④
「………何?あれ」
周りを山に囲まれた広大な平原。
この場に覇王と姫が向かったと聞いた死王は、直ぐにこの場へと飛んできた。
しかし魔族や人間の姿は見えても、当の二人の姿はなく、気配も感じない。
あるのは平原全てを囲む程の巨大で強力な、すりガラスのように内部が全く見えない結界。
それを指さし、死王は覇王の部下である魔族に尋ねる。
「死王様!あれは覇王様が張られた結界でございます!」
「はぁ?何言ってんの?そういうことじゃ……ないんだけどっ!」
死王はイライラを隠す事なくその魔族に告げると、怒りのまま拳で殴りつける。
魔力の込められた拳をくらったその魔族は、少し離れた岩まで飛ばされ、衝撃で潰されるように絶命した。
「次……君でいいや。なんでハオ君が結界を張ってるの?これじゃ中に入れないどころか、二人の様子全然見れないんだけど」
「そ、それは……覇王様が…」
「ハオ君がなに?ハッキリ言ってよ。これ以上僕を怒らせないで」
殺気を隠しもしない死王に怯えながらも、部下の魔族は恐る恐る覇王の言葉を伝える。
それは…覇王と姫が戦いを始める前 、覇王がこの場にいる自分達以外の者全てに告げた言葉。
『これから行われる戦いでは、いかなる加勢も干渉も不要。戦うのは我等二人のみ。それ故に……俺はこの地に結界を張る。誰にも破れない結界をな。生き残り、この結界を出た者がこの世界を統べる。何者だろうと……邪魔することは許さない』
そう告げた時、覇王の部下である魔族達も、姫の護衛である人間の軍隊も納得せず声を上げた
それを……頂点に立つ二人が、戦う張本人達が説き伏せたのだ。
「ハオ君だけじゃなくて…あの女も納得したっての?」
「は、はい。そのまま二人は…平原の中央までお互い進まれ…覇王様が結界を張られました。その後の事は…誰も…」
「ふーん」
面白くなさそうに死王は結界を見つめる。
覇王が張った結界は……確かに強力だ。
これは自分でも破れない。
時々、結界のあちこちが光ったり、鈍いドンッ!という爆発音が小さく聞こえるから…中の二人が戦っているのは間違いないようだ。
死王はその場で一番高い木まで飛ぶと、枝に腰掛け、結界を見つめたまま呟いた。
「酷いよハオ君。僕を入れてくれないどころか……遊んでる姿も見せてくれないなんて。……ケチ」
それから、数日たっても、ひと月が過ぎても、結界が解かれる事はなかった。
最初の頃は、魔族や人間達も万単位で周りの山々や上空から結界を監視していた。
いつ結界が解けるのか、どちらが生きて出てくるのか、と。
しかし日が経つにつれ、監視する者は数百まで減り、その者達も一日から数日で別の者へ交代している。
ただ一人……死王を除いて。
死王はあの日からずっと、結界を見つめ続けていた。
あの日からずっと…覇王が出てくるのを待っていた。
そして誰にも聞こえない、聞こえるはずもないのに……今日もまた死王は、結界の中にいる覇王に向けて呟く。
「ハオ君……早く出てきてよ。なに手間取ってるのさ。手加減しちゃダメって言ったじゃん」
「ハオ君、そんなに遊ぶの下手だった?弱くなってたら僕が困るんだけど。次に遊んだ時、うっかりハオ君殺しちゃうじゃん」
「ねぇハオ君。季節が変わっちゃったよ。そろそろ出てきてよ。あ、雨降ってきた」
「最近ね……時間が経つの遅いんだ。変だよね。ずっと長い間……一人で生きてきたのに……こんなの初めてだよ」
「ハオ君がいないと一日が……一分が……一秒が長いよ。………寂しいよ」
「……ハオ君……また遊びたいよ。………会いたいよ」
聞こえるはずもない言葉を、死王は毎日毎日……結界に…覇王に向けて呟き続けた。
そして結界が張られて、丁度100日経った日。
覇王と姫を閉じ込めていた結界が……ついに解け始めた。
初めに気づいたのは死王。
ピシピシと音を立てる結界に耳をすませながら、笑顔を浮かべて結界の上部へと飛んでいく。
「ハオ君っ!!やっと終わったんだね!早く出てきて!早くまた遊ぼうよ!ハオ君!!」
はしゃぎながら結界が全て解かれるのを上空で待つ死王。
しかし結界の力が薄れ、中の様子が徐々に見えてくると…死王の顔から笑みが消える。
まだ結界は少し残っていたが、構わず死王はそこへ突っ込む。
多少の抵抗はあったが、死王は強力で誰にも破れないはずの結界を破り、中へと突入出来た。
何故なら……この結界は既に弱っていたから。
この結界を張った張本人が……地面に横たわっていたからだ。
覇王の傍には……ボロボロの姿で呆然と立ちすくんでいる女がいたが……死王はわざとその女を突き飛ばし、覇王を抱き上げた。
「ハオ君っ!!?」
呼ばれた覇王はピクリと手を動かすと、ゆっくりと目を開ける。
そして今にも泣きそうな死王を瞳に映すと、もはや生気のない顔で微笑む。
「…………わり……も……遊べ…な」
「何言ってんの!そんなの許さない!許さないからね!!」
必死の形相で怒鳴る死王に、もう覇王は微笑む事しか出来ない。
そして覇王の視線は、死王から少し離れた場所に座り込む女へと向けられる。
ただ呆然と……覇王を見つめている女…姫に。
「…………あぃ……り…」
「……っ、…優貴っ!」
「……ごめ…な…」
それだけ告げると、覇王はそのまま死王の腕の中で息絶えた。
死王は覇王の亡骸を、姫から見えぬように抱きしめる。
「ハオ君?……嫌だよ……ハオ君。………ハオ君…」
悲しげに呟く声は……今までと同じく、覇王に届くことはなかった。




