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「はぁ~……美味かった!ごちそうさまでした!」
「いえ。喜んで頂けたのなら…わたくしもお作りした甲斐が有りましたわ」
お腹をポンポンと叩き満足気な絆を見て、エリカも嬉しそうに笑う。
エリカは絆から顔を背けながら片付けをしつつ、小さな声で絆に話しかけた。
「……あの…絆様。明日もこちらで剣のお稽古を?」
「はい!せっかく皆が期待してくれるんですから!強くて立派な王にならないと!その為に剣術は必要だって言われて!それに俺も剣の稽古が好きだから!」
「そうですか…。……あの…もしよろしければ……明日もお作りして来ても?」
「え?」
キョトンと自分を見つめる絆に、エリカは慌てたように早口でまくし立てた。
「いえあのっ!絆様がよろしければです!お稽古の邪魔は致しませんわ!ただその…そんな日々の癒しに!ご休憩に甘い物はいかがかな、と!甘い物は疲れをとりますし!それで!あの!その」
「いいんですか!?俺は大歓迎ですよ!毎日こんなに美味しい物を食べれるなら!もっと稽古を頑張れます!」
エリカは恐る恐る絆の方を振り向く。
そして満面の笑みを浮かべる絆を見て…安堵した。
「毎日…来ても…よろしいんですの?」
「はい!俺は嬉しいです!あ、でもエリカさんは毎日なんて大変ですよね?大丈夫ですか?」
「っ!いいえ!絆様がお望みなら、わたくし毎日!絆様の為にお菓子を作らせていただきますわ!」
「ありがとうございます!エリカさん!」
絆は喜びのままエリカの手を自分の両手で握りしめる。
突然、男に手を握られエリカは顔を真っ赤にして驚く。
(と、殿方と手を握り合うなど…は、はしたないですわっ!)
頭では『はしたない』と叫ぶエリカだが、絆の手は振り払えないでいる。
ただ握られた手が…絆に笑顔を向けられた顔が…ただ熱い。
なんと声をかければいいか、どうすればいいのか…そう考えても体は動かず、エリカは絆を見つめ返す事しか出来なかった。
そんな時、二人の元に近づく人物が一人。
「絆様。エリカ嬢。そろそろ稽古を再開したいと思うのですが、いかがですかな?」
「あ、はい!すみません将軍!またよろしくお願いします!」
絆はエリカから手を離すと、ベンチから立ち上がり将軍へと頭を下げる。
そして将軍と共にベンチから離れようとした。
が、その前にエリカの方を振り向き、あの太陽のような明るい笑顔をまた彼女へと向ける。
「それじゃあエリカさん!また明日!」
「は、はい。絆様。ごきげんよう」
残されたエリカは遠のく絆の背を見つめる。
少し離れた場所で将軍と木刀を交える絆。
そんな彼の姿を見て、エリカは小さく呟いた。
「また…明日。…明日も…ふふ」
自分で呟いた言葉にエリカは微笑む。
エリカは既に明日が楽しみになっていた。
あんなにも嫌っていたのに…絆と共に過ごせる明日が…楽しみだ、と。
それからもエリカは、毎日お菓子を作っては絆に差し入れとして持って行った。
三日もすると彼女は休憩が終わった後も居座り、稽古に励む絆を見守り、時には応援もした。
四日目からは勉学に励む絆の隣に座り、教師と共に彼へ勉学を教えた。
「絆様。ここは間違っております。レッドリアではなく、ロゼリアですわ」
「あ、すみません。エリカさん。赤い国って覚えてたから。えと…ロゼリア、と」
「ふふ。よろしいですわ。さて、次の問題集を片付けたら休憩ですわよ。今日はクッキーを作って来ましたわ」
「ありがとうございます!よし!頑張ろう!」
エリカが毎日訪ねる事に、絆は嫌な顔一つせず…むしろ友人が出来たと喜んでいた。
次第に二人の距離は近くなる。
いつしか絆は彼女に『さん』を付ける事も敬語もやめ、『エリカ』と呼び捨て親しげに話すようになった。
自分の世界のこと、家族や友人についても話すようにもなった。
「まぁ、絆様には双子のお姉様が?」
「そうなんだ。あんまり思い出せないんだけど…俺と違って頭が良くて。よく『双子なのにこんなに違う』って周りに言われたな」
「ふふ。優秀なお姉様でしたのね」
「うん。頭が良くてスポーツも好きで……凄く素敵な…親友もいて…さ。弟の俺から見ても良い奴だったよ」
何故か『素敵な親友』と話す時だけ…何処か遠くを見つめていた絆。
姉を語る時よりも、思い詰めるような、懐かしむような顔をしている絆にエリカも気づくが…あえて触れないようにした。
触れてはいけないと…何故かそう思ったのだ。
そんなエリカの心境を知らぬ絆は、いつものように笑顔をエリカへと向ける。
「もう会えないのは…寂しいけど。でも!向こうのあいつに負けないように、俺もしっかりこっちで頑張らないとな!」
「…ご立派ですわ、絆様」
姉を…何かを懐かしむ絆にエリカの方こそ少し寂しいと思ったが…この世界でただ一人の王位継承者である彼が想造世界に帰ることもない。
むしろ家族を大事に思う彼を支えたいと思った。
自分に対する絆の態度が軟化した時から、エリカには気になる事があった。
「あの…絆様。陛下からわたくしの事…何か聞いていませんか?」
「陛下から?ん~…『最近エリカと仲良くしているようだな。良いことだ』とかは言われたけど…それくらいかな。友達が出来たって報告したら喜んでくれたよ」
「…そう…ですの」
それはつまり、絆にはまだ婚約の話はされていない、ということ。
そうでなければ、絆から何かしらの反応があっていいはず。
だというのに…絆は何も聞いていないらしい。
それに王位継承者の婚約ならば、大々的に発表されるはず。
だが父から話をすると聞いていた女王は、絆本人にはまだ何も告げていない。
エリカは絆の授業が終わると、そのまま剣の稽古には同席せず、女王に謁見を願い出た。
それは直ぐに許され、エリカは謁見の間で女王へと跪く。
「女王陛下。謁見をお許し下さり誠にありがとうございます」
「うむ。エリカよ。私に何用だ?」
「わたくしと…絆様の婚約の話を父より聞きました。陛下は…どうお考えなのですか?」
エリカはゆっくりと頭を上げ女王を見つめる。
あんなにも怒鳴り散らしていた女王は、エリカに優しく微笑んでいた。
「お前の気持ちを聞きたい。エリカはどうなのだ?」
「…わたくしは……」
「王位継承者との婚約となれば、お前はこの世界の次期王妃。並大抵の覚悟では成せぬ。お前は賢く美しく、王妃に相応しい身分もある。だが…その覚悟があるか?王都を…世界を治める絆を…支える覚悟が…」
女王に問われ、エリカは黙り込む。
だがそれも少しの間。
エリカは女王をしっかりと見据えると、自分の気持ちを打ち明けた。
「わたくしは…絆様の妻となり、王妃となってあの方を…絆様をお支えしたく思います」
エリカの答えはとうに決まっていた。
迷うことなく告げるエリカに、女王も満足気に微笑んだ。
「そうか。…その言葉を聞けて安心した。お前の事は私も気に入っている。お前なら次期王妃に申し分ない。今まで絆に話をしなかったのは、お前の気持ちをしっかりと聞いてからにしたかった。無理矢理大任を押し付けるような真似はしたくなかったからな」
「…陛下」
「絆はお前の一つ上だが…まだまだ子供の部分もある。エリカよ。しっかりと絆を支えてやってくれ。本当は、まだ若いお前に全てを預けること…気が引けていた。…だがな…お前になら…任せられる」
「…陛下」
「明日にでも絆に婚約の話をしよう。お前もここにおいで」
「はい!」
エリカは満面の笑みを女王に向けると、明日が楽しみだと言いたげに、上機嫌でその場を後にした。
もはやエリカの中で絆に対する嫌悪感は微塵もない。
最初は婚約の話を聞いた時、父を、女王を…そして絆さえも恨んだ。
今は自分に、絆と共に生きる未来をくれた彼等に、心から感謝をする。
その夜、エリカは明日を楽しみに眠った。
絆と共に生きる未来を。
王妃となり彼の隣に立つ自分の姿を夢見て…信じて…疑わなかった。




