第68話 《夜叉》のリーダー、恋人には負ける
透と紬は公園を後にした。
向かう先は、あの海岸。
紬にとって苦い思い出の残る場所だった。
だが今は立ち止まっている暇などない。
海岸へ到着すると、既に《夜叉》の隊員達が集結していた。
誰もが険しい表情で海を見つめている。
その中心には紅蓮と玲の姿もあった。
「透」
玲が振り返り、その顔を見た瞬間、透も状況が深刻だと理解した。
海へ視線を向けると、
「これは……」
昨日まで小さな亀裂だった場所には今、巨大な裂け目が生まれつつあった。
黒い亀裂は海面を引き裂きながら広がっている。
光すら吸い込むような闇が広がる穴が出来そうだ。
「……塞ぐ方法は無いんですかね……」
紬が不安そうに呟くが、誰も答えられない。
すると、不気味な叫び声が穴の向こうから響いた。
全員が身構えると、巨大な爪が穴の縁へ食い込んだ。
穴が広がっていき、
「来るぞ!」
紅蓮が叫ぶ。
巨大な獣が、向こう側から無理やり世界をこじ開けようとしている。
穴が完全に開いてしまい、真紅の巨体が飛び出す。
巨大な翼に、鋭い牙、黄金の瞳を持ち、赤い鱗が輝いていた。
「……ドラゴンって……」
紬は呆然と呟いた。
絵本の中でしか見たことのない存在、それが現実に空を飛んでいるのだ。
ドラゴンは海岸の上空を旋回し、黄金の瞳が《夜叉》を捉えた。
叫び声で、空気が震え、海が揺れる。
ドラゴンが大きく口を開いた。
「伏せろ!」
透が叫ぶと同時に、灼熱の炎が吐き出された。
炎で砂浜が焼け、岩が溶ける。
隊員達が飛び退くが、
「熱っ!」
「うわぁぁ!」
炎が海岸を薙ぎ払った。
だが透は冷静だった。
ドラゴンの飛行速度、炎の射程、隊員達の配置。
全てを見て、即座に判断した。
「攻撃手段を変えよう」
透は右手を上げ、
「……銃の使用を許可する」
と、隊員達に緊張が走る。
《夜叉》が銃を本格的に使用するのは異例だった。
だが相手は空を飛ぶわけで、刀だけでは厳しい。
「射撃班、前へ!」
隊員達が動き、特殊弾が装填される。
銃口が一斉に空へ向けられた。
ドラゴンはなおも、余裕そうに旋回している。
「リーダー!準備出来ました!」
透は頷くと、静かに手を振り下ろした。
「……放て!」
銃声が轟き、無数の弾丸が空へ向かう。
ドラゴンは翼を羽ばたかせた。
「なっ!?」
弾丸が一発も当たらない。
まるで全て見えているかのように避けていく。
「速すぎる……」
「全部避けてるぞ!」
隊員達に焦りが走が、透は叫んだ。
「諦めるな!」
その一言だけで隊員達の顔が上がる。
「次、行こう!」
透は玲へ視線を向け、
「玲さん」
「あぁ」
「合図をお願いします」
そして透が刀を抜くと、銀色の刃が朝日に輝いた。
「……僕が、あいつの注意を引きます」
玲の目が細まる。
危険な役目だが、透はもう決めているようだ。
玲は頷き、
「任せろ」
そして隊員達へ振り返る。
「みな!次の準備はいいか!」
「はい!」
隊員達が叫ぶと、透は誰よりも前へ出た。
ドラゴンの瞳が透を捉え、透も見上げる。
視線が交差し、
「……お前なんかに負けてたら」
刀を構える。
「赫焉を倒せない……!」
透は真っ直ぐ、ドラゴンに向かって走り出した。
ドラゴンも降下を開始し、巨大な影と共に迫ってくる。
だが透は怯むこと無く加速し、
「今だ!」
玲の声が響く。
「放て!」
再び銃声が響き、ドラゴンは弾丸を避けながらも透を狙う。
あと数秒ーーー。
紬は息を呑んだ。
「透さん……!」
巨大な砂煙が海岸を覆い、何も見えなくなった。
誰も動けない。
紬は思わず目を閉じる。
やがて風が吹き、砂煙が晴れると、そこにいたのは倒れたドラゴンだった。
「やったのか……?」
誰かが呟くが、肝心の透の姿がない。
「……透?」
紅蓮の表情が曇り、玲も黙り込んでしまう。
紬の顔から血の気が引いた。
その時、ドラゴンの腹辺りから音が聞こえ、腹が裂けた。
鮮血が飛び散り、裂けた腹の中から、1人の人影が現れる。
血まみれになった透だった。
「透さん!」
肩で息をしながら、それでも立っていた。
ドラゴンが迫った瞬間、透は真正面から飛び込みそのまま口の中へ。
外から斬れないなら、内側から斬ってしまおう。
そんな無茶な方法を選んだのだ。
透は刀の血を払い、鞘へ収めた。
「……ふぅ」
小さく息を吐くと、
「ドラゴンなんて初めて斬ったよ」
隊員達が固まっていた。
紅蓮が額を押さえ、
「お前なぁ……」
と、玲も呆れている。
しかし、誰よりも怒っている人物が居た。
「透さん!!」
紬は全力で透に駆け寄り、透の胸へグーパンチをおみまいする。
「いった」
「な、なんて無茶な事するんですか!」
「ご、ごめん……」
もう一発、グーパンチが入る。
「ごめんじゃないです!死んじゃったかと思ったんですよ!」
透は完全に困惑していた。
ドラゴンを倒したのに、何故こんなに怒られているのか分からない。
見かねた玲が肩を竦め、
「お前は1人で無茶しすぎた」
「あ……」
ようやく理解した。
透は少しだけ目を丸くし、紬を見る。
涙を堪えている。
本気で心配していたらしい。
透は困ったように笑い、紬の肩を掴く。
「紬……」
「怒ってます」
「うん……ごめんね……?」
「すごく怒ってますからね」
「うん……」
透はしょんぼりしたと思ったら、突然紬の額へ口付けた。
「!?」
紬が固まる。
いや、その場に居る全然が固まった。
透は真面目な顔で、
「ごめんね……?許してくれる……?」
と、紬の顔を覗き込む。
海岸に波の音だけが響く中、隊員達の心の声は一つだった。
(……一応、戦場なんですけど)
紅蓮が盛大に吹き出した。
「はははははっ!!」
腹を抱えて笑っている。
「ドラゴンには勝てても、紬には勝てねえか!」
玲も苦笑した。
紬は顔を真っ赤にして俯いていて、怒るに怒れなくなってしまった。
透は本気で謝っているのだから。
そして《夜叉》の隊員達は知ることになる。
リーダーにも勝てない相手がいることを。




