狂気の大衆審判、下される『愚者の行進』
ゴォォォォン――、ゴォォォォン――。
不気味な重低音を響かせる鐘の音が、地下大牢の冷たい空気を激しく震わせた。
その音と同時に、牢の外の通路から、ガチャガチャと無数の金属鎧が擦れ合う音が近づいてくる。
「時間だ、大罪人ども! 立て!」
現れたのは、尋問室の傭兵たちとは明らかに格の違う、純白の鎧を纏った「神殿騎士」の一団だった。彼らは問答無用で鉄格子を開けると、進たちの首にそれぞれ頑丈な鉄の錠を嵌め、太い鎖で繋いで引きずり出し始めた。
「坊主、俺の近くから離れるなよ」
ガルードが低い声で進に囁く。進は生唾を飲み込み、ガタガタと震える足で、ガルードの大きな背中を追うように歩いた。
長い、長い地下の階段を上り、目も眩むような鮮烈な光の先へ押し出された瞬間――。
「おおおおおおおっ!!」
「出たぞ! 悪党どもめ!」
「正義の裁きを! 奴らに死を!」
鼓膜が破裂しそうなほどの、数千人もの大衆の怒号と罵声が、進の全身に叩きつけられた。
そこは、すり鉢状になった巨大な円形闘技場のような大審判場だった。
見上げるほどの観客席を埋め尽くす住民たちは、誰もが狂乱した目で進たちを見下ろし、拳を突き上げている。空の真ん中では、あの【正義(逆位置)】の巨大な黄金の天秤が、まるで太陽のようにぎらぎらと禍々しい光を放ち、民衆の狂気を煽り立てていた。
審判場の中央、一段高い壇上に座るのは、豪奢な法衣を纏った老人――大審問官だった。彼は冷徹な目で5人を見下ろすと、朗々とした声を響かせた。
「これより、ジャスティアの法の名の元に、大衆審判を執り行う!」
大審問官が手を挙げると、観客席から一段と大きな歓声が上がった。
「まずは、元神殿粛清者ガルード! 国家転覆の罪! 次に、盲目の魔女ルナ! 禁忌たる魂魄汚染の罪! 詐欺師キース! 国家財政攪乱の罪! 大男ハク! 聖域破壊の罪!」
それぞれの罪状が読み上げられるたび、民衆からは「死刑にしろ!」「生かしておくな!」と野蛮な声が飛ぶ。そして、大審問官の冷たい視線が、最後に進へと注がれた。
「そして、素性不明の異端の少年。……商会の名士から家宝を盗み、あろうことか治安維持兵に暴行を働いた、不逞の罪!」
「ち、違う……!」
進は喉がちぎれんばかりに叫んだ。
「俺は盗んでない! 殴ってない! 話を聞いてくれ!!」
しかし、進の必死の叫びは、数千人の嘲笑にかき消される。
「嘘つきめ!」「見苦しいぞガキが!」
誰も事実など求めていない。彼らにとって、進は「正義ごっこ」を盛り上げるための、格好の生贄に過ぎなかった。
「静粛に」
大審問官が冷酷に告げる。
「我が国ジャスティアにおいて、真実とは『民意の総量』である。天秤よ、彼らの罪を量れ!」
大審問官が合図を送ると、空の【正義(逆位置)】のカードから、眩い光の奔流が降り注ぎ、5人の頭上にそれぞれ「光の天秤」が現れた。
観客席の住民たちが、一斉に手元の白い石(有罪)を投げ込むような仕草をする。すると、数千人の『悪意のノリ』が可視化され、進たちの頭上の天秤は、一瞬で「真っ黒な有罪」の方へと激しく傾いた。
「審判は下った。全員、満場一致で【有罪】である!」
大審問官の宣言に、割れんばかりの拍手が沸き起こる。
「だが、法への反逆者たるお前たちに、通常の死刑は生ぬるい。お前たちには、我が国の最高刑――結合刑を処す!」
神殿騎士たちが、怪しく黒く光る、不気味な茨の紋様が刻まれた首輪を持ってきた。
「な……っ!?」
進が息を呑む間もなく、騎士たちの手によって、黒い首輪がガチリと進の細い首に嵌められた。
冷やりとした不快な感触が肌を刺し、直後、首輪から細い光の鎖が伸びて、ガルード、キース、ルナ、ハクの首輪へと数珠繋ぎに連結されていく。
「それは【残光の枷】。5人で一つの罪を共有する呪いの首輪だ。互いの距離が一定以上離れれば、首輪が肉を締め上げ、最後には首を跳ね飛ばす。お前たちは、その醜い鎖で繋がれたまま、未開の荒野へと追放されるのだ!」
大審問官は嘲笑うように、5人の首輪を指さした。
「その呪いを解く方法はただ一つ。この世界の果てに座する、すべてのアルカナの源流――【XXI. 世界】の祭壇へと辿り着き、自らの罪を完全に雪ぐことのみ! 途中で誰か一人が死ねば、連動して全員の首が撥ねられると思え!」
絶望的な条件だった。
世界の果てを目指さなければならない。しかも、利害も思想もバラバラの5人が、誰一人欠けることなく生き残らなければ、全員が連帯責任で死ぬのだ。
「互いを縛り、互いを呪い、泥水をすすりながら歩き続けるがいい。これぞ、罪人たちによる――『愚者の行進』である!!」
大審問官の冷酷な宣告と共に、進たちの足元の床が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
奈落のような暗い地下通路へと、5人の身体が真っ逆さまに落ちていく。
頭上からは、彼らをゴミのように追い出した大衆の、勝利を祝う大歓声がいつまでも、いつまでも響き渡っていた――。




