漆黒の玉座、勝利の叫び
【 00:29 】
タイマーが30秒を切った。
しかし、進にとっての時間はすでに完全に引き延ばされ、一秒一秒が永遠の拷問のように脳髄を焼き続けていた。
「ハァッ……、ヒィ、拒……っ、ァ……!」
視覚も聴覚も失われた漆黒の精神世界で、進はただ、脳に直接送り込まれる「4人分の絶望」と戦っていた。
キースの味わった、どこまで行っても出口のない息苦しさと孤独。
ガルードが背負った、肉体をバラバラに引き裂かれるような鋭利な破壊衝動。
ルナを狂わせた、脳の芯まで白熱化させる容赦のない高電圧のパルス。
そしてハクの肉体を押し潰そうとした、世界のすべてが圧しかかってくるような超重量。
それらすべてが一丸となって、進の細い精神の糸をねじ切ろうと牙を剥く。
失禁した尿が冷えていく感覚すら分からない。ただ、自分が今、これ以上ないほど無様に、あらゆる液体を垂れ流して床を汚しているということだけが、魂の屈辱として辛うじて理解できた。
「フハハハ! 見よ、あの無様な姿を! これが我が領域に仇なそうとした羽虫の末路だ。ただ排泄物を撒き散らし、床に這いつくばるだけの哀れな家畜よ!」
玉座の上から見下ろす皇帝の、歪んだ高笑いだけが、システムを介して進の脳内に直接響く。
「さあ、楽になれ。ギブアップと念じるだけでよい。お前たちのような弱者に、最初からこの最上層の空気は重すぎたのだ。すべてを諦め、余の慈悲にすがって消え去るがいい!」
甘い、あまりにも甘い悪魔の誘惑。
意識を手放してしまえば、この狂気的な激痛からも、己の全てを汚された恥辱からも、今すぐに解放される。
【 00:15 】
だが、進の魂は、まだ死んでいなかった。
(……うるさい)
進の心の底で、小さな、しかし絶対に消えない炎がパチリと爆ぜた。
(うるさい、うるさい、うるさい……ッ!! 誰が諦めるもんか……ッ!!)
脳裏に浮かぶのは、自分たちのためにすべてを賭けて戦ってくれた、あの優しくて強い4人の背中だ。
彼らは、この何倍もの地獄を、自分たちのために、一言の恨み言も吐かずに耐え抜いてみせたのだ。
現実の肉体が傷つかないのなら、死なないというのなら、なおさらだ。ここで僕が心を折ったら、彼らの流した本物の血は、すべて本当の犬死にになってしまう。
(無様だっていい……! 漏らしたって、汚れたって、笑われたって……そんなの、どうだっていいんだッ!!!)
進は脳内で、形のない自身の絶叫を轟かせた。
その瞬間、進の精神は「恐怖」を完全に超越した。キースの孤独を、ガルードの痛みを、ルナの恐怖を、ハクの重圧を、進はその小さな心の器で、逃げることなく真っ正面から抱きしめ、受け止めた。
【 00:05 】
【 00:04 】
【 00:03 】
「な……何だと……!? 負荷は最大のはずだぞ! なぜ精神が崩壊せん!? なぜギブアップを乞わぬ!!」
玉座の上で、皇帝の傲慢な笑みが初めて引き攣り、驚愕へと変わる。
あらゆる分泌物と排泄物で泥塗れになりながらも、進の魂の光は、皇帝の威圧を遥かに凌駕するほどに、眩しく燃え上がっていた。
【 00:02 】
【 00:01 】
そして――。
【 00:00 】
ピィーーーーーーーーーッ。
玉座の間に、ゲームの終了を告げる、あまりにも静かなシステム音が鳴り響いた。
『制限時間終了。……プレイヤー1、意識の生存を確認。ゲームクリア。……全負荷を、停止します』
カシャァン!!!と、進とニコを縛り付けていた魔力の鎖が、光の破片となって四散する。
それと同時に、進の脳内を蹂躙していたすべての激痛、窒息、電撃、重圧が、嘘のように一瞬で霧散していった。
「――ガハッ!!!!」
視覚と聴覚が、猛烈な勢いで進の肉体へと戻ってくる。
進は肺が張り裂けんばかりに、玉座の間の空気を思い切り吸い込んだ。肉体は無傷。どこにも血は流れていないし、骨も折れていない。しかし、全身を震わせる凄まじい疲労感と、ズボンを濡らす小便の冷たさだけが、今しがた潜り抜けた地獄が本物であったことを証明していた。
「はぁ……はぁ……、はぁ……っ!」
進は、隣で気絶しているニコの身体を、震える腕でそっと抱き寄せた。ニコの胸は静かに上下している。生きている。自分も、ニコも、そして後ろで眠る4人も、全員が生き残ったのだ。
進は、顔中を涙と鼻水で汚したまま、ゆっくりと、しかし確実に自らの足で立ち上がった。
そして、濡れたズボンのまま、玉座の上で完全にプライドを打ち砕かれ、怒りに顔を歪ませている【皇帝】を、真っ直ぐに睨みつけた。
「……僕たちの、勝ちだ……っ」
非力な少年の、けれど都市の誰よりも力強い宣言が、静まり返った最上層の玉座の間に、厳かに響き渡った――。




