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エピローグ

「きたことある?」

「いや」


 明るい午後の日差しの差し込む喫茶室で、レン・ハスターとケネス・クラフトは向かい合っていた。


 セルフサービスで飲み物や軽食をとることのできる喫茶室は、敷地内にいくつか存在し、いつも学生たちで賑わっている。彼らがいるのは、西翼食堂に併設されたそれであった。


 互いに、選んだ飲み物に口を付け、一息ついたところでレンは口を開いた。


「おそらく、お互いにわからないことはある――いや、私の方が多いと思っている。まずは、その疑問について確認したい」


 まるで討論会の司会でもするかのような口調に、ケネスは目を細める。そして、奇妙な声で笑った。


「……」

「いや、久しぶりに聞くなーと思って」


 何が言いたいのかと目を細める様子に、彼はまるで飽食した猫のような表情でそう言った。しばしその姿を眺めていたが、らちもないと結論させたのだろうか。レンはひとつため息をつき言葉を継いだ。


「私からの疑問は、大きく二つ。どういう根拠理由で、異界での動作を選んだか。もう一つは、私たちを異界に送り込んだ不心得ものの名前、いや姿形についてだ」


 真面目な表情で、ケネスはレンの言葉を聞いていた。そして、内容に対し頷くと、順当なところだと口にする。


「そちらからは何かあるか?」

「うーん、そうねぇ。結局どうやってっていうか、どうして現界(こっち)に帰ってきたかとか。あの後どうだったのとか、お咎めはなかったかとか。ていうか、こっちはなんか入院検査で起きられるようになったら放り出されたってそんな感じで。まあ、部外者ってことかなーと」


 色々とあるようなないような、と。そう言いながら、ケネスは眉を寄せる。


「ああ。もちろんわきまえてはいるから、話せないなら話せないことがあるのは理解する」


 その言葉に直接は答えず、レンは彼の最初の疑問に対する答えを口にした。


「帰ってきた理由は、条件を満たしたからだ」

「って、え? 僕が最後におぼえてるのって、その、剣が砕けた音なんだけど」


 命に関わる怪我を向こうでおったからではないのか、と。そんなもっともなケネスの疑問に対し、レンはゆっくりと首を横にふった。


「器が――エーテルの流れに手を出す場合に助けとなるものが、何の調整もなく二つに増えた。その状態で、より弱い方が砕けた。それが、私の持っていた剣が砕けた理由だろう」


 そう言って、レンは自らが身につけている剣を見下ろす。ケネスもまた、つられたようにそちらを見た。


「現状、これはただの木刀みたいなものだ。軍属候補であることの目印、剣技の時間に必要であるといっただけの理由で身につけている」

「――なるほど」


 異界での彼が剣を操るさま、および、自らにやってみろといわれた行為を思い出しながら、ケネスは頷いた。


「そして、それこそが、私たちが条件を満たし帰還したという根拠の一つでもある」


 そう言ってレンは右手をテーブルの上においた。


 ほんの少しの指の動きに同調し、てのひらの上で陽炎のごとき何かが動いたように見える。

 ケネスは眉を寄せ、目をこすった。レンの口の端が軽くあがる。ぎゅっとてのひらを握って、再度開いてみせる。ゆらめく陽炎は消えていた。


「私は、その条件に適合した指示を行った根拠を聞きたいと思っている」

「え? あ、ああ」


 首を傾げていたケネスは、レンの言葉に我にかえり、頷いた。そして、何かの陣を発動させたのかと尋ねるのに対し、首を横にふる。


「えーっと。その、書いてあった物語をなぞった、って、そういうこと」


 おぼつかないケネスの言葉に、レンは眉を寄せる。表情の変化に対し、ケネスはそう睨まれても困ると両手を振った。


「使用人、かな。が、こう、何か薬を間違えた――らしい。それで、色々騒ぎが怒って、その顛末を憂いた主人が解決に乗り出して、で、最終的には薬の効果を打ち消して、ついでに色々収まってめでたしめでたし――ってそういう感じの物語が書かれてた」


 難しい表情をしているレンを見、ケネスは苦笑する。


「月下に君を乞うる抄の通りにって言ってたでしょ。何か飛び出してきて、追い払った後? から、露骨に様子がおかしくなってたし。あのでっかいのって、どうみてもこう、光の玉の親玉? で、二体大きいのがいてとか、あと異界って言葉も出てきてた。いきなり、景色変わったよね? まさか帰れるとまでは思ってなかったけど、少なくともおかしいのを戻すには、あの光の玉のやることを受け入れるしかないんじゃないかと」


 徐々にケネスの言葉が小さくなっていく。

 改めて口にすると、いかに無謀な行いであったことか。いいわけめいた早口で語り終えた後、しばらくの沈黙の後、ケネスは小さく謝罪の言葉を口にした。


「……勝てば官軍ということか」


 そうつぶやいて、レンは深くため息をつく。


「おそらく、そのおかしくなっているという様子がなければ、私は君の言葉に従わなかっただろう」

「……ああ。だよね」


 しばし彼の言葉を吟味した後、ケネスは深く頷く。あの時は、何よりも強制力のある命令だった、と。そう呟き、レンは自らの飲み物に口をつける。

 粗相をやらかした犬みたいな表情で、ケネスはレンを伺っている。そして、もしかしたらと口を開いた。


「もしかすると、だけど。――完全じゃないのかもしれない」

「完全?」


 首を傾げるレンに対し、ケネスは頷いてみせる。そして、自らのグラスの縁に指を走らせた。


「こう、どこまで物語に沿うべきかはわからないんだけど」


 そこまで言って言葉を切ると、彼は眉を寄せる。


「正直、あの状況だったんで読み切れてはいないんだけど。単純に、登場人物が足りない。あと、多分、前後まだ話続いてるはず。――ただまあ、その門がもつ物語をどこまでなぞるのかなんて話はあるんだけどねー」


 そのへんは、軍属にならないとわからないのかもしれないけど、と。そう言って、ケネスは頭の上でてのひらを組む。


 レンは、自らのてのひらを見下ろした。異界で力を得、現界への帰還の切符を得る。確かに、帰還後の自分たちの様子は、正しく帰還した場合とは違っていた。それは、満たすべき条件に不足があったからだというのだろうか。だとすれば。


 小屋での情動――まるで、初めて彼を見たかのような名状しがたき感情。そして、その後、姿を見ることのなくなった彼を捜したこと。

 それもまた、条件を満たしていないが故の、彼曰く間違った薬の後遺症なのか。


 そこまでいったところで、レンは軽く頭をふり、自らの考えを追い払った。

 その後、教官たちによって自らは調べられ、異常なしと結論されたのだ。

 異界についてわからないことは多い。だが少なくとも、現界に害をなすものは持ち帰っていないはずだ。


「僕としては、単純に物語の全容も気になりますが」

「――あの場所は、第八森林門と呼ばれるようになった」


 遠回しすぎるレンの言葉に、ケネスは首を傾げた。


「つまり、その物語を知るのは君しかいないはずだ。少なくとも、私たちが調査を開始してからという条件付きで、あそこは未踏の地だ」


 うわあ、と。ケネスは声にだした。喜んでいるのか、嫌がっているのか。恐怖か感嘆か。そのどれとも言い切れぬ感情は、そう発露するしかなかった。


「続きが気になるか?」

「……まあ」


 曖昧ながらも、おさえきれぬ望みを含んだ応えに、レンの口元が微かにゆるむ。

 だが、彼はそれ以上言及することなく次の話題へと移った。彼らがそこへと至る元凶となった人物についてだった。


 考えながらケネスが口にした内容は、以下の通りだった。

 二人組、軍属。ただしそれは、帯剣していたからというだけの根拠。学年はわからず。片方は赤毛で片方は黒髪。

 軍属の学生は、学年があがるごとに減るとはいえ、初等部一年であれば三百人近くいる。

 大陸各地からやってきた彼らなのだから、髪や目の色もよほどのことがなければ特徴とはならない。

 手がかりになるともならないとも言えぬ曖昧な情報だった。


 口にする側もそれはわかっているのだろう。そこまで言及したところで、苦笑を浮かべた。


「我ながら不用心」

「同期に対しひどく警戒する理由もないだろう」


 相変わらずと言えば相変わらずのレンの言葉に、行動を肯定されたはずのケネスは肩をすくめる。


「ええと、あとは――ああ、そういえば後ろにいてあんまり見てなかったけど、黒髪の方はわりと肌が黒かった、気がする」


 これ以上は特に覚えてない、と。そういって、ケネスは息を吐いた。


「もう一度見ればわかると思うか?」

「うーん……どうだろ。全く同じ格好ならともかく、難しいかなぁ。それこそ、メガネでもかけられたら多分無理。そんな長いこと話してたわけじゃないし」


 もっともなケネスの言葉に、レンは大きく頷いた。そして、情報に対し感謝の言葉を述べる。


「ていうか、僕が元凶だけどねー。……で、見つけてどうするの?」

「相手次第だ」


 ことによっては、軍属候補の立場を破棄させるようもっていく必要があるかもしれない、と。そう言って、レンは眉を寄せる。その様に、ケネスは曖昧な言葉をかけようとして、首を横にふった。


「どうした」

「いや、お手柔らかにと言おうかと思ったんだけど。一応、命に関わる系一歩手前なわけで。でも、ご存分にとも言えず、見つかるといいなというほど他人事じゃない」


 どうしよう、と。どうにも答えのない迷いを口にし、レンを見る。しばしの沈黙の後、彼は何とも言えぬ答えを返す。


「……好きにすればいい」

「ああうん」


 ですよねー、と。そう言って、ほんの一滴程度しか残っていない自らのグラスを、未練がましくのぞきこむ。


「うん、つるし上げる時には呼んで。相手間違ったらことだし。講義予定渡しとく? まあ、僕も今まで通り会いに行くけど」

「ああ」


 頷いて、動きを止める。今まで通り。……今まで通り。レンはその言葉を心の中で繰り返す。そして、目の前でメモを用意している相手を見た。


「五日ごとに第二図書館で司書をやってる。その日は、そのまま放課後用があるから……何?」

「いや。……そういえば、第八森林門に行って以来、顔を見てなかったなと」


 差し出されたメモに反射的に手を伸ばしながら、彼はぎこちなく言葉を選んだ。それに対し、不思議そうにケネスは首を傾げる。


「だから探しに来たんでしょ?」

「それはそうだが。いや、そうでなく」


 彼が、自らに会いに来ていた理由は何であったか。自分は、第八森林門に行く前、彼のことをどう思っていたか。

 「今まで通り」という言葉が、いくつかの記憶を引き出してくる。

 今更と言えば今更の話であった。


「寂しかった?」

「……」


 もしかして望みがあるのかとはしゃぐ態度に、レンの眉間に深いしわが刻まれる。まさか、と。口が動く。今まで通りとはまさか。


 にっ、と、ケネスは口の端をひきあげた。


「いやー、久しぶりに見るとやっぱいい身体してるなーって、ほれぼれしちゃった」


 だから、と。いつものやくたいもない言葉が出てくる前に、急いでレンは口を開いた。


「私にむやみに近づこうとすると、軍属の力と立場に自覚のない輩に標的にされることがある。ちょっとした嫌がらせ程度だろうと放置していたが、それではすまないらしい」


 ああ、妹にも伝えるべきか、と。彼にしてはひどく白々しい言葉を、ケネスは奇妙な笑い声とともに一蹴した。


「市井の民は守るべき相手なんでしょ?」

「――」


 無言でレンは頷く。にんまりとケネスは笑う。


「それはそれ、これはこれ。ねえ、今からでもいいけど、その美味しそうな尻、味見させてくれる気ない? あ、巻き込んだ迷惑料とかそういうのでどうだろ」


 返ってきた。異界では遠ざかっていたそれが、返ってきてしまった。カチャリ、と、レンの手元で剣が鳴る。


「え、ちょっとそれダミーだって言ってたよね?」

「剣技の演習はこれだ」

「僕、体育会系じゃないから」

「――そうだ。軍属候補になる気はないか。続きが気になるのだろう? それに軍属候補同士であれば事故ですむ」

「待って。前半はいいけど、最後怖すぎる!」


 また会いに行くよ。そう言って笑う彼の言葉に、レンはほんの一瞬言葉を失った。通行人の噂話や、呼び込みの声ではない。確かにそれは自らに向けられた、知人の言葉だ。


 異界に行く前とは少し色を変えたそれを拒否しながら、レンはケネスの差し出しているメモを受け取る。そして、ポケットへと丁寧にしまいこんだ。


fin.

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

つづき、もしくは自給自足の二次創作など投下した折には、もしよろしければご笑覧ください。

ご意見ご感想不具合などありましたら、お伝えいただければ幸いです。

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