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ヴィクターが謁見の間へ入ると、そこには女王以外に彼の上司でもある宰相がいた。
この宰相は伯爵でもあるが、女王のヴァルでもあり、彼女が最も信頼する者の一人でもある。
女王は玉座に腰掛け何やら難しい顔で手紙を見ていたが、ヴィクターの来訪に気づくと、持っていた手紙を宰相へ渡した。
よく見ると傍に立つ宰相の手には、それ以外の手紙もいくつかある。
「女王陛下、宰相閣下。本日も」
「ヴィクター。お前も私に手紙を持ってきたのか?」
ヴィクターの挨拶を遮り、女王はうんざりとした表情で尋ねる。
この女王が不機嫌なのは珍しくもないが、今回は何が原因なのか?
「いえ…私は何も。手紙とは?」
「ヴィクターも見ればわかる。宰相」
「はっ!」
女王に促され、宰相はヴィクターに手紙を全て渡す。
それら全てに目を通すと、女王の不機嫌な理由がヴィクターにもわかった。
「……陛下。これは…」
「内容は全て同じ。貴族から『絆様の妃に我が娘を』という嘆願書だ」
眉間に皺を寄せながら、はぁ~、とため息をつく女王。
この手紙は全て女王の言葉通りの内容だった。
ヴィクターは恐る恐る女王へと進言する。
「しかし…こちらの公爵家の方は…夫が亡くなり、ご実家に戻られたばかり。歳も28と絆様とは離れております。こちらの子爵家の御令嬢は…あまり良い噂は聞きませんし…こちらの男爵家の御令嬢など……まだ七つです」
「知っている。それでも私に手紙を寄越したんだ。どいつもこいつも…そんなに王と姻戚関係となり権力を得たいか!薄汚い貴族共めっ!」
ダンッ!ダンッ!と何度も玉座の手すりに拳を振り下ろす女王。
ヴィクターと宰相はそんな女王の姿を見ても焦りはしない。
そしてそれぞれのニュアンスは違えど……同じ事を思っていた。
また始まった、と。
そして女王は彼等が予想した通りの言葉を叫ぶ。
「散々私に息子を!孫をと言っておきながら!絆がっ!あの小僧が現れたら直ぐに未来の妃だと!?ふざけるなっ!そんなに早く私に退位してほしいかっ!そんなに…私が邪魔だというのかぁっ!!」
この世界の人間…貴族含め女王の民は誰もそんな事は言っていないし、女王の退位を望んでいる訳でも無い。
ただ想造世界から来た女王は、数百年で力を失うもの。
そして時の女王が力を失う前には、自然と想造世界から別の若者がこの世界へと召喚される。
それはこの世界の流れの一つであり、今までの歴史でも繰り返されたこと。
この世界の人間にとって女王が力を失うのも、想造世界から新たに王となる者が召喚されるのも自然の流れの一つに過ぎない。
だというのに…女王はヒステリックに叫び続けた。
「誰がこの世界を守ってやったと思ってる!私は自分の世界にも帰らず!この世界の女王として役目を果たしてきた!それなのにっ!力を失えば!もう私は用済みだと言いたいのかっ!」
「陛下。落ち着いて下され」
「黙れ宰相っ!私はっ!私はこの世界の女王だ!口答えするなど…死刑になりたいのかっ!」
喚き散らす女王。
権力を欲する貴族を嫌うようだが、その女王とて自分の権力で罪も無い宰相を殺めようとしている。
だが宰相は焦る様子もなく、ヴィクターに目配せをした。
宰相の意図に気づいたヴィクターは女王の前へと進み跪くと、懐から赤い液体の入った小瓶を取り出し、女王へと差し出した。
「陛下、どうぞお飲み下さい。いつものお薬です。気分が落ち着きましょう」
「ふんっ!」
女王はヴィクターから小瓶を乱暴に、奪うように受け取る。
そして蓋を外し、そのまま中身の赤い液体を一気に飲み干した。
コクリと喉が上下すると、しばしその場で動かなくなる女王。
だが数秒後に、女王は倒れ込むように玉座に座りこみ片手で頭をおさえた。
ふぅ~…と何度か深呼吸を繰り返すと、今度は落ち着いた声で二人に声をかける。
「取り乱して見苦しい姿を見せた。すまない、二人とも」
「何をおっしゃいます。陛下のご心痛は我々も存じておりますので」
「ありがとう、宰相。ヴィクターも…いつも薬をありがとう」
「陛下のお力になれるのでしたら、いつでもこのヴィクター。この血を陛下の薬として役立てましょう」
宰相とヴィクターの言葉に女王は申し訳なさそうに微笑み、小さくまた『ありがとう』と呟いた。
女王がヒステリーを起こすのは、コレが初めてではない。
10年前から王都に来たヴィクターでさえ、何度も目にしている女王の姿だ。
特に、絆がこの世界に現れてからは頻繁に…それも貴族や重臣達の前ですら怒鳴り、喚き散らすようにもなった。
そんな彼女を唯一、鎮められるのが、このヴィクターの薬。
正確にはリスクの一族として強い力を持つ、ヴィクターの血液だ。
だからこそ、女王のヴィクターへの信頼も厚い。
女王は静かに…この場にいる二人にのみ胸中を明かす。
「最近…小さな事でイライラしたり…不安になる。絆が現れて……いや、私の後継者が男だった事で…ストレスは溜まる一方だ」
「恐れながら陛下。私が見る限り…絆様は…そう、明朗快活な方です。努力家でもあり他人に好かれる。あれは次期王という立場など関係なく、絆様の天性でしょう。まだこの世界に来て数日ですが、絆様は日々成長されております。そこまで心配なさらずとも」
ヴィクターの言葉に女王は眉間に皺を寄せた。
また怒鳴り散らすかとも思われたが、ヴィクターの血が薬として効いているらしい。
女王は首を振りながら静かに答える。
「絆の性格や素質の問題じゃない。これは私の……心の問題でもある。男に…それも同じ世界から来た男に、この世界は任せられない。任せたくない。いつか…この世界を滅ぼそうとするんじゃないか?と」
ギュッと手を握りしめる女王の脳裏には、かつて殺した男の姿が浮かぶ。
女王はその男を…想造世界にいた頃から愛していた。
その男も、かつては女王を愛していた。
想造世界では同じ道を共に歩いていた二人。
しかしこの世界に来てから…二人の道は別れることとなった。
女王は人間の為、男は魔族の為に生きる道を選んだ。
女王にとってその男は…覇王は裏切り者でもあった。
自分を拒絶し、自分を殺そうとした。
自分に殺させた…酷い男。




