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愚者の行進  作者: 苔氏
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価値奪い合いの街、それぞれのステージ

「おい、離せよ! なんで僕まで連れていくんだよ!」

廃棄区の薄暗い路地裏で、ニコが光の鎖を睨みつけながら激しく抵抗していた。

だが、首輪の『有効範囲』がある以上、進たちが移動すれば、ニコを巻き込む形で進まざるを得ない。ガルードに「危ないから側にいろ」と大きな手で背中を押され、ニコは「クソッ、どいつもこいつも勝手にお荷物扱いしやがって!」と悪態をつきながらも、しぶしぶ案内役を買って出ることになった。

5人とニコは、廃棄区の錆びついた昇降機を使い、中層の『居住・商業区』へと這い上がった。

そこは、最下層のドブ溜めとは一転して、けたたましい蒸気機関の音と、ネオンの光がギラギラと輝く、歪な活気に満ちた街並みだった。

「……ねえ、あの人たち、何をしてるの?」

進が息を呑んで指さした先。路地裏の至る所で、大人たちが血走った目でトランプやサイコロ、あるいは腕相撲などの賭け事に興じていた。

「勝負ありだ! さあ、よこせッ!」

勝った男が、負けた男の手首を乱暴に掴む。その瞬間、負けた男の手の甲の数字が激減し、勝った男の数字が瞬時に跳ね上がった。数値を吸い取られた男は、その場にへたり込み、まるで魂を抜かれたように頭を抱えて絶叫している。

「……これが、この都市の絶対法さ」

ニコが、自分の『0』の手の甲をポケットに深くねじ込みながら、冷たい声で吐き捨てた。

「勝てば相手の手の甲から『数値』を好きなだけ奪える。数値が高ければ高いほど、上の層で贅沢な暮らしができる。でも、ゼロになった奴は……ゴミとして下の廃棄区へ叩き落とされるんだ」

勝てば天国、負ければゴミ箱。誰かを蹴落として、自分の立場を守る。

それは、現実世界で進が最も恐れ、そして生き残るために加担してしまった、あの「スクールカースト」の構造そのものだった。進の胃が、きりきりと痛みを訴え始める。

(捕まったときに割り振られた、俺たちの初期値はたったの『50』……。上層に行くには、全然足りない……)

「なるほどねぇ。奪えばいいなら話は早い。――じゃあ、ちょっと各々で軍資金を稼ごうか」

キースが獰猛に目を細めた。

ここから始まった4人の行動は、中層のあらゆる勝負師たちを絶望に叩き落とす、圧倒的な蹂躙劇だった。

まずキースは、路地裏で高額の数値を賭けていた『裏ダイスを仕切る詐欺師の一団』に目をつけた。相手の得意フィールドであるはずの心理戦と手品のようなイカサマの応酬だったが、それはキースの独壇場だった。ものの数分で相手のイカサマの種を見破り、逆に完璧にハメ倒して、絶叫する男たちの数値をすっからかんにせしめる。

一方その頃、街の反対側にある『公式決闘場コロシアム』の門を叩いたのはガルードだった。彼は並み居る中層の屈強な『重装兵のチャンピオンたち』を相手に、公式の格闘戦を挑む。巨大な大剣を抜くことすらせず、襲いかかる重装兵たちを片手で次々と掴んではコンクリートの床へと豪快に叩きつける。その圧倒的な武力に観客席は静まり返り、チャンピオンたちの数値がガルードへと一気に流れ込んだ。

さらに、街の中央広場にある『力自慢が集まる重量測定所』では、ハクが歓声を浴びていた。そこの『常連の巨漢たち』が数人がかりで動かすような、街で一番重い巨大な鉄球の重量上げ勝負。ハクはその鉄球を、まるで紙風船のように片手で軽々と放り投げて施設ごと粉砕してみせた。周囲の観客は大喝采を送り、対戦相手たちが腰を抜かす中、ハクの手の甲の数字は一瞬でカンストに近い輝きを放ち始める。

そして、中層の高級サロンでは、ルナが傲慢な『政府お抱えの学者たち』を相手に、高額の数値を賭けた臨時の『知識対決(知略勝負)』に臨んでいた。都市の歴史、魔力の流転、複雑な数理……学者たちが眉を顰めるような難問を、ルナは冷徹な笑みを浮かべたまま淀みなく解き明かし、逆に一言の反論も許さない論理で相手を完璧に論破していく。

「浅はかね。その程度の知識でよくぞ【皇帝】の足元でふんぞり返っていられたものだわ」

ルナが冷たく見下ろすと、プライドを粉々に砕かれた学者たちの数値が、彼女の手の甲へと容赦なく吸い上げられていった。

別々の場所で、別々の相手を、それぞれの得意分野で完全粉砕した4人。

ニコが「な、なんだよあいつら……あちこちで大勝ちして……化け物かよ……!」と目を見開いて呆然とするほど、彼らはこの街の狂ったルールを踏みつぶし、上層への通行証と大量の数値を手に入れたのだった。

その夜。キースが稼いだ数値で手配した、中層の隠れ宿。

「はぁ……」

進はベッドの隅で、小さくなって深い溜息をついた。

昼間の戦いを思い出す。4人は誰もが圧倒的に強くて、自分の力で未来を切り開いていた。それに比べて自分は、ただ鎖に引かれてオロオロとついていき、守られるだけ。何の役にも立っていない。

「坊主。暗い顔をしてどうした」

不意に、ガルードが大きな影を落として進の前にしゃがみ込んだ。

「ガルードさん……。俺、やっぱりここにいちゃいけない気がします。みんな凄いのに、俺だけ何もできなくて……。足手まといだし、何の役にも立ってないから……」

進が膝に顔を埋めると、ガルードの大きな手が、その頭を優しく包み込んだ。

「気にするな。お前はまだ子供だ。戦うのは俺たちの役目であって、お前が責任を感じる必要はどこにもない。……お前がそこにいて、生きてくれているだけで、俺はそれでいい」

「ガルードさん……」

その真っ直ぐな言葉が、嬉しくて、けれどやっぱり心の奥をちくりと刺す。

「ちいさいの! 元気ない, だめ!」

そこへ、ドタドタと足音を立ててハクが突っ込んできた。ハクは進の脇の下に大きな手を差し入れ、ひょいっと信じられない軽さで進の身体を持ち上げた。

「わっ、わわっ!?」

「どーーーん! たかいたかーい!」

ハクの怪力で、天井に届きそうなほど高く放り投げられ、慌ててキャッチされる。あまりの風圧と突拍子もない行動に、進は驚きながらも、思わず「あはは、危ないよハク!」と声を上げて笑ってしまった。

その様子を見て、キースはクスクスと笑い、ルナは「騒がしいわね」と呆れたように息を吐いている。

そんな5人のやり取りを、部屋の入り口の壁に背を預けたニコが、苦々しげに睨みつけていた。

「……変わった奴ら」

ニコはポケットに手を突っ込んだまま、ぶつぶつと呟く。

「大罪人って聞いてたから、もっと冷酷な奴らだと思ってた。……おい、お前」

ニコが進を鋭い目で指さした。

「お前さ、あいつらにあんなに守られて、愛想尽かされるのが怖いんだろ。……その気持ち、ちょっとだけわかるよ。僕も、役に立たなくなった瞬間に、中層の工場からここに叩き落とされるからな。……でも、あいつらは、お前を捨てそうにないじゃん」

ニコの言葉はぶっきらぼうだったが、そこには同じ「弱者」として捨てられた経験を持つ者としての、不器用な共感があった。

「ニコ……」

進は驚き、それから少しだけ、ニコとの心の距離が縮まったのを感じて、小さく微笑んだ。

「うん……ありがとう」

「ふん、お礼なんていらないよ。さあ、明日はついに最上層だ。あの傲慢な【皇帝】のツラ、拝みに行こうぜ」

ニコがそっぽを向いて言い放ち、部屋の空気が少しだけ和らぐ。

しかし、進の胸の奥の「毒」は消えていなかった。みんなが優しくしてくれればくれるほど、後ろめたさが進の心を静かに蝕んでいく。

その不安を抱えたまま、一行はついに、最初のアルカナの鍵が待つ最上層へと足を進めるのだった――。

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