第67話 約束の手土産
朝の柔らかな陽射しが、公園の木々を照らしていた。
「いい朝だね」
透が空を見上げながら呟く。
紬も同じように空を見上げた。
「はい」
少し冷たい風が頬を撫でる。
休日の朝は静かだった。
いつもなら学生達が行き交う道も、今は人影が少なく、穏やかな時間だった。
まるで世界の危機など存在しないかのように。
「……良かったです」
紬はぽつりと呟く。
「お母さんもお父さんも、顔が見れて」
昨日の夜、母親と一緒に眠ったこと、父親の不器用な優しさ。
全部が温かい思い出になっていた。
透は優しく微笑み、
「うん」
と短い返事だけど、その一言に色んな感情が込められていた。
本当は友達にも会いたかった。
学校のみんなにも。
でも休日だから仕方ない。
すると透がふと考え込むように言った。
「友達にも会えたら良かったんだけど」
紬は首を傾げるが、
「え?」
「休日だから学校もないんだよね……」
透は真面目な顔だった。
紬は思わず笑ってしまう。
透は最後まで紬のことを考えている。
自分のことではなく、紬が後悔しないかを。
「透さん、らしいです」
「そうかな?」
紬は少しだけ透の肩へ寄りかかり、
「大丈夫です」
と、優しく微笑む。
「友達には、また会えますから」
透は小さく頷いた。
その時、静かな公園に着信音が響く。
透がスマートフォンを取り出し、画面を確認した瞬間、表情が変わった。
その顔を見ただけで、紬は悟った。
赫焉は待ってくれない、ついにこの時が来てしまったのだと。
透はすぐに通話ボタンを押し、
「はい、透です」
電話の向こうから焦った声が響いた。
『り、リーダー!亀裂が広がって、穴が開きそうです!』
隊員の焦った声は紬まで聞こえ、紬の背筋が冷える。
透は落ち着いた声で、
「大丈夫。落ち着いて」
伝えると、それだけで隊員の声も少し落ち着いたようだ。
「……今から僕も、紬ちゃんと行くから」
透は空を見上げる。
どこまでも澄んだ青い空なのに、その向こうでは世界が壊れ始めている。
「全員出動してくれ」
『了解です!』
通話が切れるが、もう先程までの穏やかさはなかった。
透はスマートフォンを握り締める。
帰って来られる保証のない戦いが始まってしまう。
すると、隣で紬が立ち上がった。
透が顔を上げると、紬は真っ直ぐ前を見ていた。
もう迷いはない。
昨日までの不安も、家族と離れる寂しさも、全部抱えたまま。
それでも前へ進む覚悟を決めていた。
「……行きましょう」
透を見ると、紬は少しだけ笑った。
「リーダー」
家族と過ごした時間、母親の温もり、父親の言葉。
それらが紬の背中を押してくれたのだろう。
透もゆっくり立ち上がり、微笑んだ。
「うん」
差し出される手を、紬は迷わず握る。
温かい。
その温もりを確かめるように、2人は歩き出した。
向かう先は、あの海岸。
透は昨夜、約束した。
次に家へお邪魔する時は、イチゴショートケーキと、餅入りどら焼きを持って行くと。
それはただの手土産じゃなく、必ず帰るという約束だった。
大切な人達の元へ、愛する人を待つ、あの場所へ。
朝日に照らされながら、それぞれの想いを胸に抱いて、戦地へ向かった。




