鉄殻の要塞、ゴミ溜めの出会い
間近で仰ぎ見る鉄殻都市「エンペリウム」は、都市というよりは、荒野に突き刺さった巨大な黒鉄の円柱要塞だった。
見上げるほどに高い壁の至る所で、巨大な歯車が地鳴りのような音を立てて噛み合い、吹き出す黒煙と蒸気で空が濁っている。
正面の鉄門には、銃と槍で武装した強固な警備兵が目を光らせており、お尋ね者の5人が正面から入るなど不可能なのは明白だった。
「……ここから入るよ。ドブネズミにはドブネズミにふさわしい道がある」
キースが案内したのは、都市の底部から荒野の泥水へと繋がる、巨大な排水口だった。
鉄格子の隙間を、ハクが自慢の怪力で強引にこじ開ける。5人は首輪の鎖が擦れる音を気にしながら、悪臭が立ち込める薄暗い地下水路を這い進み、ついに都市の内部へと足を踏み入れた。
だが、そこは進が想像していた「近代的な都市」とはかけ離れた、地獄のような光景だった。
「な、に……ここ……」
進は思わず鼻を突き抜ける油と煤の臭いに顔を顰めた。
そこは、陽の光が一切届かない、都市の最下層――『廃棄区』。
頭上を行き交う中層の配管から、汚水やゴミ、真っ黒な機械油がボタボタと容赦なく降り注いでいる。周囲のボロ小屋に身を寄せ合う住人たちは、全員が生きる気力を失ったような濁った目で、骸骨のように痩せ細っていた。
彼らの泥に汚れた手の甲には、皮膚の下から不気味に浮かび上がる、赤く鈍いデジタル数字で『0』と刻まれている。
「生産性のない老人に病人、成果を出せなくなった無能の成れの果て、か。ひどい音の街ね。上からは傲慢な心臓の音が響いてくるわ」
ルナが頭上を見上げて、不快そうに吐き捨てた。
その時、廃棄区の広場の奥から、激しい罵声と、肉体を殴りつける鈍い音が響いてきた。
「おい、このガキ! 価値ゼロの分際で、高数値の人間用の配給食を盗もうとしたな!?」
「離せっ……! 離せよ、このデブ!!」
進たちが声のする方へ目を向けると、中層から降りてきたと思われる、仕立ての良い防護服を着た太った男が、一人の少年を地面に組み伏せて殴りつけていた。
太った男が振り上げる手の甲には、誇らしげに『350』という数字が明るく発光している。
対して、少年の手の甲にある数字は、消え入りそうなほどかすれた、最底辺の『0』だった。
少年は10歳前後。サイズが大きすぎるボロボロの服をまとい、顔も手足も煤で真っ黒に汚れている。
「無能のゴミめが! お前ら廃棄民は、中層の俺たちが残したカスの油でもすすって生きてりゃいいんだよ! まともなパンなんて、お前の汚い口に合うわけねぇだろ!」
太った男が激しく蹴り上げる。だが、少年は涙を流しながらも、全く怯むことなく、野良犬のように激しく牙を剥いた。
「うるさいっ……! 誰がゴミだ! 僕はまだ動ける! 足がちょっと遅いだけで、機械だって直せる! 悪いのは僕の価値を奪ってここに落としたお前らだろ! クソ喰らえっ!!」
少年は男の隙を突き、その肥満体に思い切り噛みついた。
「ぎゃあああっ!? 噛みやがったな、この害獣が! 殺してやる!」
激昂した男が、腰の鉄パイプを引き抜き、少年の脳門めがけて振り下ろそうとした、その瞬間。
ガキィィィィン!!!
凄まじい金属音が廃棄区に響き渡った。
男の手から鉄パイプが弾け飛び、はるか遠くの壁に突き刺さる。
「……子供一人に、随分と大層な武器を使うじゃないか」
地を這うような低い声。
少年の前に立ちはだかったのは、大剣を肩に担いだガルードだった。その圧倒的な巨体と、大罪人特有の禍々しい威圧感に、太った男は一瞬で顔を真っ青に染めた。
「ひっ……!? な、なんだお前らは……不法侵入者か!? 兵隊を呼ぶぞ!」
「呼べばいい。その前に、その首が胴体と繋がっていればな」
ガルードが静かに一歩踏み出すだけで、男は腰を抜かし、悲鳴を上げながら来た道を一目散に逃げ去っていった。
「ふん、腰抜けが」
ガルードは大剣を背中に戻すと、地面に倒れている少年に向かって、大きな手を差し伸べた。
「おい、大丈夫か、坊主。怪我はないか?」
しかし、少年はその親切な手を、激しく叩き落とした。
「触るなッ!!」
少年は地面を這うようにしてガルードから距離を取ると、壁に背を預け、『0』と刻まれた自分の手の甲を隠すように胸元に抱え込み、獣のように鋭い目で5人を睨みつけた。
「同情なんていらない! 僕は『0(価値なし)』なんだ、どうせすぐ野垂れ死ぬんだから放っておけよ! お前らだって、僕を助けて良い気になりたいだけだろ! 偽善者が!」
トゲトゲしく牙を剥き、必死に自分を大きく見せようとする少年。
だが、その小さな肩はガタガタと震えており、奥にある「見捨てられる恐怖」が隠しきれていなかった。
ガルードは叩かれた手を見つめ、「……威勢だけはいいな」と不敵にフッと笑うだけだったが、進はその場から一歩も動けなくなっていた。
(あ……)
少年のその、刺々しい態度。
他人の優しさを信じられず、これ以上傷つかないために周りを激しく拒絶する姿。
それは、現実世界でカーストの底辺に落とされ、誰からも見捨てられて孤独だった頃の、進自身の姿そのものだった。
「お前、何その情けない顔。首にそんな変な輪っ子はめられて、僕より惨めじゃん」
少年が、5人の中で一番弱そうで、自分と同じように怯えを隠せない「進」を、鋭く指さして言い放つ。
核心を突かれた進は、言葉を失って一歩後ずさった。
「あはは、噛み付き癖のある生意気な野良犬だねぇ」
キースが後ろからトコトコと歩み出て、ニヤニヤしながら少年の前にしゃがみ込んだ。
「でも、そういう素直じゃないガキ、お兄さん嫌いじゃないよ。……ねえ、君。名前はなんていうの?」
少年はキースを「むかつくキツネ」を見るような目で睨みつけ、しばらく黙り込んだ後、忌々しげに吐き捨てた。
「……ニコだよ。価値ゼロの、ニコだ」
鉄殻都市のゴミ溜めで出会った、牙を剥く少年・ニコ。
首輪の制限で離れられない5人は、この反抗的な少年を連れて、この狂った管理都市の深部へと足を踏み入れることになる――。




