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3.

「お帰りなさいませ、ご主人様。ごはんにする? お風呂にする? それとも、ワ・タ・シ?」

 心地よい疲れは、一瞬にしてずっしりと全身を包む徒労感へととってかわった。



 軽く第三庭園門を流し、ごく安全に現世へと帰り来たところ、満面の笑みとともにそんな言葉で出迎えられたのだ。


 全裸やピンクのエプロンでないだけマシというべきか。

 おたまをもっていなかったのは僥倖と言うべきか。


 レンの表情筋は、本人の常日頃の節制を蹴飛ばすかのように、いつもにもまして大きく動くこととなった。


「まあまあ、そんな顔せずに。お疲れさん」


 深く刻まれた眉間のしわと、深いため息。

 それを気にする様子もなく、ケネス・クラフトは差し入れだと言って水筒を差し出した。


 びっしりと結露の水滴で覆われたそれは、軽い運動の帰りには比較的相応しい差し入れだろう。

 少なくとも、花束と役者みたいな言葉に比べれば、圧倒的にもらって嬉しいものの部類に入る。




 ――だが、なぜ彼がここにいる?




 ここまできて、ようやくレンはそのことに気づいた。


 ここは界渡りのための小屋だ。

 軍属もしくは候補が持つ鍵を持たなければ、入ることのできない場所のはずだ。


 もちろん、教官用のマスターキーをはじめとした例外は存在する。だが。その例外に一般の学生と結びつくものはない。


 残念ながら、その疑問をおぼえるには遅すぎた。




「軍属候補ではないのではなかったのか?」




 おぼえてもなお、まさかと思っていた。

 レンは小屋の中を見回した。視界の隅に、不思議そうに首を傾げてから、ケネスは頷くのが見えた。

 明らかに疲れていた。明らかに油断しすぎていた。


 転送補助装置のそばに、同じ初等部の制服を着た少年たちがいた。

 ケネスのパフォーマンスがなければ、すぐに気づいただろう。



 そちらに向け、彼は床を蹴った。だが、遅い。



 ぶん、と、何千匹もの虫が羽ばたいているみたいな音が響く。

 今回はその中に、何かをひっかくみたいな不協和音が混ざっていた。


 やられた、と。

 臍をかみつつも、せめて顔なりを確かめておこうと、レンはそのまま装置そばの少年へと迫ろうとする。だが。



 色彩が流れた。水に絵の具を流し込んだみたいな滑らかにではない。がくがくと揺れながら、すべての色が混ざり合っていく。


 おそらくは、鍵を持たぬ異物――ケネスがいるためだろう。


 小屋の壁の茶色。方陣の黒と白、石の床の様々な色。

 初等部制服の紺色に、ケネスのブロンド、レンの黒髪。

 それらが流れ、混ざりあっていく。


 まるで、泣きわめくみたいな雑音と、嵐の小舟の中にいるみたいな上下運動が重なった。




 万華鏡の中でめちゃくちゃに振り回されているみたいな時間を経て、彼ら、レン・ハスターとケネス・クラフトは、異界へとたどりついた。




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