第76話 父と子
黒い巨大な扉が、重い音を立ててゆっくりと開いていく。
その隙間から溢れ出すのは、圧倒的な妖気だった。
2人は玉座の間へ足を踏み入れた。
天井は高く、黒い炎が壁に揺らめいている。
その奥の数段上がった玉座に、1人の男が座っていた。
紅蓮とは違い、両方の鬼の角が鋭く輝いている。
全ての元凶ーー赫焉。
その存在だけが、この空間の支配者だった。
「……来たか」
赫焉の視線は紬には向かず、ただ紅蓮だけを見ている。
紅蓮は一歩前に出ると、
「……てめぇか」
と、赫焉は小さくため息を吐く。
「我に対して、口のききかたがなっておらぬな」
ゆっくりと右手が上がり、軽く振られた。
「……っ!」
紅蓮の身体が沈み込み、膝が床へ叩き付けられ、玉座の間に重い音が響いた。
「がっ……!」
紬も同時に膝をつき、見えない圧力が全身を押し潰してくる。
「くっ……!」
立ち上がろうとしても、身体が動かず、呼吸すら重い。
赫焉はゆっくりと紬へ視線を向けた。
「こんな小娘など連れて、友達ごっこでもしておるか?」
次の瞬間、赫焉は右手を横に払う。
「きゃあっ!!」
紬の身体が吹き飛び、石壁へ激突したと思うと、鈍い音が響き、焔月が床へ転がった。
「紬!!」
紅蓮が叫ぶが、身体は動かない。
「くそっ……!」
壁にもたれた紬は咳き込みながら、それでも顔を上げる。
「……大丈夫……だから……お父さんと……話して……」
その言葉に、紅蓮はゆっくりと息を吐いた。
そして赫焉へ向き直る。
「……只今戻りました、父上」
玉座の間に静寂が落ち、赫焉は満足そうにその姿を見下ろした。
「そうだ、その姿だ」
ゆっくりと頬杖をつくと、
「それで」
冷たい瞳が細められる。
「何をしに戻って来た?」
紅蓮は真っ直ぐ赫焉を見上げ、
「……違う。俺は……聞きたい事があるから此処に来た」
拳を強く握り締める。
「……親父に会いに来たんだ」
赫焉はふっと笑い、
「ほう」
興味深そうに身を預ける。
「ならば申してみよ」
「一つだけだ。……何故」
声が震えるが、今更逃げてはならない。
「何故、俺を捨てた」
その言葉が、玉座の間に落ちた瞬間、赫焉はしばらく沈黙した。
そして――
「……その程度か」
小さく、笑う。
紅蓮の瞳が揺れ、赫焉はゆっくりと玉座から立ち上がった。
衣が床を擦る音が響き、階段を降りてくる。
その圧だけで空気が震える気がした。
「その程度の理由で、我の元へ来たのか」
紅蓮の前まで降り立つと、赫焉は見下ろしたまま続ける。
「その返答次第で、我を殺しにでも来たか?」
紅蓮は睨み返し、
「違う。俺は……ただ知りたいだけだ」
赫焉は一瞬だけ目を細め、静かに笑った。
「知る権利が、俺にはある」
紅蓮は一歩も引かない。
その言葉を聞いた赫焉は、ゆっくりと目を閉じる。
再び開いた瞳は、ほんのわずかに色を変えた。
「ならば……教えてやろう」
赫焉の口から語られる真実は、紅蓮の運命を大きく変えることになる――。




