謀略の青門、欺瞞のギャンブラー
【皇帝】の待つ最上層へと続く階段の前に立ちはだかったのは、不気味な色彩のネオンが妖しく光る、巨大な黒鉄の門――『青の門』だった。
その門の前で、高級な絹のトランプを指先で弄びながら5人を待ち受けていたのは、仕立ての良いスーツをまとった、【皇帝】の側近『欺瞞の番人』だった。
「これより先は上層。通欲しくば、この『絶対の青門』のルールに従い、余とポーカーで勝負せよ」
男が冷酷に微笑むと、天井から錆びついた巨大な『鉄秤』がガラガラと降りてきた。
それは、負けた回数に応じて敗者の肉体から機能を強制的に剥ぎ取り、4回負ければ確実に死亡(心停止)する。
「ポイントも金もいらん。純粋な命の削り合いだ。さあ、始めようじゃないか」
「死ぬまで、ポーカーをやるの……? そんなの、おかしいよ……!」
進が青ざめて声を上げるが、テーブルに広げられたトランプからは、逃げ場のない魔力が放たれていた。キースは首輪の鎖をシャラリと鳴らし、「僕の番だね」と楽しげに前に出た。
しかし、この選択が、キースをかつてない地獄へと引きずり込むことになる。
番人の実力は、中層の有象無象とは次元が違っていた。
最初の勝負、キースはいつものように笑みを浮かべ、番人の「癖」を読もうとブラフを仕掛けた。だが、番人はキースの視線の微細な動きを完璧に見切っていた。それどころか、キースがカードに触れるよりも早く、心理的な誘導でキースの選択肢を狭めていく。キースが「勝負」を宣言した瞬間、番人は冷酷に最強のストレートを叩きつけた。
ガツン!と鉄秤が傾き、キースの体に最初の呪いが走る。
「……っ」
キースの耳から一切の音が消え、世界の匂いが消え去った。嗅覚と聴覚の喪失。キースは無音の世界に取り残されながらも、引きつった笑みを浮かべて次のカードを引く。
しかし、五感を失う恐怖はここからだった。
音が聞こえないキースに対し、番人は手話のような大袈裟なジェスチャーで精神を激しく揺さぶりながら、完璧なカード捌きでキースをハメていく。2回目の勝負、キースは無音の中で番人の手札を「フルハウス」と読み、それを超える役を狙って勝負に出た。だが、番人はそれすらも予期していた。キースの手札を完璧にコントロールしていた番人が、冷酷に「フォーカード」を開示する。
2回目の敗北。
鉄秤が再び大きく傾くと同時に、キースの目に映る世界が真っ暗に塗り潰された。さらに指先の感覚すら消滅する。視覚と触覚の喪失。
音も、光も、匂いも、カードの感触すら分からない。キースはただ、暗黒の虚無の中に完全に孤立した。
「ははは! 見えない、聞こえない、触れない! カードが何かすら分からぬお前に、何ができる!」
番人の勝ち誇る声はキースには届かない。進は恐怖でガタガタと震え、ニコも「もう止めろ! 死んじまう!」と叫ぶが、勝負は死ぬまで終わらない。
そして、最も残酷な瞬間が訪れる。
五感を失ったキースは、もはや自分の勘だけでカードを置くしかなかった。それに対し、番人は一切の手加減なく、確実にキースを殺しにかかる。3回目の勝負、何の手応えも掴めないまま置かされたキースの手札を、番人は無慈悲なロイヤルストレートフラッシュで粉砕した。
3回目の敗北。あと1回で、死ぬ。
天秤がギチギチと鳴り響き、キースの呼吸機能が強制的に停止した。
「……っ、が……っ、はあ……っ!!」
肺が酸素を拒絶し、喉が引き裂かれるような苦しみがキースを襲う。息ができない。脳が焼け付くような劇痛が走り、キースの命の灯火は今にも消えかけようとしていた。
誰もが、キースの死を確信した。
しかし――。五感を失い、呼吸すら止まり、血の混じった唾を吐きながら、キースの唇が不気味に吊り上がった。
( イカサマっていうのはね、五感を失おうが、脳が焼け焦げようが……相手の思考を完璧に支配しておくことを言うんだよ……)
キースは、まだ視覚と聴覚が残っていた最初の勝負の最中、自分が段階的に負けて肉体が壊れていく様すら利用して、番人に完璧な「認知の歪み(錯覚)」を植え付けていた。
番人が「五感を失ったキースはもう自滅する」と油断し、決まったパターンの勝ち筋に頼るよう、キースは自らの命をチップにして番人の脳をハッキングしていたのだ。
そこからは、目に見えぬキースの「見えない罠」が牙を剥いた。
呼吸が止まった極限状態のまま、キースは番人の心理の裏を完璧に突き、ここから神懸かり的な連勝を叩き出していく。
「な、なぜだ!? なぜ余のカードが読まれている!?」
今度は番人がパニックに陥る番だった。キースが勝つたびに、今度は番人の肉体から五感が段階的に、無慈悲に剥ぎ取られていく。
そして、最終局面。
「が、は……っ、あ……っ!」
息ができず、目も見えない番人が、恐怖に狂いながらカードを叩きつける。しかし、キースの置いたカードがそれを完全に粉砕した。
番人、4回目の敗北――死亡。
ガギィィン!!!と激しいシステム音が響き渡り、鉄秤が限界まで跳ね上がる。
4敗した番人は、天秤の呪いによって心臓を強制停止され、泥のように床へ崩れ落ちて息絶え、光の粒子となって消滅した。
「……はぁっ! げほっ、ごほっ……!!」
すべての機能がキースへと払い戻された。
激しく空気を吸い込み、視覚と聴覚を取り戻したキースだったが、段階的に「死の寸前」まで肉体と精神を解体され続けた負荷は、確実に彼の芯を削っていた。
キースは糸の切れた人形のように、その場に激しく崩れ落ちた。床に冷や汗が水溜まりを作り、指先がガタガタと震えて止まらない。いつもの不敵な笑みを作ろうとしても、顔が引きつって戻らないのだ。
「キースさん……!」
進が恐怖に顔を白くして駆け寄ると、キースは消え入りそうな声で囁いた。
「……いやぁ、流石に、3回死にかけると……ちょっと、痺れるねぇ……。さあ、次は誰の番だい……?」
青の門が重々しい音を立てて開く。
勝ったキースすらボロボロ。一歩進むごとに、仲間たちの命が確実に摩耗していく。そのあまりにも重苦しいデスゲームの現実に、進はただ立ち尽くすことしかできなかった――。




