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【夜・王都にあるヴィクターの邸】
バンッ!!
「どういうことですか!?お父様!!」
晩餐の最中、エリカはテーブルを叩きながら立ち上がり、正面に座る父親へと怒鳴った。
ヴィクターは娘の声を聞きながらも、視線は皿へ向けたままナイフで肉を切る。
「言葉通りだ、エリカ」
「ですから!何故なのです!?何故…何故わたくしが絆様の妃に!あの方の妻とならねばいけないのですか!?」
「エリカよ。淑女として、王族として、そのような振る舞い…父として褒められたものではないな」
「わたくしだって!したくてしているのではありませんわ!ちゃんとお答えになって下さい!お父様!」
食事中だというのに席を立ち、大声を出す娘を窘めるヴィクターだが、エリカそれどころではない。
必死に父に問い詰める娘に、ヴィクターも手を止めエリカへと視線を向けて答えた。
「絆様には後見となる者が…支えとなる者達が必要。それが七つの王族ならば、他の王侯貴族よりも遥かに意味をなす。そんな事もわからんのか?」
「そういう意味ではありません!お父様はおっしゃったではありませんか!わたくしの夫となる方は王侯貴族は勿論!高い能力を持つ将来有望な者だと!国王!宰相!将軍!そういう者達だと!わたくしと約束したではありませんか!お忘れですか!?」
「忘れる訳なかろう。だからこその絆様だ。あの方以上に将来有望な方などおるまい。絆様は世界の王となるお方。つまりお前は女として最高の地位、王妃となれる」
「王妃となる事が問題なのではありませんわ!相手が絆様という事が問題なのです!なんであのような世間知らずの子供に!」
「エリカ。口を慎みなさい。王位継承者に対し、そのような暴言…父として…宰相補佐として、許せるものではないぞ」
「っ、も、申し訳ございません。お父様」
鋭い視線で冷たく告げる父に、エリカもビクッ!と肩を震わせる。
そして謝罪の言葉を口にし、静かに椅子へとかけなおした。
エリカが急に出た自分の結婚話…それも王妃となる話に驚くのは無理もない。
驚くのはヴィクターとて予想の範疇だった。
しかしここまで嫌がるとは…。
「絆様を子供というが…あの方は17らしい。お前の一つ上ではないか」
「……そういう意味では…ありませんわ。わたくしが絆様をどう思っているか…お昼に気づかれませんでしたか?本気で私が…喜ぶとお思いだったのですか?」
「エリカよ。王侯貴族の結婚はお互いの利益、そして両家を、国を結びつける為に行われるもの。庶民のようにはいかん。お前も知っているだろう」
「…わかって…おります。わたくしには最初から……拒否権など無いことも」
その言葉こそが拒否している事に違いないと誰でもわかる。
それでも…どんなに娘が王位継承者を拒もうと、ヴィクターはこの話を進める他ない。
女王を操ってまで、娘と王位継承者の婚姻を約束させたのだ。
今更、無かったことになど出来ない。
何よりそれは自分が望んだこと。
娘が王妃となれば、圧倒的な権力と莫大な財が手に入る。
「理解しているのならば良い。陛下は明日にでも、絆様に話をして下さるそうだ。お前の返事も後日という事にはなっているが…陛下にはそのような顔、見せてはならん。王家の娘として恥じぬ振る舞いをし、快く受けるのだ。絆様とて拒む理由などない。きっとお受けになられる。お前は明日から花嫁修業にのみ専念せよ。よいな」
「……………」
「…返事もせぬとは…子供のような真似はよしなさい。お前はリスク王家の血を引く娘…いや、未来の王妃なのだぞ」
「………お父様」
ゆっくりと顔を上げたエリカに、ヴィクターはワイングラスを持ち上げ楽しそうに語る。
「ふふ。未来の王妃…か。お前は世界一の幸せ者だな、エリカ」
「っ!?…お父様の……バカァッ!」
「エリカッ!?」
無神経な父の言葉に、エリカは椅子から立ち上がると、そのまま部屋を出て行ってしまった。
残されたヴィクターは深くため息をつく。
「…こうまでエリカが嫌がるとは。しかし…エリカとて馬鹿ではない。受け入れねばならぬ事は、理解しているはず。どれだけ拒もうと…最終的にはあの子も、きっと受け入れる」
ワインを喉に流し込むと、ヴィクターは歪な笑みを浮かべた。
「エリカが王妃となれば…私が次の宰相となれる。王の義父ならば誰も文句は言うまい。王の裏でこの世界を…リスクの力を持って支配するのだ。何も知らぬ若造には、お飾りの王でいてもらえばいい。ふふ…はははははっ!王になれなかった私が!小国の王弟で、宰相補佐でしかなかった私が!この私の一族が数百年!この世界の真の支配者となれるのだ!」
ヴィクターは気づいていない。
世界を支配すると言いながら、自分こそ邪な夢に支配されている、と。
そこにはもう、エリカの知る娘思いの優しい父親はいない。
そこにいるのは、権力に取り憑かれ、娘を道具のように利用する、哀れで醜い…一人の男だった。
だがヴィクターが思っているほど娘の…少女の心は簡単ではない。
自分の立場や女王からの勅命だと理解していても、納得など出来ないのだ。
それも16の少女が…好意などまるで無い…むしろ嫌悪すら抱いている相手と結婚しろと言われて…うなずけるはずもない。
ヴィクターが上機嫌でワインを飲み続けている間、エリカは自室のベッドで泣き続けていた。
そして次の日。
ヴィクターに手配された花嫁修業専門の家庭教師が、邸に訪れた時。
エリカは既に邸から逃亡した後だった。
それは蝶よ花よと育てられた箱入りお嬢様が、生まれて初めてした親への反抗だった。




