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「絆君…ここは私達の世界じゃない。そうなんだよね?」
不安げに表情を曇らせる成海。
その顔は自分の身に起きたこの状況を『信じたくない』とでも言いたげだった。
そんな成海の心情に全く気づいていない絆は満面の笑みで…それも楽しそうに成海へ答える。
「うん。ここは俺達の世界じゃないよ。魔法とか騎士とか…魔族とかがいる、ゲームみたいな世界なんだ!」
ニコニコと笑顔を浮かべる絆だが、そんな彼とは逆に成海の方は心も顔も晴れることはなかった。
「……そっか。でも…急にそんなこと言われても…信じられない」
「え?陛下からも説明あったんじゃないの?何も聞いてない?」
「説明はされたけど……だからって『あ、そうですか。わかりました』って、納得は出来ないよ」
「………そっか…そうだよね。…俺も最初は信じられなかったし。でも大丈夫だよ!直ぐにこの世界に慣れるって!皆、良い人達だから」
「良い人達」…と絆は簡単に言うが、成海はその言葉を素直に信じることが出来なかった。
女王を初め、この世界の人間に対しては不信感しか抱けていない。
いきなり連行され、理不尽に怒鳴られ、話も聞いてもらえないのなら当然だろう。
何より成海が納得出来なかったのは、この世界特有の異世界人へのルール。
(いきなり現れた別の世界の人間を王位継承者…未来の王様にしようなんて…そんなの……おかしいでしょ)
成海は女王から説明を聞いた時から、この世界の王位継承のルールに疑問を抱いていた。
しかし絆の方は自分の置かれている状況を…王位継承者という立場を受け入れている。
彼の格好や口調…様子から成海はそう感じていた。
「絆君は…いつこの世界に来たの?」
「俺?え~と…五週間は過ぎたから…ひと月くらい前かな?あ、俺の事って想造世界…元の世界でニュースとかになってない?」
「ニュース………ううん。なってない。普通に……あれ?」
絆に尋ねられ、成海はある事に気づいた。
自分は昨日も今日も、いつも通り学校に行っていたのだ。
当然、絆の姉でもありクラスメイトでもある友人にも学校で会っている。
それなのに…彼女から「絆がいなくなった」という話は聞いていない。
それどころか…先日、期末対策として彼女と勉強していた時…友人は弟の話もしていた。
『絆も少しは頑張ってほしいよ。私達くらいとは言わないからさ…学年100位…ううん。せめて150位には入って欲しいわ』
そうボヤいていた友人の姿がハッキリと脳裏に浮かび、成海の疑問は大きくなる。
「本当に……この世界に来て、ひと月も経ってるの?」
「間違いないよ!本当に俺はこの世界にそれだけいたから!なんなら城の人や…そうだ!陛下にも聞いてみてよ!」
「………ごめん。絆君の話を疑うわけじゃないんだけど…」
絆の様子からして彼の言葉も嘘では無いだろう。
だからこそ…成海は余計に混乱していた。
(この世界と私達の世界じゃ…時間の流れが違うのかな?)
首を捻り考え込む成海に、絆は「あ!」と何かを思い出したようにテーブルから身を乗り出す。
「なんか俺達、元の世界についてよく思い出せないらしいよ!」
「え?…それ…誰から聞いたの?」
「陛下から。陛下も俺達と同じだからね。それに将軍も同じ事言ってたし…この世界じゃ有名な話なのかも。俺もよく思い出せないし」
「なに…それ…」
また新たに知ったこの世界の常識に頭を悩ませる成海。
絆は嘘をついている訳では無いだろう。
それはわかるが…だとしても信じられない。
現にたった今、成海は元の世界の事をしっかりと思い出していたのだから。
難しい顔をして黙り込む成海に、絆は彼女を安心させようと優しく言葉をかける。
「成海さん。大丈夫だよ。さっきも言ったけど…この世界の人は皆良い人だから。直ぐに慣れる。俺だって慣れたんだからさ!」
「………絆君」
「そんなに心配しないで!成海さんは一人じゃないよ!俺がいる!この世界に先に来た先輩として、俺のこと頼ってくれていいからさ!それを言いたかったんだ!」
ニコッ!と自分に向ける絆の笑顔を見て、彼がこの部屋に来たのは自分を励ます為だったと成海は気づいた。
一人ではない。
同じ境遇の仲間がいる。
それは成海にとって嬉しい事実だったが…それだけで彼女は安心など出来なかった。
女王から理不尽に怒鳴られたばかりだから余計に…。
「ありがとう…でも…本当に信じられなくて…」
「う~ん。でも…ここが俺達の世界じゃないのも本当だし。信じられなくても…これが現実なんだよ。受け止めなきゃ」
眉を寄せ、困ったように告げる絆。
そんな彼の視線から逃れるように成海は俯いた。
正確には…不快感で歪む自分の顔を見せないようにした成海。
(なんで…なんで絆君はそんな事が言えるの?なんで絆君はこんな現実…受け入れられるの?…私は………私も受け入れなきゃいけないの?)
「成海さん?」
いつまでも下を向いたままの成海を心配して、絆が声をかけたその時。
コンコン…と扉をノックする音が二人の耳に届く。
二人が同時に開いている扉の方を見ると、そこには二人のメイドの姿。
奥のメイドは成海を部屋に案内したメイドであり、その手にトレイを持っていた。
手前のメイドは一度頭を下げてから中にいる二人へと声をかけた。
「姫様。お食事をお持ち致しました」
「あ、ありがとうございます」
「そっか。晩ご飯だっけ?じゃあ俺も部屋に戻ろうかな。成海さん!明日、朝ご飯食べたら迎えに来るね!」
椅子から立ち上がった絆の言葉で、成海は女王から言われた事を思い出す。
女王は確かに「絆と共にこの世界について学べ」と言っていた。
一人納得する成海は絆を見送ろうと、一緒に扉の前まで歩く。
「今日はありがとう絆君。また明日ね」
「うん!……あのさ…成海さん!」
絆は急に成海の手をギュッと自分の両手で握りしめた。
そして真剣な表情を成海へと向ける。
「俺はさ…俺がこの世界に来たのは運命だと思ってる。きっと成海さんがこの世界に来たのも…運命だよ。だからさ!二人で頑張ろうよ!」
「絆君?」
「ね!」
少し頬を赤く染めながらも、キラキラとした目で『運命』と熱く語る絆。
そんな絆の圧を感じたのか、成海は無言でコクコクと頷くことしか出来なかった。
成海が頷くのを見ると、絆はパアッ!と嬉しそうに笑顔になる。
「大丈夫だよ!成海さん!俺がついてるから!」
「う、うん。ありがとう」
「へへ。じゃあ!また明日ね!」
やっと手を離したかと思うと、絆は駆け足で部屋を出て行った。
そんな絆の後ろ姿を眺めながら首を傾げ、成海はメイドの待つ部屋へと戻る。
(明日…か。明日になれば夢だった…ってオチならいいんだけど)
少し…ほんの少しだけ期待をして、成海は用意された豪華な食事を食べ終わると、早々にベッドに横になった。




