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愚者の行進  作者: 苔氏
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氷徹の白門、執念の天才

満身創痍のガルードをハクが背負い、一行はさらに上層へと続く階段を登る。

次に彼らを待ち受けていたのは、冷徹な白いネオンが凍てつくような光を放つ、巨大な黒鉄の門――『白の門』だった。

門の前には、豪奢なアカデミックドレスをまとい、数冊の分厚い本を周囲に浮かべた男が待ち受けていた。この街で一番の頭脳を自負する『白の学者』である。

「ここを通りたくば、私と『知恵比べ』をしてもらおう。ルールは互いに一問ずつ問題を出し合うこと。……ただし、間違えるごとに、その座席から高電圧の電流が流れる。間違えるごとに電流は強くなり、4回間違えれば……即死だ」

男が指を鳴らすと、床から黒鉄の椅子が2脚競り上がり、強制的にルナの手足が金属のリングで椅子へと固定された。逃げ場はない。

「ふん、ただの知識の切り売りかと思えば、ずいぶんと野蛮な趣向ね。いいわ、その傲慢な脳みそごと、完璧に論破してあげる」

ルナは、酷く消耗したキースとガルードを背に、冷たい笑みを浮かべてみせた。

地獄の知略戦が幕を開ける。

先攻の学者が、極めて複雑な数理問題を突きつけてきた。それは、この都市の複雑な構造計算を応用した、学者側に圧倒的に有利な計算問題だった。ルナは即座に頭のなかで計算を組み立てるが、アウェイの土地の数値を組み込んだ計算にわずかなズレが生じ、解答を誤る。

バチバチッ!と冷徹な音が響いた瞬間、ルナの座る椅子から激しい電流が奔った。

「――ッ!? あ、あああああああッ!!」

ルナの悲鳴が白の間に木霊する。電撃に彼女の身体が弓なりに跳ね上がり、金属のリングに皮膚が擦れて血が滲む。最初の電流が収まったとき、ルナは激しく咳き込みながら、口元から一筋の血を流していた。

今度はルナのターン。ルナは高度な歴史的知識を問う難問を投げかける。しかし、学者は事もなげに正解を答えてみせた。流石に相手の知識量も本物だ。

続く学者のターン。ルナの脳は、先ほどの電流による強烈なダメージで、思考回路がうまく働かなくなっていた。学者が突きつけた、膨大な桁数の暗算を必要とする複合計算問題に対し、ルナは頭痛に耐えながら計算を試みるが、数字が脳内で霞んで時間切れとなり、不正解の赤ランプが灯る。

2回目の敗北。

バチバチバチッ!!!と、先ほどとは比較にならない光を放つ電流がルナの肉体を容赦なく焼いた。

「いやあああああああッ!!」

知的な彼女からは想像もつかない、引き裂かれるような悲鳴。電流の負荷で脳の神経が破壊されかけ、ルナの瞳から急速に光が失われていく。激しく痙攣するルナの姿に、進は「ルナさん! もうやめて、死んじゃうよ!」と涙を流して叫ぶ。

ルナの渾身の問いすら学者はクリアし、再び学者の攻撃ターン。言葉を失い、カタカタと身体を震わせるだけのルナに対し、学者はこれまでの計算の応用では絶対に解けない、さらに桁数を増やした悪意の塊のような超難問を突きつけた。思考がまとまらないルナは、制限時間に追われ、絞り出すように答えるが――無情なエラー音が響く。

3回目の敗北。あと1回で、確実に死ぬ。

ギガガガガガッ!!!と、空間を紫に染めるほどの狂暴な電流がルナを包み込んだ。

「……が、あ……あ……っ……!!」

悲鳴すら出ない。肺の空気を強制的に絞り出され、煙が立つほどに肉体が過熱していく。電流が収まったとき、ルナはぐったりと頭を垂れ、その瞳からは完全に生気が失われていた。次に間違えれば、即死。

学者はそれを見て、勝利を確信して高笑いした。

「ハハハ! 脳が茹であがったな! さあ、次の私のターンでお前は完全に終わりだ!」

しかし――。

すべてを失い、ただ人形のように椅子に固定されていたルナの指先が、ピクリと動いた。

彼女の肉体はボロボロになり、脳は限界を迎えていた。だが、死の淵に追い詰められたことで、彼女の魂の根底にある「理不尽に屈しない執念」が、剥き出しの牙となって覚醒した。

ルナのターン。彼女は血に染まった唇を歪め、言葉にならない掠れた声で、冷酷に問いを紡いだ。

「……あなたの……その浮かべている本……『第三章の未解決数式』ね……。それをさらに三階層発展させた、この膨大な行列数式の解を……制限時間内に、求めなさい……」

学者は突きつけられた数式を見た瞬間、顔を真っ青に染めてガタガタと震え出した。それは、彼が人生をかけても証明できず、学会でも「解なし」とされて放置されていた、彼自身の研究の先にある究極の未解決問題だった。

当然、学者に解けるはずがない。制限時間のカウントダウンが非情にゼロを刻み、不正解のブザーが鳴り響く。

「な、動くな! 異議がある!」

学者は椅子に拘束されたまま、狂ったように叫び、醜く不満をぶちまけた。

「ふざけるな! それは我が学会でも未だ誰も解明していない『未解決問題』だ! 答えが存在しない問題を出すのは出題ルール違反だ! 無効だ、こんな問題は無効だ!!」

ルナの出題が「ただの嫌がらせ」だと、学者は必死に喚き散らす。

だが、ルナは電流で煙の立つ身体のまま、冷徹な瞳で学者を見つめ――掠れた声で、淡々と告げた。

「……解なら、あるわよ」

「な……に……?」

「答えは、マイナス7分の3。……その数式はね、実数空間ではなく、虚数次元の格子状に展開すれば、わずか4ステップの変形ですべての行列が相殺されるわ。……証明を聞きたい? 今から私の脳内にある計算式を、一文字ずつ書き下ろしてあげてもいいけれど」

ルナは電流で脳を焼かれる極限状態の中で、学者が挫折した未解決問題をその場で完全に理解し、瞬時に独自の証明を完了させて「正しい答え」を導き出していたのだ。

「ば、化け物め……っ!」

学者が恐怖に目を見開いた瞬間、ガギィィン!!!と冷徹なシステム音が鳴り響き、最初の電流が学者の椅子へと奔った。「ぎゃあああああああッ!!」と学者の悲鳴が響き渡る。

ここから、ルナの凄まじい防衛と反撃が始まった。

学者は恐怖とプライドの崩壊に狂い、ルナを即死させるために、ありったけの知識を詰め込んだ超難問、および一瞬の油断も許されない超複雑な多重計算問題を次々とルナに叩きつける。

だが、ルナはここから、一問たりとも、一文字たりとも間違えなかった。

「……答えは、4135。……次の問いの答えは、円周率の第1万位の数値と同じ……『5』よ」

頭が割れるような激痛を精神力だけでねじ伏せ、ルナの頭脳は冴え渡るコンピューターのように、学者の出すすべての計算を寸分の狂いもなく超高速で解き明かしていく。完璧な正解。ルナの座席の赤ランプが灯ることは、もう二度となかった。

逆に、ルナが淡々と突きつける「学者の未解決問題の続き」に対し、学者は一問も答えることができない。一問間違えるごとに、学者の椅子に流れる電流は倍加していく。

2回目、3回目の電流が学者を直撃し、彼の衣服や肌が焦げていく。

「が、あ、あああああっ!! なぜだ、なぜ解ける、なぜそんな計算ができるッ!!」

そして、最終局面。ルナの攻撃ターン。

「が、は……っ、あ……っ! 頼む、もう計算させないでくれ……っ!」

黒焦げになり、恐怖に狂いながら懇願する学者に対し、ルナは冷徹な眼差しで、最後の決定的な数理問題を突きつけた。学者は計算する気力すら残っておらず、システムが非情なエラー音を鳴らす。

学者、4回目の敗北――即死。

ドガガガガガッ!!!と、最大出力の雷撃が学者を直撃し、彼の脳と心臓を一瞬で焼き切った。学者は物言わぬ消し炭となり、そのまま光の粒子となって消滅した。

「……はぁっ! はぁ, はぁ……っ!」

拘束のリングが外れ、ルナの身体が床へとなだれ落ちた。

勝負には勝った。完璧な知識と計算で、相手を圧倒して見せた。

だが、段階的に「死の電流」を浴び続け、脳と肉体を物理的に破壊されかけた恐怖と過負荷は、あまりにも深かった。

ルナは頭を抱えたまま、ガタガタと激しく震えて床に蹲った。あの気高く傲慢だった彼女が、涙をボロボロとこぼし、まるで怯える子供のように自分の身体を抱きしめて震えている。

肉体を引き裂かれる激痛と、知性を失いかける恐怖に、彼女のプライドは完全にズタズタに引き裂かれていた。

「ルナさん……!」

進が青ざめて駆け寄ろうとするが、ルナは「こ、来ないで……っ!」と他人の接近を拒絶するほど、精神的に追い詰められていた。

白の門が、冷たく開く。

キース、ガルード、そしてルナ。

超人のはずの仲間たちが、文字通り「狂い、壊れながら」辛うじて勝っていく。その凄惨な現実に、進の心臓は今にも張り裂けそうなほど激しく脈打っていた――。

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