最終話 ようこそ、《夜叉》へ
春の風が、窓の外の桜を揺らしていた。
ひらひらと舞う花びらを見つめながら、紬は静かに息を吐く。
広間には、新しい隊服に身を包んだ15人の新人達が並んでいた。
少し緊張した表情で、不安と期待が入り混じった目。
まるで、昔の自分を見ているみたいだ。
「紬」
「……あ」
隣から声がして顔を上げると、透が優しく微笑んでいた。
「どうしたの?」
「いえ……何だか、懐かしいなって思って」
透も新人達へ視線を向けた。
「……そうだね」
昔の自分は、ここがこんなに大切な場所になるなんて思ってもいなかった。
自分に居場所なんてないと思っていた。
でも、今は違う。
「それじゃあ、始めようか」
「……はい!」
透が一歩前へ出ると、広間が静まり返った。
「ようこそ、《夜叉》へ。僕は、《夜叉》のリーダーを務めています。雨宮透です」
新人達が一斉に頭を下げ、
「きっと、辛いこともあります。苦しいことも、怖いこともあると思います」
一度言葉を切り、透は静かに続けた。
「……それでもこの場所が、皆さんの帰ってこられる場所でありたいと、僕は思っています」
その言葉に、新人達の表情が少し和らいだ気がした。
「それでは、1人ずつ自己紹介をお願いします」
「はいっ!」
真っ先に手を挙げたのは、明るい茶髪の少女だった。
「猫娘の半妖、姫華です! 好きなものは可愛いものと甘いもの! よろしくお願いします!」
元気な声に、紬は思わず頬が緩む。
次に前へ出たのは、眼鏡をかけた少年。
「九尾の半妖、蒼真です。僕は分析などが得意です。一日でも早く皆さんのお役に立てるよう努力いたします」
最後に、少し無口そうな少年が一歩前へ出た。
「……天狗の半妖、凪です。よろしくお願いします」
「短っ……」
姫華の小さな呟きに、広間がどっと笑いに包まれた。
凪が少しだけ気まずそうに目を逸らすと、玲が笑った。
「新人だけ自己紹介するのも不公平だな」
そう言って前へ出て、
「副リーダーの黒崎玲だ。困ったことがあったら、いつでも頼ってくれ」
拍手が起こる。
紅蓮も立ち上がり、
「半妖専門部署のリーダー、紅蓮だ」
そこで言葉が終わる。
「……以上」
「また短い!」
姫華の声に、今度は紅蓮まで苦笑した。
「最後に」
透が紬へ視線を向け、
「《夜叉》専属トレーナーの――雨宮紬です」
紬は一歩前へ出て頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「……あれ?」
小さな声が聞こえ、紬が顔を上げると、姫華が首を傾げている。
「雨宮……?」
そして、ぱっと明るい表情になると、
「リーダーと苗字、一緒じゃないですか!?」
一瞬、広間が静まり返ってしまった。
「うん。僕の奥さんです」
「「「えぇぇぇぇ!?」」」
新人達の声が綺麗に重なった。
「ご、ご結婚されてるんですか!?」
「新婚さんですか!?」
「すごい……!」
紬が思わず苦笑すると、
「あのあの!」
今度は姫華が身を乗り出してくる。
「紬先輩って呼んでいいですか!?」
「え?」
「駄目ですか?」
「い、いえ! ぜひ!」
「やったー!」
次の瞬間、
「わっ!?」
姫華にいきなり抱きつかれ、紬は目を丸くする。
「……姫華ちゃん?」
隣から、ちょっとトーンが下がった声が聞こえた。
「紬は、僕の奥さんなんだけど」
「り、リーダー、ちょっと怖いです!」
広間が笑いに包まれ、玲がぱんっと手を叩く。
「よし! 堅苦しい話はここまで!新人歓迎パーティだ!」
「おぉーっ!」
一気に歓声が上がり、賑やかな空気の中、姫華がふと紬を見上げた。
「紬先輩って、ずっと《夜叉》の人なんですか?」
「え?」
「なんか……すごく馴染んでるから」
紬は少し考えて、小さく笑うと、
「実はね」
2人が紬に耳を傾けた。
「私、普通の人間だったんだ。学校行って、部活して」
「……え?」
「ある日突然紅蓮と契約して、半妖になったの」
3人の目が大きくなり、
「それから色々あって……最後に赫焉と戦った時、紅蓮の力を使いすぎて、私は妖になっちゃった」
「……っ」
凪が息を呑む。
「でも」
紬は優しく笑った。
「最後に、赫焉が私を現世へ帰してくれたんだ。帰って来たら、人間に戻ってたの」
しん、と静まり返る。
「……って、急にそんな事言われても分からないよね」
「その話、聞きたいです!!」
「ぜひ詳しくお願いします」
「……俺も」
3人とも、目をきらきらさせていて、紬は思わず笑ってしまう。
「ふふ……じゃあ、少しだけね」
紬は、自分達の昔話を語った。
たくさん泣いたこと、たくさん悩んだこと。
それでも、みんなが支えてくれたこと。
話し終わる頃には――、
「うぅ……」
「ひ、姫華ちゃん!?」
姫華がぽろぽろ泣いていた。
蒼真も眼鏡を外し、凪まで静かに涙を流している。
「そんなの……辛すぎます……」
「え、えっと……?」
紬が慌てていると、
「……赫焉って、妖の王ですよね?」
姫華がふと顔を上げた。
「関係とかあったんですか?」
「……俺の親父」
紅蓮がぽつりと言ったが、
「「「えぇぇぇぇ!?」」」
再び食堂に声が響く。
「まあ……色々あったんだよ」
そして、紅蓮は窓の外を見ながら、
「親父も、力を使いすぎて消えちまったんだけどな」
と、静かな声で呟いた。
「……でも」
紅蓮は小さく笑う。
「会えて良かったよ」
桜の花びらが、窓の向こうを流れていく。
「今頃、母さんと空でデートでもしてるさ」
紬は思わず、ふふっと笑った。
「……きっと、そうだよ」
みんなも、優しく空を見上げ、そして紬は、目の前の3人を見つめた。
不安そうだった顔が、今は少しだけ柔らかくなっている。
――昔の自分も、こんな顔をしていたのだろうか。
「……ようこそ、《夜叉》へ」
ここは、大切な居場所。
これからは、みんなの大切な居場所にもなる。
春の風が、優しく桜の花びらを運んでいった。
――半妖の黙示録 ―契約の成れの果て― 完




