょう?」
「もっと…こうシャツとズボンとか…」
控えめに告げた成海だったが、その言葉でメイド達は「え?」「それは…」と困ったような表情を浮かべる。
体を拭いていたメイドですら手を止めたことで、今の言葉は失言だったと成海も気づく。
「あ、あの…もっとシンプルな…せめてワンピースとか…」
申し訳なさそうに話す成海だが、奥から隣の部屋にいた年配のあのメイドが現れる。
彼女はため息をつくと成海に淡々と告げた。
「姫様。先程も申し上げましたが、貴女様は『姫』なのです。簡素な格好など以ての外。華美な物がお嫌いでしたら職人に命じて作らせますが…どうぞ今日は、この中からドレスをお選び下さいませ」
「………はい」
本当は着たくなどなかったが、もはやメイドに反発する気も起きない成海。
せめて地味な色…そしてシンプルなものがいいと、成海は紺色でフリルや飾りが少ないドレスを選びメイド達に着せてもらう。
「では姫様。朝食の用意が済みましたので、どうぞこちらに」
ドレスに着替え終わると成海は年配メイドと共に隣の部屋へと戻る。
そして再びギョッとした。
テーブルの上には一人前とは思えぬほどの豪華な食事が山ほどある。
パンだけでもクロワッサンにバターロール、ワッフルにスコーンなどいくつもあった。
テーブルに乗らない料理もワゴンにいくつも乗っており、成海は困惑した顔を年配メイドへと向けた。
「これ…まさか私一人分ですか?」
「勿論です。姫様のお好みが分かりませんでしたので…いくつか作らせました。どうぞお好きなものを、お好きなだけ召し上がって下さいませ」
ニコリと微笑む年配メイドに、これは嫌がらせなどではない。
姫に対する当然の対応なのだと成海は知る。
ぎこちない動きで椅子に座ると、成海は目の前の料理ではなく近くにあったコップに手を伸ばし水を一口飲んだ。
(これが…姫として過ごすってこと?……うぅ…見ただけでお腹いっぱいだ)
起きてからまだ一時間も経っていないが、成海は既にこの環境に疲れきっていた。




