13.
最初からこうすればよかったのだ。
光の玉に切りかかりながら、レンはそう考えていた。
本来の長さの二倍ほどもの尾を引く剣が、何の手応えもなくそれが位置する場所を移動する。手触りや何かは、彼の動作が何一つそれに影響を与えていないかのように感じさせる。
だが、実際のところは、着実に確実に、彼の剣は、目の前の存在を存在たらしめているエーテルの流れを乱している。
背後では、ケネスが眉を寄せ石柱に現れたという文字を追っている。声に出して一文字一文字読み上げ、首を傾げるさまは、まるで小さな子供が絵本を相手にしているかのようで、とても愛らしい。
この分なら、彼がそれを解読するよりも、自らが敵を屠るほうが先だろう。そのほうがいい。そうして、その後ゆっくり、彼は思いのままにここを探索すればいいのだ。それを、自分が守る。すばらしい姿ではないか。
レンの表情は明るかった。口元に笑みをはき、相手の出方を気にする素振りさえ見せずに、目の前の光の玉へと踏み出す。ちりと表皮がやけどをおったみたいな痛みがあった。だが、そのまま気にせず、内部へと踏み込む。
半分無意識の動作で、自らの周りでうずをまくエーテルの流れを整える。本来ならば、まぶしすぎる光の玉として知覚されるエーテルの瘤だ。だが、その作業により、視覚に対する影響がほぼなくなる。
視覚でとらえられなくなったとしても、エーテルの瘤を見失うことはない。レンの口元の笑みが深くなる。そう、このまま。このまま内部から吹き飛ばしてしまえば、これを存在させている流れは霧散する。
エーテルを操るための腕とも杖ともつかぬ存在であるところの剣に精神を集中する。刃、握り、腕と脈打つ自らが司る流れを意識し、大きくしていく。刃はただの通り道だ。流れをせき止めつつも、新たなる力を流し込んでいく。
臨界まであと少しとなったそのとき、レンの耳朶をまるでむち打つかのように声が響いた。
「抵抗するな、レン・ハスター!」
その声は、何よりもの強制力をもって、レンの動きを呪縛した。
ぎりぎりの線で整えられていたエーテルの流れが乱れる。刃から漏れ出していた、レンが司るエーテルの流れが揺れた。
我知らず、レンは苦鳴をあげていた。
無理に中身をおしこんだ水袋みたいに、全身が限界を訴える。
外へとあふれ出すはずだったエーテルの流れが、逆流し、存在しない出口を求め、内部で縦横無尽に暴れ回る。自らを守っていたそれすらもが、ほんの小さなほころびから破れ、その外にある強力すぎる流れ――巨大な光の玉の存在感をもっていたそれが内部のものを蹂躙する。
てのひらの中で何かがはじけた。レンが司っていた流れが、外部に蹂躙され姿をなくしたのはその瞬間だった。
「身を任せ、受け入れろ」
言葉の意味はわからなかった。ただ、自らの剣が砕けたことだけを知覚していた。
頭を覆う霧が晴れたかのようだった。
愛しい、抱きしめたい、守りたい、添い遂げたい。誰にも見せたくないほどに、愛している。
脳裏にあふれ、レンを呪縛していたその思いが、見事なまでに霧散する。代わりに溢れたのは、不注意な素人であるところのケネスに対する罵詈雑言だった。
わかっているのかここは異界なのだ、と。幼児の不注意ならば許容もできようが、貴様はかの白都総合技術研究科に籍をおいているのだろう! と。役立たずならば何故その自覚をもっておとなしくしていないのか、そもそもが規則と言うものとその理由を考えたことはあるのか!
おかしいと思う余裕はなかった。
ぎり、と。レンは歯を食いしばる。そして、自らを蹂躙しようとしている流れを、どうにかして御すため精神を集中する。
手を足を、頭を胴体を、まるで水の刃で切り裂かれているみたいだった。表皮がほんの一瞬たわんだかと思うと、するどいそれに為すすべもなく切られる。切り口から、清涼感のある何かが入り込み、内部へと浸透する。
悲鳴すら、消えた。すでに視界は光で満たされている。当然だ、光の玉の内部にいるのだから、うまくエーテルをあやつって防護していなければ、知覚はすべておかしくなる。
どこがとも言えぬ痛みが、全身を覆っている。人を人たらしめる当たり前の殻すらも許さぬ蹂躙。鈍器で殴られたみたいなショックがあり、レンは自らが膝をついたであろうことをしった。わからないのは、どこが上でどこが下かだった。
ぐるぐると、ただぐるぐると。自らというよりどころすら否定され、彼の意識は闇に沈む。愛しさも怒りも苛立ちも、すべて消えた。




