第78話 人間たちの大罪
乾いた音が、玉座の間に響いた。
赫焉と紅蓮の足元へ、一本の大きな角が転がる。
誰も、何が起きたのか理解できなかった。
赫焉は静かに自らの頭へ手を当てる。
あるはずの角が、ない。
斬り落とされた傷口から、鮮血が勢いよく吹き出した。
赫焉はゆっくりと顔を上げ、視線の先には、焔月を構えた紬が立っていた。
いつの間にか紅蓮は赫焉の手から解放され、数歩後ろへ下がっている。
紅い髪を揺らし、額には一本の鬼の角。
焔月からは、紅い妖氣が静かに立ち上っていた。
「……貴方は、紅蓮と話すつもりはないんでしょう?」
紬は赫焉を真っ直ぐ見つめる。
「こんなにも、紅蓮は貴方に寄り添おうとしているのに……」
赫焉は答えないが、拳だけが小さく震えていた。
「黙れ」
低く漏れる声。
「黙れ……」
赫焉は歯を食いしばる。
「黙れ黙れ黙れ黙れッ!!」
怒号と共に黒い妖氣が爆発し、玉座の間が激しく揺れる。
「俺は!!」
紅蓮が赫焉を見上げ、大声で叫ぶ。
「俺は親父を憎んでなんかいねぇよ!!」
赫焉の動きが止まり、
「俺は……理由が知りたかっただけなんだ……!」
震える拳を握り締める。
「何で俺を捨てたのか!何で母さんが死ななきゃいけなかったのか!何で親父が、こんな風になっちまったのか!」
紅蓮の涙が頬を伝い、
「俺は……親父を殺しに来たんじゃねぇ!」
その叫びは、玉座の間いっぱいに響いた。
紬は静かに赫焉を見つめ、大粒の涙を零した。
「……赫焉だって、寂しかったんだよね?」
赫焉の瞳が揺れる。
「愛する人を亡くして……」
一歩、また一歩と紬は踏み寄ろうとする。
「ほんとは、紅蓮とも離れたくなかったんじゃないの……?」
理解できなかった。
何故、この娘は泣いている。
自分の事でもないのに。
何故、自分を責めない。
何故、自分を理解しようとする。
「……やめろ」
赫焉は一歩後ずさり、
「黙れ……」
両耳を塞ぐ。
「……人間のお前に、何が分かる!!」
その叫びと共に、先程まで透と玲を映していた鏡が砕け散った。
無数の破片が宙を舞い、紬へ襲い掛かる。
「紬!」
紅蓮が叫ぶが、紬は動かなかった。
鋭い破片が頬を切り裂き、赤い血が流れる。
それでも、一歩も退かない。
「……紅蓮にも、被害がいくと思って」
紬は静かに言葉を紡ぐ。
「だから、紅蓮を捨てたんじゃないの……?」
赫焉は答えない、答えられない。
その沈黙こそが、答えだった。
紬はゆっくりと赫焉を見つめた。
「確かに……井戸水に毒を混ぜたのは、人間だよ」
赫焉の肩がぴくりと震え、紬は静かに頭を下げた。
「……本当に、ごめんなさい……」
玉座の間が静まり返り、赫焉には理解できなかった。
理解したくなかった。
何故、何故、人間が謝る。
何故、自分の罪でもないのに頭を下げる。
「……五月蝿い」
赫焉の声がぽつりと漏れ、
「五月蝿い……」
握った拳が震える。
「どいつもこいつも……」
黒い妖氣が身体中から溢れ出し、床が軋み、壁が悲鳴を上げる。
「我を馬鹿にしよって……!」
轟音と共に妖氣が爆発した。
斬り落とされた角の傷口が脈打ち、肉が蠢き、骨が軋み始める。
やがて、新たな角が姿を現した。
先程よりも太く、鋭く。
赫焉の口元が大きく裂け、獣のような牙が覗く。
瞳は黒く濁り、その身体から溢れる妖氣は城全体を揺るがした。
その姿は、もう妖王ではない。
憎しみに飲まれ、理性を失った一匹の怪物だった。
「……親父……」




