第57話 偽りの結婚式
教会まで透と玲、紅蓮の3人は森の奥を駆けていた。
《夜叉》の隊員達が特級の妖を引き受けてくれたおかげで、進む速度は格段に上がっている。
早く、一秒でも早く、紬の元へ行きたい。
透は拳を握り締めた。
その時、ぞわり、と背筋を撫でるような妖気が森に広がる。
玲が足を止め、
「あれは……」
紅蓮も表情を消す。
「おいおい、冗談だろ」
木々の奥から、何かを引きずる音が聞こえた。
ずるり、ずるりーーー。
透は息を呑む。
そして現れた姿を見て、言葉を失った。
「……そんな」
そこにいたのは、あの時逃げてしまった漆黒だった。
いや、白夜もいる。
そのどちらでもあり、そのどちらでもない。
身体の右半分は漆黒で、左半分は白夜だ。
無理やり繋ぎ合わせたような肉体は、傷口に黒い影が蠢き続けている。
「イタイ……」
白夜の声で、泣いている。
「イタイヨ……」
その隣で、漆黒が苦しそうに白夜を見る。
「……ビャクヤ……スマナイ……」
黒い影が身体を蝕む。
「ゴメンナ……」
白夜は首を振り、
「シッコク……」
ぽろぽろと涙が零れた。
「タスケテ……」
透は奥歯を噛み締め、玲の表情も険しい。
紅蓮は露骨に顔を歪めた。
「……クソ野郎が」
宵、あの男は死者すら休ませない。
透は刀を抜き、
「僕が……」
一歩前へ出る。
だが、ふいに肩を叩かれた。
振り返ると、紅蓮だった。
「ここは俺らに任せろ」
「紅蓮……?」
紅蓮は前を向いたまま笑う。
「こういう後始末は脇役の仕事だろ?」
炎が腕に灯り、玲も隣へ並んだ。
「でも……」
「透は、自分の花嫁を迎えに行くんだ」
透が固まってしまい、
「れ、玲さん……!」
紅蓮が吹き出した。
「ははっ!お前そんなこと言えるんだな!」
「事実だろう?」
玲は真顔だった。
透の顔が赤くなり、2人とも笑っていた。
透を前へ進ませるために、紬を取り返しに。
透は二人を見る。
信頼できる仲間達に、教会で待つ大切な人。
「……お願いします」
深く頭を下げると、玲が頷いた。
紅蓮はひらひらと手を振ると、
「さっさと行け」
透は走り出した。
もう振り返らない。
必ず、紬を連れて帰るために。
その背中を見送りながら、玲がぽつりと呟く。
「……私も結婚出来るだろうか」
「は?」
「透を見ていたら少し気になってな」
「なんで今なんだよ」
紅蓮は呆れたように頭を掻く。
「結婚って良いものなのか?」
「知らねぇよ」
「まず、相手が居ないからな」
玲は少し考え、
「透は幸せそうだな」
「まぁな」
「紬ちゃんも嬉しそうだった」
「うん。あいつは透に出会ってから、笑うようになったな」
「なら、良いものなのかもしれん」
紅蓮は思わず笑った。
「お前、案外ロマンチストだな」
「どういう意味だ?」
玲は真面目に話しているのだろう、真顔だった。
紅蓮は肩を震わせ、
「面白ぇ奴だな、お前」
と、漆黒と白夜が苦しそうに喚き出した。
2人の表情から笑みが消え、玲は刀の柄を握り直す。
「さて、雑談は終わりだな」
「ああ」
玲が静かに呟き、
「今度こそ、解放してやるからな」
森に紅蓮の炎が灯った。
古い教会に並ぶ、木製の長椅子。
祭壇の奥には、頭部の欠けた女神像が立っていた。
かつて人々が祈りを捧げていた神聖な場所。
だが今そこにあるのは、歪んだ執着だけだった。
祭壇の上で、紬は静かに眠っていた。
胸元で重ねられた両手は、まるで眠り姫のようだった。
だが、その手には1本の短刀が握られている。
禍々しい妖気が、生き物のように蠢いていた。
宵は祭壇の傍らに立ち、その姿を見つめている。
満足そうに、愛おしそうに、純白のベールを手に取る。
そして、眠る紬の顔へそっと被せた。
「あぁ……本当に美しい」
紬の頬に触れ、
「可哀想に」
嬉しそうに囁いた。
「貴女はこれで、ワタクシのように妖になってしまう」
短刀の妖気が脈打つ。
妖気が、紬の身体へ侵食しようとしていた。
宵は目を細める。
「そうすれば、誰も貴女を奪えない。ずっと一緒ですよ」
狂気で満ち溢れていた。
教会の扉が勢いよく開き、風が吹き込む。
宵がゆっくり振り返った先に立っていたのは、透だった。
肩で息をしながらも、真っ直ぐ祭壇を見つめている。
祭壇の上の紬を確認した途端、透の瞳が揺れた。
怒りだけが残り、刀を抜く。
切っ先を真っ直ぐ宵へ向け、
「……宵」
優しさも、余裕もない、燃えるような怒りだけを込める。
「お遊びは、ここまでだ」
宵はゆっくりと笑い、まるで待ち望んでいた客人を迎えるように、
「ようこそ」
口角が吊り上がる。
「ワタクシ達の、結婚式へ」
偽りの結婚式が、始まってしまう前に。




