鉄と血の尋問、閉ざされた言葉
カラン、と鈍い音を立てて、進の身体は冷たい床へと放り出された。
そこは、石造りの狭く薄暗い部屋だった。窓はなく、壁に掛けられた松明の炎が、不気味に揺れて黒い影を広げている。部屋の中央には頑丈な木製の机があり、進はその前に置かれた鉄の椅子に、手枷をはめられたまま無理やり座らされた。
身体中が、悲鳴を上げるように痛む。大衆に踏みつけられた脇腹や背中が、動くたびにズキズキと熱を持っていた。
「おい、立て。街を脅かすドブネズミが」
低く、傲慢な声が頭上から降ってくる。
進の前に立ちはだかったのは、胸に「天秤」の紋章が刻まれた革鎧を纏う、二人の傭兵だった。一人は顔に深い傷があり、もう一人はにやにやと下卑た笑みを浮かべている。この街の治安維持を委託されている、雇われの兵士たちだ。
「さあ、始めようか。お前、どこのスパイだ? あの外套の旦那は、この国の重要な商会の人間だぞ。そいつから家宝を盗み、あろうことか民衆に暴力を振るって抵抗した……。すでに目撃者は何十人もいる。言い訳は通用せんぞ」
傷のある傭兵が、机を拳で激しく叩いた。凄まじい衝撃音が部屋に響き渡り、進の身体がびくりと跳ねる。
「ち、違う……違います……!」
進は涙と泥で汚れた顔を上げ、必死に声を絞り出した。
「俺は、ただ……あの人が落としたブローチを、拾って、返そうとしただけで……。泥棒なんかしてない! 暴力を振るったのも、急に腕を掴まれて怖くなって、反射で……!」
「……ははっ、聞いたかよ。こいつ、落とし物を拾っただけだってよ」
もう一人の傭兵が、わざとらしい笑い声を上げた。その目は一ミリも笑っていない。
「往年の手口だな。そうやって善人ぶって近づき、隙を見て懐を掠め取る。この街じゃ、お前みたいな手癖の悪い浮浪児の言い訳なんか、聞き飽きてるんだよ。空を見ろ。お前の頭上には今、何が浮かんでいる?」
傭兵が進の前髪を乱暴に掴み、無理やり上を向かせた。小さな天窓の向こう、相変わらず不気味に輝く【正義(逆位置)】のカードが視界に入る。
「【正義】の光がこの街を満たしている限り、我々の『見たもの』こそが正義だ。大衆がお前を泥棒だと叫び、お前が兵に抵抗した。それが全てだ。余計な言い訳は、我々の神聖な秩序を汚す『悪』なんだよ」
「そんなの、めちゃくちゃだ……!」
進は絶望に声を震わせた。
この世界の人々は、真実なんてどうでもいいのだ。ただ、自分たちが「正しい側」に立って、誰かを悪者に仕立て上げて叩く、その歪んだ快感に従っているだけ。
――それは、現実世界で進自身が、いじめのターゲットを囲んで嘲笑っていた時の、あの教室の空気と全く同じだった。
因果応報。自分が過去に他人に味わわせた理不尽が、今、何倍にもなって自分に返ってきている。強烈な罪悪感とパニックが混ざり合い、進は過呼吸気味に胸を上下させた。
「まだ睨み返す元気が残っているらしいな」
進の沈黙を「反抗」と捉えた傷のある傭兵が、容赦なくその腹部へ拳を叩き込んだ。
「がはっ……!?、つ……あ……!」
椅子ごと床に転がり、進は胃液を吐き出しながら悶絶した。手枷が擦れて、手首から血が滲む。
「ちっ、思ったよりヤワなガキだな。これ以上殴って、審判の前に死なれちゃ寝覚めが悪い。おい、こいつの裏が割れるまで、地下の一番深い大牢にぶち込んでおけ。あそこなら、先に入った『とびきりの大悪党ども』がいる。少しは身の程を知るだろう」
「へへ、分かりました。おい、立て」
髪を掴まれ、ずるずると床を引きずられる。
進はもう、抵抗する気力すら残っていなかった。ただ、痛む身体を丸め、遠のいていく意識の中で、現実のあいつの顔を思い出していた。
(痛いよな……あいつ、俺に殴られた時、こんなに痛かったんだな……)
最悪の尋問を終え、引きずられていく先は、光の届かない地下の底。
そこには、これから進の運命を大きく変えることになる、4人の「本物の悪党」が待っている。




