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11.



 最初に感じたのは、水の冷たさだった。

 ケネスの両足は、いつの間にか水の中にあった。ただの地面であったはずの場所が、澄んだ泉に変化している。


 手をついた地面もまた変化していた。

 先ほどまでの地面であれば、草葉かとがった石でてのひらを傷つけていただろう。だが今は、より柔らかい草がまるで絨毯のようにあたりを覆っている。


「何だ、これ――っ!」


 顔を上げた瞬間、彼は驚きに目を見張った。


 石柱が立っている。そして、その向こうに、自らの身長と同じくらいの直径を持つ光が揺れていた。


 風が吹いた。気がつくと、レンが自らをかばうようにして立っていた。彼が小さく口を動かすと、彼を中心に白い光の糸が無数吐き出される。それは、ためらいなく延びて、ケネスを包みこんだ。


 まぶしいほどに、彼の剣が光を発している。


「うご、けるの?」


 視界を邪魔することのない、不思議な繭のなかから、そう尋ねた。彼はただ小さく頷いた。そして、ゆだんなく剣を構えたまま、左右を伺っている。


 あたりはまるで、カーニバルの夜みたいだった。目の前には巨大な光の玉。その周りを飛び回る、子供たちが遊びに使うボールのようなそれ。様々な色合いの光が、飛び回り、明滅し、石柱で描かれた円の外を動き回っていた。


「入って、これない――のか?」


 光の玉たちはレンとケネスを知覚しているのだろうか。無秩序に動き回るさまからは、どちらともわからなかった。


 レンはただまっすぐに剣を構え、正面の光の玉を睨みつけている。


 不意にケネスは気づいた。先ほど、祭壇だろうと考えていた石がなくなっている。あたりを見回した。そして、理由を知る。


「……うそ、だろう……?」


 むしろ、空気にとけてしまったというほうがまだ納得できた気がする。

 先ほどまで地面に横たわっていたはずの石は、場所を変えていた。二本の柱の上にのり、絶妙なバランスを保っていたのだ。


 おそらくは、これが正しい姿なのだ。彼らがなにを考えているのか、考えるだけの知性を持つのかはわからない。

 ただ。地からわいたか、天から降ったか、それとも彼らが作ったのか。

 泉を囲む巨大な石柱は、彼らが集う場所の象徴なのだろう。そして、その中心部に傍若無人に足をつっこむ、レンとケネスは、聖なるモノを踏みにじる蛮族――。


 そこまで考えたところで、あわててケネスは立ち上がった。そして、泉からあがり、草原へと移動する。


「動くな」

「だって!」


 厳しい誰何の声に、初めて反抗する。そして、おそらくはこの場で一番偉いのだろうと考えた光の玉に向かい、大慌てで語りかけた。


「ええと、ごめんなさい。僕たちはここを踏みにじったりするつもりなんかなくて、というか、さっきまではこうじゃなかったから! あれ、いつ移動……っていうか、その、荒らすつもりなんかないし、ええとすぐ出ていけっていうなら従いますから、その!」


 襲いかからないでほしいと、賢明に手をふりまわし訴える。

 だが、その言葉を聞くものはいなかった。何より、この場でケネスを守る守り手であるところのレンが聞いていなかった。


「ってー! 言ってるだろ!」


 ほんの少し切っ先を下げたかと思うと、安定した足取りで泉をまっすぐに抜ける。水に足を取られることなど気にしてもいない様子だった。


 実際、彼の体は薄い光の皮膜で覆われている。おそらくはそれが、彼の周りのエーテルの流れを調整し、もともと優れている運動能力をさらに高めているのだ。


 レンは目を細める。なにもない空間――柱と柱の間に、切りつける。雷でも落ちたみたいな音があった。ケネスは思わず耳と目をふさいだ。


 巨大な光の玉が大きく明滅する。好き勝手に飛び回っているように見えた小さな光の玉たちが動きを止めた。そして、まるで互いを伺うみたいに身を寄せあう。


 剣が振り抜かれた。ばん、と、大気が揺れる。巨大な玉が、ひときわ大きく光った。そして、相談しあっているように見えた光の玉たちのなかの一部が、レンに向かって襲いかかる。


 斜め上から下へ。剣が振られる。光の糸が後を追う。レンは、剣を持っていない方の手で、何かをすくい上げるような動作をした。光の糸はそれに従い、ふわりとまるでベールのように持ち上がる。


 そうしながら、彼は剣で最初の光の玉を受けた。蒸気にきりつけたみたいに、何の抵抗も見せずにそれは彼の剣を通り過ぎる。消滅したり、分裂したりすることはない。だが、それは微かに軌道を変え、彼に触れることなく頭上を通り過ぎた。


 そうこうしているうちに、先ほど作り上げた光のベールが、彼の頭上からひらりと落ちてくる。髪に触れるやいなや、力を持ち、ぱんと風船が膨れるみたいに彼の周りをかこんだ。


 次々に、光の玉が彼に向かう。だが、すべては、ベールの表面を滑り、明後日の方角へと向かうだけだ。


 やがて。彼らは気づく。獲物がレンだけではないことに。


 現実感のない戦いを前に、それはただ呆然とたたずんでいた。レンに触れることあたわず、中空を漂っていた光の玉が、ぴたりと動きを止める。


「――!」


 びくりとケネスの肩がふるえた。衆人環境の中、今まで無関心にまわりを行き来していた通行人たちが、突然彼をみつめたかのようだった。


「あ……」


 震える足で、彼は後ずさる。すぐにつかえた。てのひらでなぞる。なにがあるのかわからない。いや、なにもないはずなのに。


 じり、と、しびれるような不快感が指先から伝わった。これが多分、さきほどレンが切り裂いた何かだろう。そう、理解する。理解して、背後に視線を向ける。


 瞬間、彼は盛大に悲鳴をあげていた。


 先ほどまではいなかったはずだった。大きな光の玉が、ほんのてのひらほどの距離もない場所に佇んでいる。


 レンが泉を囲んでいた何かの一部を破壊したのはもしかして間違っていたのか。いや、彼らがそこを抜けることができないという予測すら、そもそも間違っていたのか。ケネスは目を閉じ、頭を抱えてしゃがみこんだ。他にできることなど思いつかなかった。


 雷に打たれたみたいな衝撃か、それとも肌を焼く焔か、はたまた凍り付く冷気か押しつぶされる圧力か。いかなる作用がくるのだろうか。

 いや、どれが来たとて同じだ。彼に身を守るすべはなかった。


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