第72話 もう一度、君に
階段に吹く風だけが、不気味な音を立てていた。
透と玲は並んで立つ。
その視線の先には、九本の尾を揺らす宵がいた。
「さて」
宵は優雅に微笑む。
「ここから先へは通しません。赫焉様は、お2人のような邪魔者を歓迎しておりませんので」
玲は刀を肩に担ぎ、小さく笑った。
「それは残念だな」
透も刀を構え、
「でも、歓迎されるために来たわけじゃないんだよね」
2人は同時に地面を蹴った。
階段が砕け散り、左右から挟み込むように、一気に宵へ迫る。
だが――、
「遅いですね」
九本の尾が大きく広がり、凄まじい妖気が爆発する。
「……っ!」
透が咄嗟に刀を前へ出し、玲も防御の姿勢を取る。
しかし、巨大な尾が2人をまとめて薙ぎ払った。
骨が軋む音が聞こえ、そして視界が反転する。
「ぐっ……!」
「くそっ……!」
2人の身体は階段を転がり落ちた。
石段を砕きながら何十段も吹き飛ばされる。
宵はそんな2人を、階段の上から見下ろしていた。
「教会の時より弱くなりましたか?」
透は刀を支えに立ち上がるが、口元から血が流れていた。
玲も隣で起き上がる。
左腕は既にまともに動かない。
それでも、2人は笑っていた。
「なかなか、手強いな」
玲が血を吐き捨て、透も苦笑した。
「正直、想像以上ですね」
その瞬間、宵が右手を上げる。
黒い妖気が空を覆い、
「じわじわと」
不気味な笑みを浮かべ、
「殺してあげますよ」
と、右手が振り下ろされる。
空が黒く染まり、妖力で作られた黒い槍が何百本も空を埋め尽くしている。
そして、雨のように降り注いだ。
石階段が次々と砕け散るが、槍の雨が止んだ時には、透と玲の姿はそこになかった。
「なに……?」
宵が眉をひそめる。
槍の雨を潜り抜けた2人が、既に目の前まで迫っていた。
『まずは一発だ!』
2人の拳が同時に、宵の顔面へめり込んだ。
宵の身体が吹き飛び、階段の上方へ一直線に飛んで行く。
何十段もの石段を砕きながら、轟音と共に土煙が舞った。
透は拳を振り、
「ふう」
と、玲も肩を回した。
「まだ足りないな」
土煙の奥で、宵がゆっくり立ち上がる。
頬は腫れ上がり、微笑みは消えていた。
「顔を殴りましたね」
「嫌だったかな?」
透が首を傾げると、玲は笑った。
「次はもっと強くいくぞ」
その瞬間、階段全体が震えた。
九本の尾が暴れ狂い、本当の戦いが始まった。
それからどれほどの時間が経ったのか、誰にも分からない。
石階段は崩壊し、辺りには巨大な裂傷が幾つも刻まれていた。
透の右腕は震えていて、肋骨は何本折れたか分からない。
玲も左足を引きずっているし、腹からの出血も酷い。
肩や、腹から流れる血で、隊服は真っ赤に染まっている。
だが、2人は倒れない。
宵も無傷ではなかった。
深紅の着物は破け、身体中から血が流れている。
そして九本あった尾は、既に六本になっていた。
「はぁ……はぁ……」
宵が荒い呼吸を漏らし、透はその様子を見て笑った。
「玲さん」
「なんだ」
「効いてますよ」
玲も笑い、
「当たり前だろ?」
と、刀を握り直す。
2人が再び駆け出すと、尾が振るわれる。
何度振り落とされようが、立ち上がる。
何度も、何度も、その度に尾は切り落とされていった。
そしてついに、最後の一本になる。
「がぁぁぁぁぁぁっ!!」
宵は残された尾を振り回し、周囲の石階段を破壊した。
透も玲も満身創痍で、立っていること自体が奇跡。
それでも、宵はここで終わらせる。
その想いだけで身体を動かしていた。
「玲さん!」
透が叫ぶと、玲は小さく笑った。
「任せろ!」
ここからは、自分の役目だ。
玲は最後の力を振り絞り、宵へ飛び込んだ。
「なっ――」
宵の目が見開かれたのと同時に、玲の刀が最後の尾へ突き刺さった。
尾ごと石階段へ深々と縫い付ける。
「離せええええ!」
宵が絶叫した。
玲は刀を両手で握り締め、血だらけの顔で笑った。
「人間……ごときが……!」
宵は玲の頭を掴み、頭がい骨が軋む。
それでも玲は刀を離さそうとはしなかった。
むしろ、この状態でも笑っていた。
「透!!」
玲が肺が裂けそうなほど叫ぶと、
「今だ!!」
透は地面を蹴った。
宵は気付かなかった。
玲に気を取られていたせいで、死角から透が飛び込んでいることに。
大好きな紬の顔が、仲間達の顔が、帰りを待っている人達の顔が浮かぶ。
「ここで――」
透が刀を振り上げ、
「終わりだ!!」
世界が白く染まった。
途端に宵の首が宙を舞い、宵の瞳が揺れた。
信じられない、そんな表情だった。
首が石段を転がり落ち、身体が崩れ始める。
九尾の妖、宵をやっと討伐した。
透は消えていく宵を見つめながら、刀を支えに立っていた。
玲もその場に膝をついている。
2人とも息を切らしていた。
その時、消えゆく宵の口元が僅かに動く。
「あぁ……小鳥さん……」
最後まで、紬を思っていた。
宵の身体は光の粒となり、風の中へ消えていく。
透はゆっくりと赫焉の城を見上げ、
「……行かないと……」
と、小さく呟く。
玲もふっと笑った。
「あぁ……2人が……待ってる……」
2人は赫焉の城へ続く長い階段の、その先を見つめながら、その場に倒れ込んだ。




