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「…絆様…はぐれた子供の親を…探していたんですの?」
「はい。一緒に来てくれた人と手分けして探してたんです。あ、ちゃんと一時間後には噴水広場に集まるって約束したんで、これから行きますよ」
ニコニコと笑顔を向ける絆に、エリカはバツが悪そうに下を向く。
エリカは勝手に絆が『街ではしゃいで供の者とはぐれた』と思い込んでいた。
いくら嫌いな相手だからといって、それはあまりにも失礼な考えだったとエリカは自己嫌悪に陥る。
何故か落ち込んでいるエリカの様子に絆も気づくと、彼は自分の手にある瓶を見てエリカに声をかけた。
「エリカさん。甘いもの…好きですか?」
「…………はい。大好きですわ」
「良かった。じゃあコレ一つ貰って下さい」
そう言うと絆はジャムの瓶をエリカに差し出す。
エリカもゆっくりと頭を上げ、その瓶を見つめた。
「俺もジャムは好きですけど、 二つは多いから。リンゴとイチジク、どっちがいいです?」
「そんな…コレは絆様が頂いたものです。わたくしが頂くわけには…」
「貰った俺が分けるんですから、さっきの人も許してくれますよ。落ち込んだ時には甘いもの…って言葉は想造世界でもあったし。ね、どっちがいいです?」
初めは遠慮していたエリカも、これが絆の優しさだと気づく。
嫌いな相手から向けられるその優しさを、何故かエリカは払い除ける事が出来なかった。
「………では…イチジクを」
「はい。じゃあイチジク」
絆は笑顔でエリカにジャムの瓶を一つ手渡す。
エリカは少し戸惑いながらも、その瓶を受け取った。
「それじゃあエリカさん。俺はこれで」
「は、はい」
笑顔で別れを告げ、走り去っていく絆の背中を…エリカは遠くなるまで見つめていた。
絆から貰ったジャムの瓶を、ギュッと両手で胸に押し付けながら。
絆と別れた後、エリカは自分の邸へと戻ったが、花嫁修業から逃げた事に対する父親の叱責などまるで聞こえず上の空。
それは父親の説教が終わってからも、食事の時も入浴の時も…部屋に戻ってからも変わらない。
彼女の頭の中は絆の事でいっぱいだった。
それは今朝まで感じていた嫌悪感とはまるで違う。
エリカは自分の気持ちの変化を振り払うように、その日は早いうちから就寝した。
が、次の日は朝日が昇る前からキッチンに立ち、絆から貰ったジャムを使ってお菓子を作っていた。
昼過ぎになると、エリカは早朝に作ったお菓子をバスケットへ詰め込み、城へと向かう。
いつもなら女王への挨拶や図書室へ真っ直ぐ行くのだが、今日のエリカはある人物を探し城内を歩き回った。
そして先日の噴水のある庭園に向かうと…エリカの探していた人物が目に入る。
その者は猛虎将軍と剣の稽古をしていたが、エリカをその目に映すと彼女に笑顔を向けた。
「あ!エリカさん!こんにちはー!」
「っ、ご、ごきげんよう、絆様」
エリカが探していたのは…昨日までこの世界で一番嫌いだった絆。
そう…昨日まで。
絆にまた笑顔を向けられ、エリカは顔を赤く染めながらも淑女らしく片手でスカートを摘み頭を下げる。
「どうしたんです?こんなとこ…いてっ!?」
エリカに話しかけようと彼女へ歩き出した絆だが、その頭に軽く木刀が振り下ろされた。
絆が頭を撫でながら後ろを振り向くと、猛虎将軍がニヤニヤした顔で絆を見下ろす。
「鍛錬中に女性へよそ見をされるとは。まだまだですな」
「いてて…すみません、将軍」
「ははっ!今後はご注意を。さて、エリカ嬢も来られたことですし、少し休憩に致しましょう」
「あ、ありがとうございます!休憩の後もよろしくお願いします!」
絆は猛虎将軍に対し頭を下げると、エリカへと走り寄った。
「エリカさんはお散歩ですか?ここって噴水もあるし花もあるし、綺麗ですもんね」
「え、ええ。左様でございますわね。おほほほ」
エリカは無意味に髪を触ったり、腕をさすったりしながらチラチラと絆を見る。
あからさまに様子のおかしいエリカに、絆は首を傾げた。
「どうしたんです?腕とか頭が痛いんですか?」
「い、いえそんな!えと…その!じ、実は」
エリカは赤い顔を背けながら、絆にバスケットを差し出した。
「昨日の…あの…イチジクのジャムで……マフィンを作りましたの」
「マフィン!へぇ、エリカさんって料理も出来るんですね!」
「い、いえそんな…料理と言うほどのものでは…その……料理も…とは?」
絆の言葉にエリカはチラリと視線を向けるが、返されたのはやはり太陽のような明るい笑顔。
「お城の人達が皆言ってますよ。『エリカ嬢は美しいだけでなくリスク王家の血を引く才女だ』って。凄いですよね。王族で美人で頭も良くて、その上料理まで出来るなんて。俺、尊敬しちゃいますよ!」
「そ、そんなことは。…あ、あの…」
「そのマフィンは今日のおやつですか?それとも、お父さんに差し入れとか?」
「ち、違いますっ!あ、あの…あの…」
エリカは一度深呼吸をすると、俯いたままバスケットに掛けてあった布を外す。
そして深呼吸などでは取れなかったのか、緊張したまま絆へとここに来た目的を話した。
「…絆様に…食べていただけたらな、と」
「え!?俺にですか!?」
エリカの態度から気づきそうなものだが、絆は本当に意外だったらしく自分を指さしながら驚いている。
「い、嫌でなければ…その…元々ジャムは…絆様が頂いたものですし…」
絆に対しては言いたいことが言えなくなるエリカだが、その反面、彼女の心の中は騒がしい。
(わたくしったら!何をモジモジしているんですの!?これはただ、ジャムのおすそ分けですわ!だってこのジャムは絆様が頂いたものなのですから!お返しするのは当然!それだけですもの!他意はありませんわ!ええ!これっぽっちもありません!!)
必死に心の中でのみ、自分へと言い訳を繰り返していたエリカ。
そんなエリカを現実に引き戻すように、絆はエリカの持っていたバスケットを掴むと嬉しそうに笑った。
「うわっ!美味そう!これ本当に俺が食べていいんですか!?
「え、えぇ。勿論ですわ」
「エリカさん!ありがとうございます!!」
「…ど、どういたしまして」
エリカの返答を待たずに、絆はマフィンを一つ取るとそのままかじりつく。
口の中に広がるイチジクジャムの甘みに、絆も嬉しそうに頬を弛めた。
「ん~~~!んまいっ!エリカさんっ!めっちゃくちゃ美味いですよ!」
「お、お褒め頂き…光栄ですわ。その…絆様さえ良ければ…全てどうぞ。お茶も…水筒に淹れてきましたので、よければそちらも」
「ありがとうございます!じゃあ、あそこのベンチに座って一緒に食べましょうよ!」
「っ、……喜んで…ご一緒いたしますわ」
絆の提案通り、二人は庭園にあるベンチに腰掛けると一緒にエリカ特性のマフィンを食べた。
ほとんどは絆が食べ、エリカはそれを横で見ながら時々お茶を淹れてやるくらいだったが…それでもエリカの胸には昨日までのように嫌な感情は湧いてこない。
嫌いだった相手が自分の作ったマフィンを美味しそうに食べるのを見て…自然と笑顔が綻ぶのに、エリカ自身も気づいていた。




