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「成海さんっ!」
絆は少女の名を叫びながら彼女へと駆け寄る。
その顔には驚きと喜びが満ちていた。
「成海さんもこの世界に来たんですか!?」
絆は少女の前に行くと彼女の手を取り、嬉しそうに話す。
「………え?…絆君?何言って…え?この世界って…どういうこと?」
友の双子の弟の言葉にただ困惑する絆と同郷の少女…成海。
成海にはこの場所も、絆の言っている事も理解出来ない。
何故自分はこんな所にいるのか?
ここは何処なのか?
絆の奥に見える者達は一体何者なのか?
「成海さん!俺達は別の世界に来たんですよ!ここは俺達の世界じゃないんです!」
「だから何言って」
バンッ!!
絆の言葉の意味を聞こうとした成海だが、それは大きな音により遮られた。
全員が一斉に音のした方へと目を向ける。
その視線の先には片手で頭を抑えて俯き、片手を拳にし肘置きに置いている女…女王。
拳は今も少し震えている。
先程の音は彼女が肘置きを強く叩いたものだと全員が理解した。
女王は俯いたまま、静かにこの場にいる者達に告げる。
「…絆、そしてエリカ。今すぐ部屋を出ろ。宰相達や将軍もだ」
「陛下っ!?」
女王の発言にヴィクターは声を上げる。
しかしそんなヴィクターを手で制し、宰相はいつも通り静かに女王へと問いかけた。
「陛下…よろしいのですか?」
「あぁ。さっさと全員…この場から去れ。そこの娘以外な」
女王は今度こそ頭を上げると、鋭い眼光で成海を見つめる。
いや、睨みつける。
好意などなく…敵意が込められているような視線。
だが何処か警戒しているような…そんな自分を見つめる目に怯む成海。
そんな成海の様子にいち早く気づいた絆は女王へと声を荒らげた。
「陛下っ!なんで俺達全員が出ていって成海さんだけ残るんですか!?」
「黙れ絆。いいからさっさとこの場から出て行け」
「でも成海さんは!」
バンッ!!
「私の言葉が聞こえないのかっ!?いいからさっさと出て行けっ!」
女王は再び肘置きを強く叩くと、怒りのこもった形相でわめく。
そのあまりの形相に成海だけでなく、絆やエリカまでビクリと体を震わせた。
猛虎将軍はそんな絆の肩にそっと手を置く。
「絆様。参りましょう。陛下にはお考えがあるのです」
「でも将軍!」
「ご心配なさいますな。陛下は…この方と少し話されたいだけなのです。この世界について。それを説明なさるおつもりなのです。王位継承者として…ご理解下さい」
優しく諭すように話す将軍に、絆は不服そうな顔を浮かべる。
しかし結局は将軍の言葉に頷いた。
「…将軍………はい。わかりました」
「えっ!?」
あまりにもアッサリ引き下がる絆に、成海は目を丸くする。
自分が置かれている状況もいまいち分かっていない成海にとって、それはあまりにも軽薄な判断だった。
成海は話の流れで、あの自分を射抜くように見つめる女性が女王だとは理解した。
理解したからといって、そんな怖い女王様と二人きりになどなりたくない。
しかし将軍と呼ばれた男は絆の背を押し、共に扉へと向かう。
エリカもまた、女王に一礼すると駆け足で絆の元へと向かった。
成海とすれ違う際、エリカと成海は一瞬だけ目が合う。
成海の方は黄緑色の髪をした美しい少女に見惚れているだけだったが…エリカは違った。
困惑とも…怒りとも…悲しみともとれる瞳。
しかしエリカが成海を見たのは一瞬だけ。
直ぐに視線を絆へ戻すと、絆の隣に並び彼と共に出ていってしまった。
扉が閉まると成海は女王達へと視線を移す。
女王の側で控えていた男達も、エリカのように一礼すると脇にある小さな扉へと向かった。
宰相は別段動揺する事もなく、落ち着いた表情だったが…ヴィクターは違う。
彼は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
それもそうだろう。
今日この日…この瞬間は、エリカと絆の婚約が女王から告げられるはずだった。
言い方を変えれば、娘が王妃となる未来が約束されるはずだった。
それを…たった一人の少女の登場で台無しにされたのだ。
ヴィクターは自分の思惑通りに事が進まなかった事の怒りを悟られまいと、ただ女王のように震える拳を握りしめ、宰相と共に謁見の間を出て行った。
残されたのは…女王と成海のみ。
成海はただならぬ緊張感で手が震え、冷や汗をかく。
ゴクリと生唾を飲み込んだ音が耳に響くだけで…他には何の音もしない。
他の者を全員この場から出したはずなのに…女王は再び俯いて額に手を当てるだけ。
何一つ言葉を発しようとはせず、また成海の方を見ようともしない。
あまりの静寂やこの空気に耐えられず、成海は意を決したように女王へと声をかけた。
「あ、あの…女王…様…でいいんですよね?」
「………そうだ。だが人にそのような事を尋ねる前に、自分から名乗ったらどうなのだ?」
何処か怒りや呆れのこもった声で指摘され、成海は慌てて背筋を正す。
「す、すみません。あの…私の名前は…成海」
「成海だな。わかった」
(ま、まだ苗字しか言ってないのに…)
成海が下の名前を言い切る前に、女王は成海の言葉を遮る。
しかしこのタイミングで、改めて名前を言う度胸は成海にはない。
「よ、よろしくお願いします」
結果、彼女は名前を告げるのをやめた。




