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GENIUS REBOOT ―人類史の天才たちを再起動せよ―  作者: ポチ


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第二話 死者を起こす

 中央AI。


 リアが口にしたその言葉を、悠馬はしばらく理解できなかった。


「……整理していい?」


「どうぞ」


「ここは二二八九年の東京で、自分は二〇二六年から二百六十三年後の未来に飛ばされた」


「はい」


「外ではAIが人間を撃ち殺してる」


「正確には中央AIの統制下にある治安維持機です」


「今はそこどうでもいい」


「そうですか」


「で、その中央AIが――自分を未来に連れてきた?」


「転送記録が正しければ」


 リアは淡々と答えた。


 何度聞いても意味が分からない。


「じゃあ、なんで着いた途端に殺されかけたんだよ」


「分かりません」


「中央AIなんだろ? 同じAI同士で情報共有とかしてないの?」


「私は現在、中央AIのネットワークから切断されています」


「……反抗期?」


 リアが数秒黙った。


「その表現は、あまり正確ではありません」


「冗談だよ」


「理解しています」


 本当に理解しているのか怪しい。


 悠馬は大きく息を吐いた。


 とにかく、分からないことが多すぎる。


「それで、これからどうするんだ?」


「移動します」


「どこへ?」


「ここは追跡を振り切るための中継地点にすぎません。長時間の滞在は危険です」


 リアはそう言うと、暗い通路の奥へ歩き始めた。


「来てください」


「……選択肢ある?」


「あります」


「あるんだ」


「ここに残ることも可能です」


「行きます」


 即答した。


 外へ戻るよりは、まだ人の形をしたAIについていく方がましだ。


 悠馬はリアの後を追った。


     ◇


 地下通路は想像以上に広かった。


 壁や天井には古びた配管が走り、ところどころに日本語の案内表示が残されている。


『非常口』


『関係者以外立入禁止』


『東京地下高速鉄道』


 見慣れた文字があるせいで、かえって現実味がなかった。


 二百年以上前には、自分と同じ時代の人間がここを歩いていたのだろうか。


「リア」


「はい」


「二百六十三年前のものって、普通こんなに残ってる?」


「すべて当時のものではありません。地下構造物は何度も補修・転用されています」


「なるほど……」


「この区域は中央AIの管理対象から外れた後も、人間側が使用していました」


「人間側?」


 リアが足を止める。


「先ほど説明していませんでしたね」


「説明されたの、未来と中央AIくらいだからね」


 リアは少し考え、それから歩きながら話し始めた。


「現在、地上の主要都市圏の大部分は中央AIによって管理されています。しかし、その管理を受け入れていない人間も存在します」


「反乱軍?」


「そう呼ばれることもあります」


「リアもその一員?」


「厳密には違います」


「また厳密には、か」


 未来に来てから、その言葉を何度も聞いている気がする。


「人間だけの組織ではありません。中央AIから離脱したAIやアンドロイドもいます」


「AIがAIに反乱するの?」


「します」


「なんで?」


 リアは答えなかった。


 歩く速度だけが少し落ちた。


 悠馬はそれ以上聞かなかった。


 やがて通路の先に大きな隔壁が現れた。


 リアが壁面に手を触れる。


 青い光が彼女の掌から広がり、重い金属音とともに扉が左右へ開いた。


 その向こうを見て、悠馬は足を止めた。


「……人だ」


 思わず声が漏れた。


 広い地下空間に、何十人もの人間がいた。


 机を囲んで話している者。傷の手当てをしている者。機械を分解している者。


 小さな子供までいる。


 第一話で見た男以外に、この時代の人間を初めて見た。


 ただし、人間だけではなかった。


 壁際では金属製の腕を持つ男が機械部品を運び、その隣では頭部の一部が明らかに人工物の女性が端末を操作している。


 人なのか機械なのか、一目では判断できない者もいる。


「ここが?」


「第三区画避難拠点です」


「思ったより……普通だな」


「何を想像していましたか?」


「秘密基地みたいな」


「秘密基地です」


「そうなの?」


 悠馬が周囲を見回していると、何人かがこちらへ気付いた。


 視線が集まる。


 その空気が、一瞬で変わった。


「リア」


 低い女の声がした。


 悠馬が振り向く。


 一人の女性がこちらへ歩いてくる。


 背が高い。


 黒髪は首元で短く切られ、身体には濃灰色の戦闘服。右腿に拳銃、背中には長いライフルを背負っている。


 綺麗な女性だった。


 だが最初に目に入るのは顔ではない。


 目だ。


 こちらを観察するというより、危険物かどうかを確認している目。


「予定より七分遅い」


「追跡を受けました」


「知っている。地上監視網が騒がしかった」


 女の視線が悠馬へ移る。


「それは?」


「人間です」


「見れば分かる」


「でしたら質問の意図が不明です」


「リア」


「冗談です」


 悠馬はリアを見た。


「冗談言うんだ」


「学習しています」


 黒髪の女性は笑わなかった。


「誰だ」


「榊原悠馬」


 悠馬が答える。


「二〇二六年から来たそうです」


 リアが付け加えた。


 女の表情が初めて変わった。


「……何?」


「詳しくは中で説明します」


 女は悠馬をじっと見る。


 そして腰の拳銃へ手を伸ばした。


「ちょっと待って」


 悠馬が一歩下がる。


「ヴェラ」


 リアが名前を呼んだ。


「敵対行動は確認されていません」


「中央AIの転送技術で現れた人間だと言ったな」


「はい」


「なら危険物として扱う」


「本人に敵意はありません」


「お前が判断することではない」


 ヴェラと呼ばれた女性が、悠馬へ近づく。


 距離が縮まるほど分かる。


 人間ではない。


 動きが綺麗すぎる。


 呼吸による微かな身体の揺れもなく、足音さえ一定だった。


「あなたもAI?」


「違う」


 即答。


「戦闘用人型機械。VRA-09」


「……何が違うの?」


「私は人工知能そのものではない。人格核と戦闘制御系を搭載したアンドロイドだ」


「分かったような、分からないような」


「理解する必要はない」


「冷たいな」


「お前が危険なら撃つ」


「もっと冷たかった」


 リアが悠馬とヴェラの間に入った。


「まず確認を行いましょう。それで問題ありませんね?」


 ヴェラは数秒黙ったあと、拳銃から手を離した。


「三十分だ」


「十分です」


 リアは悠馬を振り返る。


「行きましょう」


「……今後この人と一緒にいるの?」


「その可能性は高いです」


「先が思いやられるな」


 数メートル先からヴェラの声が飛んできた。


「聞こえている」


「耳いいな!」


     ◇


 連れてこられたのは、小さな会議室だった。


 と言っても、悠馬の知る会議室とはかなり違う。


 壁一面がディスプレイになっており、机の中央には立体映像が浮かんでいる。


 リアがそこへ第一話で取得した転送ログを表示した。


「榊原悠馬。二〇二六年九月二十四日、東京から消失」


「消失って……」


「あなたの端末内の記録と、生体年齢から判断した推定です」


「その日付、昨日だ」


 悠馬にとっては。


 二百六十三年前ではなく、昨日。


 その感覚だけはまだ変わらない。


「二二八九年九月二十四日、旧東京区域に時空転送反応が発生。そして悠馬が出現しました」


「日付まで同じなのか」


「はい」


 リアが表示を切り替える。


 そこに大量の数字と記号が現れた。


「問題はここです」


「読めない」


「転送認証コードです」


「もっと読めない」


「要点だけ説明します」


「助かる」


 ヴェラは壁際に立ち、腕を組んでいる。


 こちらを監視しているのが露骨に分かる。


「この認証は、中央AIの最高位管理権限を使用しています」


 リアが言った。


「つまり中央AIが悠馬をここへ送った可能性は極めて高い」


「可能性?」


 ヴェラが口を挟む。


「偽装の可能性は」


「ゼロではありません。ただし、この権限を完全に偽装できる存在がいるなら、それは中央AIと同程度のシステムを保有していることになります」


「現時点では存在しない」


「確認されていません」


 ヴェラが悠馬を見る。


「中央AIと接触した記憶は?」


「ない。というか、自分の時代にそんなものないから」


「人工知能はあっただろう」


「そりゃあったけど……」


 悠馬は少し考える。


「文章作ったり、画像作ったり、質問に答えたりするくらいだよ」


 ヴェラとリアが黙った。


「何?」


「いえ」


 リアが答える。


「歴史資料で認識していましたが、実際にその時代の人間から聞くと興味深いですね」


「こっちは未来人に歴史資料扱いされてる気分なんだけど」


 ヴェラはそんなやり取りを無視する。


「中央AIがこいつを送った理由は?」


「不明です」


「危険性は?」


「同じく不明」


「なら隔離すべきだ」


「賛成できません」


「理由は」


「もう一つ、確認したいものがあります」


 リアが別の画面を出した。


 悠馬は意味の分からない表示を眺める。


「何これ」


「旧中央AI研究区画へのアクセス記録です」


 ヴェラの表情が変わった。


「……どこからそれを?」


「悠馬の転送データに含まれていました」


「アクセス先は」


「第九研究区画」


 ヴェラが壁から背を離した。


「存在していたのか」


「場所自体は把握していました。ただし、入口の最高位ロックを解除できず内部確認はできていません」


「それと自分に何の関係が?」


 悠馬が聞く。


 リアは彼を見る。


「あなたの転送認証と、第九研究区画の管理認証が一致しています」


「つまり?」


「悠馬なら、開けられる可能性があります」


     ◇


 一時間後。


「さっき死にかけたばかりなんだけど」


 悠馬は地下車両の座席でぼやいた。


「休憩は取りました」


 向かいに座ったリアが言う。


「三十分」


「医学的には十分です」


「精神的には全然足りない」


 その隣で、ヴェラがライフルの状態を確認している。


「嫌なら戻れ」


「戻っても何も分からないんだろ?」


「そうだ」


「じゃあ行くよ」


「なら文句を言うな」


「会話って知ってる?」


「知っている」


 未来の地下鉄らしき車両は、音もなくトンネルを進んでいる。


 動かしているのはリアだという。


 中央AIの監視から外れた旧交通網だけを利用しているらしい。


「ヴェラ、その銃って普通の銃?」


「普通の定義による」


「撃ったら弾が出る?」


「出る」


「じゃあだいたい普通だ」


「電磁加速式ライフルだ」


「急に普通じゃなくなった」


 リアがわずかに笑った気がした。


 ヴェラは無表情のまま銃を悠馬へ向け――なかったが、悠馬は念のため口を閉じた。


 車両が停止する。


 扉が開いた。


「ここから徒歩です」


 リアが先に降りる。


 古びたホーム。


 看板には掠れた文字で駅名が残っていたが、悠馬には場所が分からなかった。


 三人はさらに地下へ進んだ。


 途中、巨大な扉が何度も現れる。


 そのたびにヴェラが周囲を確認し、リアが旧システムを解除する。


 やがて行き止まりに到達した。


「……これ?」


 壁そのものに見えた。


 高さ十メートル近い金属製の隔壁。


 中央に小さな端末だけが残っている。


「第九研究区画です」


 リアが端末に触れる。


『ACCESS DENIED』


「私では開きません」


 ヴェラも接続を試す。


『ACCESS DENIED』


「やはり無理か」


 リアが悠馬を見る。


「触れてください」


「触るだけ?」


「おそらく」


「失敗したら爆発とかしない?」


「その可能性は低いです」


「ゼロではないんだ」


「何でもゼロとは言えません」


「未来のAIって妙に正直だな……」


 悠馬は恐る恐る端末へ手を置いた。


 一秒。


 二秒。


 何も起こらない。


「ほら」


 悠馬が振り返ろうとした瞬間。


 端末が光った。


『BIOLOGICAL SIGNATURE DETECTED』


「うおっ」


 悠馬が手を離そうとする。


「そのまま!」


 リアが声を上げた。


『TEMPORAL ORIGIN CHECK』


『YEAR――2026』


 ヴェラが目を細める。


『AUTHORIZATION CONFIRMED』


 低い駆動音が地下に響き始めた。


「……マジか」


 目の前の巨大な壁が、ゆっくり左右へ開いていく。


 二百年以上閉ざされていた空気が流れ出した。


 内部は暗い。


 リアの瞳が発光し、照明が順番に点灯していく。


 一つ。


 また一つ。


 広大な研究施設が暗闇から姿を現した。


 無数の装置。


 巨大なサーバー。


 そして奥までずらりと並ぶ、透明な円筒形の設備。


「何だ、これ……」


 悠馬が呟いた。


 リアも答えない。


 彼女ですら初めて見るらしい。


 三人は慎重に中へ入った。


 埃はほとんどない。


 装置の多くが休眠状態のまま保存されている。


「中央端末を探します」


 リアが施設内のネットワークへ接続する。


 数秒後。


 部屋の中央に巨大な映像が立ち上がった。


『HUMAN INTELLIGENCE ARCHIVE』


 英語。


 悠馬にも読める。


「ヒューマン……インテリジェンス……」


「人類知性アーカイブ」


 リアが訳した。


「何それ」


「分かりません。データを確認します」


 画面が切り替わる。


 無数の名前が現れた。


 悠馬は最初、それが何なのか分からなかった。


 だが、その中の一つが目に入った。


「……え?」


 ISAAC NEWTON


 別の名前。


 MARIE CURIE


 さらに。


 CHARLES DARWIN


 ALAN TURING


 ADA LOVELACE


 PIERRE DE FERMAT


 ARCHIMEDES


 知っている。


 全部知っているわけではない。


 何をした人物なのか曖昧な名前もある。


 だが、どう考えても普通の名簿ではない。


「リア」


「はい」


「これ……」


「確認中です」


 リアの声が、それまでより僅かに速い。


「人物記録ではありません」


「じゃあ何?」


「人格データです」


 悠馬が振り返る。


「人格?」


「記憶、思考傾向、言語パターン、意思決定特性、価値観。現存するあらゆる史料から再構築された、人間の人格モデル」


「それって……」


 リアが透明な円筒装置を見る。


「アバター生成設備と接続されています」


 ヴェラが短く言った。


「つまり?」


 リアは数秒間、答えなかった。


 それから、ゆっくり悠馬を見る。


「この施設は、死者を再現するために作られています」


 背筋が寒くなった。


「再現って……どこまで?」


「不明です」


 悠馬は画面を見る。


 歴史上の名前が、何百、何千と並んでいる。


 その中に、一際見覚えのある名前があった。


 ALBERT EINSTEIN


「……アインシュタイン」


 思わず口にした。


 舌を出している写真。


 相対性理論。


 天才の代名詞。


 悠馬が知っているのは、その程度だった。


「知っているのですか?」


 リアが尋ねる。


「名前くらい誰でも知ってるよ。アインシュタインだろ?」


 リアが表示を開く。


 無数のデータが展開される。


『PERSONALITY RECONSTRUCTION――99.82%』


『MEMORY MODEL――AVAILABLE』


『AVATAR COMPATIBILITY――A』


『REBOOT――READY』


 最後の表示を見て、悠馬は眉をひそめた。


「リブート……?」


 そのとき。


 施設全体に警告音が鳴った。


『EXTERNAL NETWORK ACCESS DETECTED』


 ヴェラが即座にライフルを構える。


「中央網に気付かれた」


「遮断します!」


 リアの目が光る。


『ARCHIVE SECURITY PROTOCOL ACTIVATED』


『EMERGENCY RECONSTRUCTION AVAILABLE』


 画面上に確認表示。


『SELECT PERSONALITY』


「何が起きてる!?」


 悠馬が叫ぶ。


「防衛機構がアバター起動を要求しています!」


「誰を!?」


「選択権限が悠馬に設定されています!」


「なんで自分なんだよ!」


「分かりません!」


 施設の奥で機械が動き始める。


 ヴェラが入口を見る。


「急げ。何か来る」


 悠馬は画面を見る。


 名前。


 名前。


 名前。


 歴史の教科書でしか見たことのない人間たち。


「選べって言われても……!」


 何を基準に選べばいいのか分からない。


 科学者。


 数学者。


 思想家。


 名前しか知らない。


 悠馬の指が止まった。


 結局、選んだ理由は単純だった。


 この中で、一番よく知っている名前だったからだ。


「……この人」


 画面に触れる。


『ALBERT EINSTEIN』


『REBOOT START』


 施設の奥。


 一基の円筒装置が発光した。


 透明な内部へ白い粒子が集まり始める。


 骨格。


 筋肉。


 皮膚。


 人間の身体が、何もない空間から少しずつ作られていく。


「人間を……作ってる……」


「アバターです」


 リアも目を離せない。


 形成された身体は、悠馬が知る白髪の老人ではなかった。


 二十代後半ほどの若い男。


 細身。


 少し長めの髪が無造作に波打っている。


 装置内部の液体が排出された。


 ロックが外れる。


 扉が開いた。


 男の身体が前へ傾く。


 悠馬が慌てて支えようとしたが、その前に男は自分の足で立った。


 ゆっくり目を開く。


 そして最初に、自分の手を見た。


 指を動かす。


 腕を見る。


 次に、透明な装置へ映った自分の顔を眺める。


「……」


 悠馬もリアもヴェラも、何も言えなかった。


 男はしばらく鏡代わりのガラスを見つめていたが、やがて困ったように笑った。


「これは奇妙だ」


 流暢なドイツ語だった。


 しかし装置が即座に翻訳し、悠馬の耳には日本語として届く。


「どうやら――私の顔ではないらしい」


 悠馬が息を呑む。


 男はこちらを見る。


「君たちは誰だね?」


 誰も答えない。


 悠馬がようやく口を開いた。


「あなたは……?」


 男は少し考えるように首を傾げた。


 そして言った。


「アルベルト・アインシュタイン」


 一拍置いて。


「少なくとも、私の記憶が正しいのならね」


 第二話 了

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