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10.



 手を離せば、不快感から守る効果は消えるのではないかと、ケネスは考えていた。

 だが、実際のところはそんなことは起こらなかった。


 四歩目で、大きな白い岩に到達する。思わずケネスは声をあげた。即背後で響く剣を抜く音に対し、違う大丈夫と声をかける。


 草花のかげにあり、なおかつ苔むしてもいたため気づかなかったが、それは人工物らしき気配を持っていた。

 少しはなれた場所から見えていたのが一つ。その脇に、草花に隠れるような高さで、もう一つ倒れている。そう、倒れているのだ。


 大の男の腕で一抱えもありそうな円柱の残骸。それが、遠くから見えていた白い岩の正体だった。

 きれいな円ではない。だがあきらかに、側面は磨かれた滑らかさをもっていて、断面は砕けた石の様相を示している。


「人工物だ」


 多分、と。そう言って、ケネスはしゃがみこんだ。そして、そっと石柱へと手を伸ばす。

 途中で折れているとはいえ、折れてからずいぶんと年月が経っているのだろう。辛抱強い草花が芽吹き、断面は風雨でならされたらしい穏やかさをもっている。


 傍らに倒れている方へと目を移す。この二つをあわせれば、ケネスの背の高さを超えるだろうか。さらに、あることに気づき、彼は息をのんだ。

 この石柱は、石を組み合わせて作ったものではない。この大きさ以上の石をもってして、削りだしたものであった。


 誰が、どうやって。何のためにということを省いたとしても、わからないことが多すぎた。


 彼らが来た道に、人の――いや、生物の気配は何一つなかった。レンにしか知覚できなかったエーテルの塊とやらがいただけだ。レンはそれと相対していたが、ケネスは触れることもできなかった。そんな幽霊みたいな存在が、こんな巨大な石を動かし、細工できるものだろうか?


「――っと、石柱が折れてる。ええと、何か刻まれていたりは……」


 背後からの再度の問いに、ケネスはあわてて石柱を調べ始めた。

 指先を伸ばし、触れる直前で引く。異界でなくとも、遺跡とは不用意に触れるべきものではない。

 銀色の光は、じっくりと調べるには頼りなさすぎる。だがそれでも、できる限り顔を近づけ、あたりを見下ろしながら、ゆっくりと彼は石柱の周りを巡った。


 折れたとおぼしき断面はともかくとして、側面も磨かれたのだろうということしかわからない。文字や模様はなかった。もっとも、滑らかな側面は、風雨の跡を残している。刻み込まれていたというのでなければ、かつて何か描かれていたとしても、この頼りない明かりのもとでわかるとも思えなかった。


 調べ終えたところで、彼は身体を起こす。そして、他の石を求めてあたりを見回した。


「他のも見てくる」

「……気をつけて」


 一拍おいてから、応えがあった。できることなら許したくはない。口調に滲む苦渋に、わかっていると口にし、ケネスは次の柱へと向かった。


 少し離れた場所から見えた姿は三つだった。注意深く草葉の間を見下ろすと、どうやら柱は六本――いや、五本あったらしいことがわかる。地面に半ば埋もれるようにして、他の柱とよくにた石があった。それと他の根本を合計すれば、六本だが、それが立っていたとおぼしき場所がない。くぼみや何かもないし、他の石柱同士の距離を見ても、間にわりこませるにはバランスが悪いのだ。


 ぱっと見にわかるほどではないが、広場は片側が少し広くなっていた。そして、若干程度、そちらがわが高くなっている。そちらがわよりに、柱が円を描いて立っていたらしい。柱に円を描かせるために、少しそちらが広くなっていたのだとも考えられた。


 転がっている石は、祭壇か何かだったのだろうか? 一渡り見て回った後に、レンの元へと戻る。


「石の柱が、円を描いていた跡らしい。どういう技術か目的かはわからないけれど、こう、かなり巨大な自然石でもって、祭壇みたいなのが作られている、と思う」


 明らかに途中で折れたとおぼしき切り口、規則的に同様の石がおかれていること。人工物であるという根拠は、上記二つだった。


 この明かりのもとでは、詳しく調べることはできないが、どの柱にも何かが刻まれている跡はなかった。ちょうど砕けた場所がそうだったという可能性もあるが、現状では確認できるはずもない。

 ただの廃墟のように見える、と。ケネスの報告にレンは頷いた。そして、円柱がならんでいたであろう場所へと視線を向ける。


 レンの眉間のしわがふかくなった。ぐっと拳を握り、親の敵でも見るかのような表情で、そちらを睨みつける。

 しばし後、彼はためいきをつき、首を横にふった。


「廃墟かどうか、それだけでもわかれば」

「――なあ。異界人みたいのっているのか?」

「私は遭遇したことはない。先ほどのようなエーテルの瘤を感じ取ったことがあるだけだ。それも、人と呼ぶべき知性をもっているのかどうかはわからない」


「でも、これが祭壇とかだとしたらさ。ヒトガタかどうかはわかんないけど、何か知性をもった存在がいるってことじゃないか? 月下に君を乞うる抄があるのは、第三庭園門だっけ。訓練用に誰かが刻んでるんじゃないよね」

「月下に君を乞うる抄?」

「ええと、帰ってから説明する」


 ここにももしかして、と。ケネスは口中で呟き、レンと同様、円柱が並んでいたであろう跡地を見た。


「もう一回見てくる」


 今までとはどこか違った決意とでもいったものを秘めた口調に、レンはケネスに手を伸ばす。肩におかれた手に、自らのてのひらを重ね、ケネスは口元に笑みを浮かべてみせた。


「丸く並べられてるんなら、何か囲んでるんじゃないの。それに、一本だけ柱じゃなかったっぽい石も気になるし」


 さっきは、近くからじっと眺めただけだから、と。そう言って、ケネスはてのひらに力を込めた。そして、レンの手をはずそうとする。それに反するかのように、レンはてのひらに力が入る。だがすぐに、彼はケネスの促しに従い、手を離した。


「――私も行こう」

「近づけないんじゃないの?」


 険しい表情で、レンは大丈夫だと言った。そして、ケネスの腕をつかみ、一歩前へと進み出る。そちらを気にしながら、ケネスは横たわる石があった場所――祭壇の正面である可能性のある場所へと歩き出した。


 レンはまるで向かい風の中を行くかのような足取りでついてきた。パントマイムだとすれば、十分に大道芸で通じるだろう。ケネスにしてみれば、足下こそ頼りないものの、ごく普通の夜道だ。ただ、無理をしないようにというくらいしかできることはない。


「ええと、ここが多分正面。少し先に膝くらいの高さで大きい石がある――っ!」


 足元に気をつけるようにと改めて口にしてから、ケネスは石柱が囲むまんなかへと足を踏み出そうとした。それに対し頷くか頷かないうちに、ぐらりとレンが姿勢を崩す。


「――気をつけて」

「すまない」


 重い身体を全身を使って支える。身長は大差ない。だが、軍属候補として日々の鍛錬をかかさぬレンの身体は、明らかにケネスに比べ重い。共倒れにならないよう、ぐっと足に力を込めることで、かろうじて倒れずにすんだ。

 だが。すぐに、バランスを取り直すかと思いきや、再度、身を預けるかのような重さがくる。


 まるで母親を求める幼子のようにすがりつかれ、ケネスは首を傾げる。再度の謝罪に、一体どうしたのかと尋ねた。


「――君は平気なのか」

「ええと?」


 しがみつく腕に力がこもる。流されてしまいそうだ、と。苦しげに囁かれ、自らが感じている感覚との差異に戸惑う。


「なんていうか、僕は多少重いくらいなんだけど」

「……そうか」


 中心部に向かえるかと尋ねられ、ケネスは試してみると頷いた。


 ずるずると、自らよりも明らかに重い身体を引きずるようにして目的の場所へと向かう。エーテルの流れとやらとは別の問題で、足下がよろけた。明らかに筋力が足りていないのだ。ほんの小さな子供でも、おぼれているのを助けるのは案外に力が必要だ。ましてや、少年とはいえ十分以上に鍛えられた身体では。


 そのまま地面に倒れそうになるところ、レンがかろうじて柱に手をついた。とはいえ、勢いこそ殺されたものの、身体を支えるには至らない。ずるずるとケネスはレンにのしかかられたまま尻餅をつく。


 レンを待たせて、中心部の様子を見てくるべきか。それとも、このままずるずるといざってでも向かうべきか。


「どうしよう?」


 身動きがうまくとれないこと。敵の存在が全く関知できないこと、身を守れないこと。天秤にかけ、どちらを取るべきか。


 ケネスの問いに、レンはぎゅっと抱きしめることで応えた。


「――すまない」


 頼りない声に、ケネスは軽く彼の背を叩く。


「やっぱ無理っぽいよ。さっきよりは近いここで待ってて。って、待ってられるかな」


 そう言って、ぺたぺたと傍らの石柱を叩く。ひどく重そうに、レンは身体を起こす。そして、石柱に背を預け頷いた。

 そのさまにうなずき、ケネスは立ち上がる。そして、まずはと地面に横たわる石へと向かった。


 もう一度、見落としがないか確認した後、円の中心へと視線を向ける。我知らず、こくりと喉が鳴った。ふりかえり、へたり込んでいるレンに対し、軽く手を振る。そして、石をよけて真ん中へと足を進めた。


 最初の数歩はごく普通に進んだ。そういえば、この中に茸は生えていないのだな、と。そう考えた瞬間、ずるりと足が沈む。


「――!」


 沼地だったのか、いや水の気配はなかった、と。あわてて地面に手をつこうとする。


「ケネス・クラフト!」


 そちらをみようとしたところ、さらに足が沈んだ。うわ、と、思わず声を上げたとほぼ同時、景色が変化した。




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