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女王が一人、謁見の間で怒りや恐怖に震えている頃、成海は城の一室へとメイドに案内された。
「ここが姫様のお部屋となります」
「あ、は、はい。ありがとうございます」
通された部屋は一人分とは思えぬ程に広く、家具一つ一つが豪華で繊細な造りのもの。
部屋を見回しながら成海は呆気にとられたように、口を開けたまま呆然としている。
「只今夕食をお持ち致します。何かご用がありましたら、テーブルの上のベルをお鳴らし下さい」
「は、はい。ありがとうございます」
「では姫様。失礼致します」
メイドが去り扉が閉まる。
成海は直ぐに扉へ近づき外の会話に耳をすませる。
『私は姫様の夕食を持って参ります。姫様からのお呼び出しがあれば直ぐに伺いなさい』
『かしこまりました』
小さく聞こえる声で、成海は部屋の外には常に誰かがいるのだと知る。
小さなベルを鳴らせ、とはそういう事だったのだろう。
成海は重い足取りで天蓋付きの大きなベッドへと近づくと、勢いよくそこへとダイブした。
「はぁ~~~…別の世界とか…姫とか…女王様とか王位継承者とか……なんなの?」
一人になった事で成海はうつ伏せのままベッドに向けて本音を漏らした。
その顔は困惑に満ちており、ため息まで出てしまう。
「……夢…じゃないのかな?昨日寝る前にアニメも漫画も見てたし。…全然こんな話じゃないけど」
グルッと体を仰向けにすると、頭上には天蓋。
こんなベッドはテレビや本で見た事があるだけで、実際に見た事はない。
「凄いベッド。凄い派手で綺麗な部屋。お城にいて女王様もいて……ホントにお姫様になった気分」
『お姫様』と自分で言った言葉に成海は眉を寄せる。
なんて自分に不釣り合いな言葉だろう、と。
「そんなの…私には全然似合わないけど。むしろ絆君と一緒にいた……あの黄緑の髪の子の方が、よっぽどお姫様っぽかったし。……でも…」
成海はほんの一瞬目のあった美しい少女…エリカを思い出す。
正確には彼女に向けられた目を。
たった一瞬…ほんの一瞬だったが、彼女は確かに自分を睨んでいた、と。
「あの子…なんで私を睨んでたんだろ?綺麗だけど…ちょっと怖い子だったな…」
エリカが自分を睨んでいた理由など知らない…想像もつかない成海。
それだけではない。
成海はこの世界について、まだ何も知らないのだ。
「…ここは別の世界で…女王陛下がいて……別の世界から来た私は……姫様?…ホントに…訳わかんない」
いきなり綺麗な庭園に迷い込んだと思ったら、武装した男達に取り押さえられた。
ジタバタと暴れていると将軍と呼ばれる男が現れ、そのまま女王の元へと連行された。
連行された先には何故か友人の弟までいる。
それも燕尾服のような正装を身にまとって。
「絆君は王位継承者……なら…私は何なの?お姫様になって何をしろってのよ」
いきなり『別の世界に来た』と言われて納得など出来るはずもない。
成海はふと起き上がると自分のほっぺたを、思いっきり抓る。
「痛ぁっ!!もう!夢じゃないの!?夢でいいよこんなの!」
自分で抓ったとはいえ痛む頬を抑えながら喚く成海。
一度不満を口にするとそれはもう自分でも止められなかった。
「だいたいなんなの!?あの女王様は!人の名前も話も全然聞かないで!勝手に自分の話して!ちょっと質問したら怒鳴ってさ!」
成海は自分に向けた女王の態度を思い出すと、後ろにあった枕をボスっと叩いた。
「なんでそんなに怒られなきゃいけないのよ!私そんなに悪いこと聞いた!?気になったから聞いただけなのに!もう~~~!ムカつくっ!!」
ボスボスと枕を叩き続けた成海だが、あまりにムカついたらしく、ついには枕を壁に向け全力で投げつけた。
壁に当たった枕はまたボスッ!と音を立ててズルッと落ちる。
怒りのまま早口で言いたいことをまくしたて、さらに全力で枕を叩き続けた成海はゼーゼーと息を切らしていた。
そしてゆっくりと深呼吸するとまたベッドに横になる。
今度はうつ伏せで顔だけ横に向けて。
「……なんか…一人で怒って…私バカみたい。…早く元の世界に帰りたいな。…期末も近かったし。…でも…こっちでも勉強しろって言われたし……帰れないし」
女王から言われた事を思い出す成海。
成海を元の世界に戻せるのは女王だけ。
それも絆が次期王となり、女王から王位を受け継いた時だけだとも言われた。
成海自身にはどうすることも出来ない。
「…なんで…私はこの世界に来たんだろ?…王位継承者でもないみたいだし……いる意味あるのかな?」
この世界における自分の存在意義について考えていると、扉からコンコンとノックする音が聞こえた。
先程のメイドが夕食を持ってきたのかと思ったが、扉から聞こえてきたのは成海もよく知る声。
成海が返事をする前に、その人物は中にいる成海へと声をかけた。
「成海さん。俺だけど」
「絆君?」
「そう。入ってもいいかな」
「ちょっと待ってて」
この世界で唯一の知人でもあり、同じ境遇ともいえる絆の来訪に、成海はベッドから立ち上がる。
一応投げ飛ばした枕をベッドに戻し部屋の中を確認してから、成海は扉を開けた。
カチャ
「絆君。どうしたの?」
「ちょっと話したい事があってさ」
「わかった。どうぞ」
成海は絆の訪問を快く受け入れ、部屋へと招く。
絆が部屋へと入り、成海が扉を閉めようとすると外にいたメイドがそれを止めた。
「姫様。年頃の男女が部屋で二人きりなど、あってはなりません。どうぞ、扉は開けたままになさって下さい」
「え?で、でも」
「絆様は王位継承者。姫様も同じく尊い身分であらせられます。どうかご理解下さいませ」
上流階級の者なら年頃の男女が部屋に二人きりなど、あってはならない。
女王の住まう城で、高い身分の者ならなおのこと。
この世界では知人と気軽に話す事すら許されない。
成海はため息をつきたいのを我慢し、そのまま扉から手を離す。
その時、メイドから冷たい声が響く。
「それと陛下に対する不敬なお言葉もお慎み下さい。反逆罪に問われる危険がございます。姫たる者、二度とさような言葉を口にしてはなりません」
苦言を呈すメイドだが、成海は何も答えずに先に座っていた絆の元へ向かった。
絆の向かい…テーブルを挟んだ正面にある椅子に腰掛けると、成海は小声で絆へと問いかけた。




