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4. 公園


 彼女と公営プールで再開したあの日から数週間経ったある日。休日の男は今日も住宅街を歩き回っていた。


 辿り着いたのは近所の公園だ。森の中の空間に広場や遊具を造り上げた、なかなか規模の大きい公園。しかし公園が完成してからかなりの年月が経過しているのが窺える。遊具の金属部分は塗料が剥がれて錆びついており、木造遊具の木材は朽ちてぼろぼろになっている。酷いものは手すりや柱が折れてしまっている。そして、相も変わらずここにも男以外の人の姿は見当たらない。ただ一人を除いて。


「今日は公園に来たんだね!」


 彼女は今日も()()、男の前に現れた。プールで再開して数週間。その間にも男が街に出歩くたびに彼女と奇跡的な対面を果たした。否、奇跡などではない。先日出会った際に話を聞いてみると、彼女は一度男の家に仕事で訪れたことがあるから住所を把握しており、それから男を気にかけて彼女も定期的に男の家の近辺を見て回っているのだという。男は特段被害を被るわけでもないので、異様なほどの遭遇確率について、つい最近まで気に留めていなかった。


 街の人口激減に伴って近年は犯罪率もかなり高まっており、治安は悪化する一方だ。そんな中、女一人でひと気のない街を徘徊するのは危険だと彼女に諭したが、彼女は聞く耳を持たなかった。街を徘徊して危なっかしいのはお互い様だと。


 男は軽く挨拶を返して、今日も変わらず持参していたアサルトライフルのエアガンの弾倉をはめ直した。正直、彼女との頻繁な遭遇に、今日に至ってはさすがに辟易していた。偶然街で出会っても挨拶を交わして立ち去ればいいものを、彼女は男の後をついて来るからだ。そうしてじろじろと見られているだけで男は落ち着かない。


 アサルトライフルのスコープを覗き込み、木の枝に見つけた小鳥を射撃する。驚いた小鳥は羽ばたいて大空に消えていった。


「わぁ、すごいね! でもどうしてエアガンで虫や鳥を撃つようになったの?」


 彼女の問いに、男はなにも返さなかった。理由なんて特にないし、それに、なにを言っても彼女の気を悪くしてしまいそうだったからだ。


 二人は散策を続ける。途中、彼女は男の傍を離れて立ち去ったかと思うと、再び帰ってきた。手にはペットボトルのジュースを二本持って。


 彼女は一本を男に差し出した。しかし男はペットボトルのジュースを確認した後、無視した。鞄も持っておらず、両手は武器を構えるのに塞がっているせいで他の物を持つ余力はない。男は無視して歩み出す。すかさず彼女は男の背後から、ペットボトルを男の首元に押し付けた。首筋に冷ややかな衝撃が走る。体が飛び跳ねる。


 普段は物静かな男だが、限界を迎えた。自動小銃を彼女に向けて構える。


「え? なに、それ?」


 彼女は驚くと同時に、不快感も露わにした。怪訝な顔で眉間にしわが寄る。男も怯まず睨み返す。


「なんでついて来るんだ。ついて来いなんて、頼んでない…………それにそのジュースだって」


 男は彼女が手にしていた二本のジュースに目を移した。彼女は口をつぐみ、静寂に包まれた。そして、


「もういいよ…………」


 彼女は怒りの中に諦観の混ざったため息を吐き、男に背を向ける。その後ろ姿は男には震えているように見えた。彼女は立ち去り、男は一人残される。


 ――これでいい。


 男は自分にそう言い聞かせ、公園の森の中の徘徊を再開した。


 野鳥や、木陰に隠れて生えるキノコ。この時期は昆虫も多い。プラスチックの弾丸の的になり得る存在は自然の中に溢れていた。しばらく夢中になり散策と射撃を繰り返す。この男は自分のやりたいことを独りで黙々とやっている時が一番充実感を覚える人間だった。


 しかし、男はずっと気がかりだった。立ち去ってしまった彼女のこと。以前彼女にも話したように、近年は治安が悪化している。いくら公園の中と言えど、屋外を女性一人で徘徊させるのは危険だ。


 ――彼女を、追うべきだろうか。


 彼女が歩いていった方向はわかっている。あの方向へ向かったなら大体の居場所は目星が付く。男は足を止めた。踵を返して彼女と別れた位置まで引き返し、細い林道がある方へと向かった。彼女が進んだ方向を考えればここに辿り着くだろう。


 林道に足を踏み入れた。左側は深い林。右は低い急斜面。水気を帯びた地面の土にはおそらく彼女のものであろう靴跡が刻まれている。


 ふと、右の斜面の下に動く気配を感じた。彼女の姿を捉えた。しかし、様子がおかしい。彼女の目の前には――――野生のキツネがいた。


 最近は住人の減少や空き家の増加で住宅街が空洞化し、シカやクマなどの野生動物が街に降りてくることが増えた。しかし、いくら森の中の公園と言えど、住宅街の中にある狭い森の公園の中にキツネが現れるとは、男は思ってもみなかった。


 彼女の背中は泥で汚れている。急な斜面には滑り落ちた跡がある。斜面を下りたのは不本意だったのだろう。片腕を抑えているのは、負傷してしまったのだろうか。そしてそんな彼女に、キツネは唸って威嚇していた。


 背後は急斜面。逃げ場はない。キツネと言えど、中型犬くらいのサイズはある。襲われたとして、怪我をするだけで済む保障はない。


 男は迷いなくエアガンを構えた。スコープの中央のドットをキツネの眼球に合わせる。引き金を引き、放たれたプラスチックの弾丸が狙い通りキツネの目玉を弾く。


 慌てふためいたキツネは斜面を駆け上がろうとした。斜面の上には男が。キツネは驚いて逃げる選択を取らず、無我夢中な反撃を選んだ。


 斜面に足を滑らせるキツネ。斜面下にいた彼女はすかさず、負傷していない方の手で小石をキツネに投げつけた。怯むキツネ。さらに上から弾丸の雨を浴びる。


 人類の本気の猛攻に堪らずキツネは逃げ出した。森の奥に走って消えていく。


 二人の男女は静寂の森の中に取り残された。男は我に返り、エアガンをその場において斜面を下りる。自分を助けに来てくれたことに喜ぶ彼女に、男は手を貸した。彼女は案の定、片腕を負傷していて一人で斜面を登るのは難しい。男は負傷していない方の彼女の手を掴み、二人で協力して斜面を這い上がった。


 地面に置いたエアガンを拾うと、二人は林道を引き返す。公園のシンボルともいえる巨大な遊具があるところまで戻ってきた。


「はあ、ほんとにどうなるかと思ったよ」

「だから言っただろ? 一人で歩いてたら危ないって」


 一件落着し、二人は気を抜いて広場の端のベンチに腰掛けていた。


「うん、でも助けてくれた。ありがとう!」

「あ、あぁ………………」


 男は感謝を述べられても、なんと返していいものかわからなかった。


「一人だと危ないなら、今度は二人でここに来よう! どこかで待ち合わせしてさ」

「それってデートってこと?」

「そうかもね」


 彼女は悪戯っぽく笑った。独りでできることをやりつくしており、正直なところ人生に飽きを感じ始めていた男にとっては新鮮なものだった。


「私の腕が治ったらまた来よう。それで今度は、あの遊具とかどう?」


 そう言って彼女は巨大な鉄製の遊具を指差した。ジャングルジムのように登ることができ、一番上からは滑り台が伸びている。


「遊具? 遊具なんて一人で遊んでもつまらないよ」


 彼女は微笑んだ。男は独りで過ごすことに慣れすぎていた。


「もうひとりじゃないでしょ?」


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