第81話 大切な居場所に、ただいま
波の音が、心地よく耳へ届く。
さらさらと砂浜を撫でる潮風。
暖かな陽射しが、優しく身体を包み込んでいた。
「……」
紬はゆっくりと瞼を開く。
目の前には、どこまでも続く青空。
寝転んでいた砂浜から身を起こすと、見慣れた海が静かに波を打っていた。
「……帰って、きた……?」
赫焉の城はもうない。
禍々しい妖氣も感じない。
現世へ帰ってきたのだ。
その事実を理解した瞬間、紬の胸へ押し寄せてきたのは安堵ではなかった。
「……2人を……」
唇が震え、
「……2人を……救えなかったぁ……」
ぽろぽろと涙が溢れ、紬はその場へ座り込んだ。
顔を両手で覆い、声を上げて泣き出す。
長い階段に倒れ、動かなくなった透と玲の姿が、何度も頭の中で繰り返される。
「紬?」
突然、優しい声が聞こえた。
「紬ちゃん。それって私達の事か?」
聞き慣れた声に、紬の身体がぴくりと震え、ゆっくりと振り返る。
「……え……」
そこには、隊服を血で赤く染めながらも、傷一つなく立つ透と玲の姿があった。
いつもと変わらない、2人の笑顔が眩しい。
「な……んで……」
涙が止まらない。
夢でも幻でもない。
「透さん……玲さん……」
紬は子どものように泣き始め、
「良かったぁ……」
肩を震わせながら何度も涙を拭う。
「本当に……良かったぁ……!」
透は紬の前へしゃがみ込むと、そっと頭を撫で、
「紬……」
優しく微笑む。
「そんなに泣かないで?」
玲も隣へ腰を下ろし、ぽんぽんと頭を撫でると、
「紬ちゃん」
少し困ったように笑った。
「可愛い顔が台無しだぞ?」
「だってぇ……」
しゃくり上げながら紬は首を横へ振る。
「二人とも……死んじゃったと……思ったんだもん……」
透と玲は顔を見合わせ、小さく笑った。
「あっ!」
元気な声が海岸へ響き渡る。
「やっぱり帰って来てた!」
「おーい! みんなー!」
何人もの《夜叉》の隊員たちが、砂浜を駆けてくる。
隊服は泥や血で汚れ、包帯を巻いている者も少なくない。
それでも全員が笑顔だった。
透はその姿を見て、ほっと息を吐き、
「みんな……」
優しく目を細める。
「無事だったんだね」
先頭を走ってきた隊員が照れくさそうに笑った。
「ボロボロっすけどね!」
腕の包帯を見せながら肩を竦める。
「なんか急に街に出てた穴が消えたんですよ!それで、『もしかしたら!』って思って、みんなで海岸まで戻ってきたんです!」
「そしたら本当にいた!」
次々と隊員たちが駆け寄ってくる。
その輪の中から、紬と仲の良い女子隊員がひょこっと顔を出したと思うと、
「あ!」
泣いている紬を見るなり、勢いよく駆け寄る。
ぎゅっと紬を抱き締めると、透を指差した。
「リーダー!」
頬を膨らませながら叫ぶ。
「紬ちゃん泣かしてる!」
「えっ!?」
透は思わず目を丸くした。
「あ、いや、違うんだよ!」
慌てて両手を振り、
「ね? 紅蓮?」
助けを求めるように振り返る。
すると透と玲の隣に立っていた紅蓮は、腕を組んだまま口元を緩めた。
「さあな?」
にやり、と悪戯っぽく笑う。
「おい!」
透が思わず声を上げると、その場にいた全員がどっと笑い出した。
波の音に混ざって響く仲間たちの笑い声。
紬も涙を拭いながら、小さく笑う。
戦いが終わり、ようやく帰ってこられた。
ここが、自分たちの大切な居場所。
胸の中でそっと呟く。
――ただいま。




