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4.


 息詰まるような沈黙があった。

 ぎりと奥歯を食いしばり、レンはかつて転送補助装置があった場所を睨んでいた。



 てのひらに爪が食い込む感触の強さに、ようやく力を抜く。現在の状況を確かめ、予想通りの惨状に顔をしかめた。

 いつものうさんくさい笑みすら取り落とし、呆然とケネスが地面にへたりこんでいる。


「こ……」


 レンはケネスにてのひらを差し出した。何のことかわからないと言った表情で、少年はそれを眺める。


「第三庭園門、第一沙漠門、第二宮殿門、どれも該当しない」


 ごくり、と。ケネスの喉が動いた。だが、震える唇は、言葉を生み出すことができなかった。

 彼はすがるような目でレンを見上げた。レンの眉間のしわがほんの少し深さを増す。


 界渡り、と。声には出さず、ケネスは唇の動きだけで問うた。それに対し、レンは頷くと、立てるかと促す。少年の顔から血の気が引いていく。

 彼をつるしあげるべき理由はいくらでもあった。だが、おそらくは本当に無知だったのだろう。そうあたりをつけて、いくらかの言葉を飲み込む。


 レンは自らの姿を確かめた。無理矢理の界渡りであったにもかかわらず、特に異常はない。

 試しに、剣の握りに手をかけ、軽く〈力〉を流し込んだ。

 新たな感覚器を得たかのように、あたりの生物の気配がきらめきとなって意識に流れ込んでくる。


 敵対する生物の気配はない。そこまで確認したところで、再度、ケネスを見下ろした。

 へたり込んでいた少年は、真っ青な顔で、自らを抱き震えている。


「か……界……な、なあ……該当しないってことは、帰り道は……」


 界渡りと声に出すことすら恐ろしいのだろうか。軍属であれば日常茶飯だ。だが、そうでなければ。異界からの侵略の歴史やおひれのついたうわさばなしから、ただひたすらに恐ろしい場所だという認識しかもっていなくとも不思議はない。


 レンは首を横にふる。ひっ、と、のどの奥に引っかかったような悲鳴が上がった。だが、大きな声はまずいとおもったのか、ケネスは自らの両手で口をおさえる。


「か、帰れない? って、ことか」


 そろそろと両手をおろし、ささやき声でそう尋ねてくる。


「いや」


 軍属以外の人間が持つであろう知識をはかりながら、ゆっくりとレンは口を開いた。


「この場からすぐに帰ることができないというだけだ」


 ケネスは表情を歪ませ、口を開こうとした。だが、すぐに目をそらし、小さく謝罪を口にする。


「どうした?」

「……僕が、その――小屋に入れてもらったりしなければ」


 こんな目には遭わなかった、と。皆までは語らず、再度ケネスは頭を下げる。

 ああ、と、レンは頷いた。


「確かにそうだ。だが、私が嫌われていなければ、そもそも巻き込まれなかったという考え方もある」

「え……」


 どちらに対しても他人事のような口調に、ケネスは思わずまじまじとレンの顔を見た。

 磨き抜かれた黒曜石を思わせる瞳は、強い意志をのせてじっとケネスを見つめている。


「嫌われ、って……」


 自らを評して言うには、あまりな言葉ではないだろうか。

 苦しそうでもなく、迷惑そうでもなく、ただ淡々とレンはその事実を口にした。ケネスをあしらうときの方が、まだ少しは感情がこもっているのではないかと思えるほどの他人事具合だ。


「言っておいた方がよかったかもしれない。自分では特に何かをしたつもりはないのだが、どうやら私を陥れて楽しもうとしている人間がいくらかいるらしい」


 まさかこれほどのことをしでかすとは思っていなかったが、考えが甘かったか、と。そう言って、レンは眉を寄せる。


「友人だと見なされたのだろう。まきこんでしまい、こちらこそすまなかった」


 ケネスは、幾度もまばたきをし、まじまじとレンの顔を見た。そして、口を開きかけた後、結局は何も言わずに頭をふる。


「――迷惑な嫌がらせではあるが、さすがに見ず知らずの人間を命の危機にさらすようなことをするほど、彼らも倫理的に狂っているわけではないはずだ」

「え……」


 恐怖からくる恐慌がある程度おさまったと見て取り、レンはゆっくりとそう口にした。その言葉に、いよいよわからないと言った表情でケネスは眉を寄せる。


「いまから説明する。だがその前に、立てるかどうか、足をひねったりしていないか、教えてくれないか?」


 その言葉に、今度こそケネスは立ち上がると、ぱたぱたと自らの身体の具合を確認し始めた。



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