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半妖の黙示録ー契約の成れの果てー  作者: くろあげは。
第8章 タイムリミット
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第80話 父親の顔

赫焉は弱々しく息を繰り返しながら、ゆっくりと右手を持ち上げた。


震える指先を、砕け散った鏡へとかざす。


「……」


その瞬間、床一面に散らばっていた鏡の破片が、淡い光を放ちながら宙へと舞い上がる。


一つ、また一つと光の粒へ姿を変え、まるで時を巻き戻すように集まっていく。


やがて眩い光が玉座の間を包み込み、一枚の大きな鏡が姿を現した。


ひび一つない、美しい鏡。


紬はその鏡を見つめ、目を見開く。


「……!」


鏡に映っていたのは、この城ではない。


青く穏やかな海、どこまでも広がる水平線。


紬はその景色を知っていた。


「赫焉……もしかして……」


赫焉は答えなかったが、ただ小さく微笑む。


その笑みと同時に、赫焉の身体を包んでいた妖氣は、風に溶けるように消えていった。


「……っ……」


力が抜け、その場へ静かに倒れ込む。


「親父!」


紅蓮は慌てて駆け寄り、その身体を抱き起こした。


「親父!……親父!」


何度も呼びかける。


赫焉は薄く目を開き、困ったように笑った。


「……そんなに……大きい声を……出すでない…」


掠れた声でも、その声は確かに紅蓮へ届いた。


「紅蓮……聞こえて……おる……」


震える右手が持ち上がり、そっと紅蓮の頬へ触れた。


その温もりに、紅蓮の瞳から涙が零れ落ちる。


紬は静かに赫焉の傍へ膝をついた。


赫焉は紬を見つめ、小さく息を吐くと、


「……すまなかったな……娘よ……」


紬は首を横に振る。


赫焉は鏡へ視線を向け、


「こんな形でしか……お前達を……帰してやれんのだ……」


紬は優しく微笑んだ。


「ありがとう、赫焉」


その一言に、赫焉の瞳が揺れる。


「……良かったね」


紬が紅蓮を見つめると、


「紅蓮に会えて……」


赫焉の頬を、一筋の涙が伝う。


「あぁ……」


空を見上げるように目を細め、


「我はやっと……」


震える唇が動く。


「雪の所へ……行けるようだ……」


その表情は、とても穏やかだった。


赫焉はゆっくりと紅蓮へ手を伸ばし、震える指先が二本の角へ優しく触れた。


「……立派になったな……」


何度も何度も愛おしそうに撫でる。


「逞しいぞ……」


紅蓮は唇を噛み締め、涙を堪える。


その時、城全体が激しく揺れ始めた。


天井から瓦礫が降り注ぎ、壁は音を立てて崩れ始める。


紬は紅蓮の手をぎゅっと握ると、


「……行こう、紅蓮」


紅蓮は立ち上がり、赫焉を見つめて精一杯笑った。


「……親父」


赫焉も静かに見つめ返す。


「ありがとう」


紅蓮は涙を拭う。


「俺を、守ってくれて」


幼い頃には分からなかった父の想い。


今なら分かる。


全部、自分を守るためだった。


「後は……」


紅蓮は少し照れくさそうに笑い、


「母さんと、ゆっくりしてくれよ」


赫焉は小さく頷いた。


その笑顔だけで十分だった。


紬は鏡の前へ立ち、振り返ると深く頭を下げた。


「……安らかに、赫焉」

そして鏡の中へ足を踏み入れる。


紅蓮は最後にもう一度だけ父を見て、


「……親父と母さんの息子で、良かったよ」


そう言い残し、紅蓮も鏡へ飛び込んだ。


2人の姿は静かに消え、赫焉はしばらく鏡を見つめていた。


やがて震える右手を再び持ち上げると、鏡へそっと手をかざした。


鏡に映し出されたのは、城の外へ続く長い階段で、そこには倒れたままの透と玲がいた。


赫焉は2人を静かに見つめる。


「……2人も……帰してやらんとな……」


鏡から優しい光が溢れ出し、その光は透と玲を包み込み、2人の身体は淡い光となって空へ舞い上がった。


赫焉はその光景を見届けると、小さく微笑んだ。


「……ありがとう……」


その声は、誰へ向けられたものだったのか、誰にも分からない。


ただ、その瞳にはもう憎しみはなかった。


愛する妻と、愛する息子を想う父親の優しい眼差しだけが残っていたのだ。

「……ありがとう……紅蓮……」


その言葉を最後に、赫焉は静かに瞳を閉じる。


瞬く間に轟音と共に、城は崩れ落ち、何百年もの憎しみを抱え続けた妖王は、ようやく愛する者の待つ場所へと旅立っていった。


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