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6.

 森の中に差し込む日差しが、少しずつ弱くなっていく。



 異界と現界の日暮れが同じだとすれば、そろそろ二時間近く歩き続けたことになるだろうか。

 足下がそろそろ怪しくなりはじめたころ、レンは険しい表情で足を止めた。


 剣に手を添え、目を伏せる。しばし後、彼の左のてのひらが輝きを宿した。

 おお、と、ケネスが賞賛の声をあげる。

 それには頓着せず、彼は来た道を振り返った。そして、左右の木立を確認する。


「……どうしたの?」

「元の位置のようだ」


 緊張を滲ませたケネスの声に、レンは現状について簡潔に答えた。そして、傍らの木の一本を示し、歩き出す前に印をつけていたのだという。

 怪訝そうな表情でケネスは示された木に顔を近づける。


「エーテル溜まりを作っておいた」


 肉眼では見えないとの言葉に、ああと納得した表情で頷く。そして、ケネスもまたあたりを見回した。


「って、僕が見てわかるものじゃあなさそうだけど」

「――全くわからないものなのか?」


 むしろ怪訝そうな口調で、レンは目印の木を撫でる。それに対し、ケネスはただ無言で肩をすくめる。

 そんな彼に、レンは腰の剣をはずして差し出した。持ってみるようにと促され、ケネスは鞘を掴む。


「柄の部分に手をおく、そうだ。吸った息をそのまま剣に流し込む」


 ケネスはちらりとレンを伺った。そして、なにやら言いたげな表情のまま目を閉じると、言われたとおりに大きく息を吸う。

 何回か深呼吸を繰り返すのを見守り、レンは何か見えたかと尋ねる。


「……だから僕は軍属候補じゃないって」


 言わずもがなの結果だといった表情で、ケネスは剣を返却する。そういうものなのかと、むしろ不思議そうに首をひねるさまに、再度肩をすくめる。


「うん。まあ、僕から見ると、さっきまであるいてた場所と何の違いがあるのかもわからないんだけど」


 少し待て、と。そう口にして、レンは元のように帯剣する。そして、やってみろといったのと同じ動作で、剣のつかにてのひらで触れる。

 ほんの少し残る違和感――ケネスがエーテルの流れを作り出そうとした残滓を押し流すかのように、いつもよりも強めに〈力〉を流し込む。

 ぼんやりとあたりの様子をとらえていた感覚器が冴える。近くの網が広がり、精度が増した。小動物めいた気配の個々の違いがわかるようになる。そして。


「――なるほど」


 界渡り直後にはいなかった気配が存在していることに気づく。何かわかったのかと尋ねてくる相手に、ゆっくりと頷いた。だが。


「どちらに向かうべきか」

「わかったんじゃないのかよ」

「近づくか遠ざかるかだ」


 木立の向こう、まるで地上の月のように白く輝く存在が二体。小動物、およびそれににた気配の密度も、それらを中心に跳ね回っているらしい。レンは眉を寄せた。二体の大きな気配が、不意に活発に動き出したためであった。仲間割れか、それとも遊んでいるのか。いや、異界の存在がすべてなかよしであると考えるのは、いささか偏見がすぎる。

 大きな気配の周りの小さな気配もまた、つられたみたいに跳ね回っていて、改めて広げた感覚器で見つめるにはまぶしすぎるほどだ。


 一度、遠ざかるべきか? レンはちらりとケネスを見る。

 何も見えていないと言っていた彼は、ただレンの緊張(ようす)に引きずられるかのように、身体を固くしている。


 瞬間、一体の小さな気配が騒ぎから飛び出した。


 レンは剣をはずした。そして、胸前で抜き放つと、鞘のほうをケネスの足下につきたてる。

 彼にエーテルの流れを見る目があれば、それを中心に、鮮やかな光が蜘蛛の巣のように広がるさまが見えただろう。光の糸は彼の足下に円形の文様を作り上げる。その後立ち上がったかと思うと、彼をドーム型に覆った。


「そこを動くな」


 そういいながら、レンは自らの剣に〈力〉を流し込んだ。

 今度は、ケネスの目にも、それがぼんやりと白く光るのが見える。


 それらが終わるか終わらぬうちに、球技で使うボール大の気配が飛び込んできた。

 動物や何かの姿を模すことのない、純粋なエーテルの瘤であった。



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