第56話 眠る花嫁のもとへ
町外れの森は、昼間だというのに薄暗く、不気味な静寂に包まれていた。
だが今日は違う。
妖の咆哮に、爆発音。
森全体が戦場と化していた。
「くっ……!」
隊員の1人が吹き飛ばされ、別の隊員が飛び出した。
「下がれ!」
刀が振るわれ、妖の腕が切り落とされる。
だが妖は止まらず、勢いを増していた。
「なっ……!?」
隊員の顔が引きつった。
いつもなら倒せるはずだった。
それなのに、傷を負いながらも妖は立ち上がる。
まるで痛みを感じていないように。
「気を付けろ!」
玲が妖の首を斬り飛ばしながら、周囲へ視線を走らせた。
「今までの妖とは別物だ!」
紅蓮の炎が森を焼き、数体の妖が炎に飲み込まれる。
それでも、
「チッ……!」
燃えながらも、襲い掛かってくるのだ。
普通ではない、明らかに異常だった。
透も刀を握り締める。
妖の瞳のその奥で、黒い影が蠢いていた。
「宵……!」
宵の妖力で、強化されてしまった妖が、沢山出現していた。
赫焉の右腕の宵のせいで、今までの妖とは比べ物にならない程、強くなってしまっていたのだ。
そして何より、こいつらは透達を倒すためにいるんじゃない。
単なる足止めの為だけに、この妖達はーー。
「僕達を教会に行かせたくないんだね」
紅蓮が鼻を鳴らし、
「そんなの、分かってる」
妖を蹴り飛ばす。
「趣味の悪い歓迎って訳か」
「リーダー!」
隊員の声が響き、透が振り返ると、傷だらけの隊員が透に近付いてきた。
傷だらけでも、笑っている。
「早く行ってください!」
「ここは俺達に任せて!」
所々で、隊員の声が響く。
「でも……!」
「でもじゃありません!」
妖へ向かいながら、別の隊員が叫んだ。
「紬ちゃんを助けるんでしょう!?」
さらに別の隊員も続く。
「俺達だって《夜叉》です!仲間くらい守れます!」
透は言葉を失った。
隊員達は恐れていない、怖くない訳じゃない。
それでも仲間のためな戦っている。
「リーダー」
女性隊員が前へ出る。
紬とよく訓練していた隊員だった。
一緒に食事をして、一緒に笑って、妹のように可愛がっていた。
紬が攫われたあの日、透の胸ぐらを掴んだ隊員でもある。
彼女は刀の柄を握りながら透を見たが、
「……次」
少し怒ったような顔をしていた。
「次、紬ちゃんを泣かせたりしたら」
そんな表情に、透は息を呑む。
女性隊員は真っ直ぐ、
「私、許しませんから」
と、彼女は小さく笑った。
「だから、早く行ってあげてください」
透の胸が熱くなる。
まだきっと怒っている、紬も助け出していない。
それでも、仲間達は信じてくれている。
透は拳を握った。
「みんな……」
そして振り返り、
「……紅蓮」
紅蓮がニヤリと笑う。
「おう。任せとけ」
「玲さん」
玲も静かに頷いた。
「ああ。早く行かないとな」
森の奥に、紬が待っている古い教会がある。
そして、
「行こう……!」
3人は駆け出した。
背後では、《夜叉》の隊員達が妖の群れへ向かっていく。
「リーダー!」
「絶対連れて帰ってきてください!」
「紬ちゃんをよろしくお願いします!」
3人を応援する声が響く。
必ず、必ず、連れ戻す。
そう心に誓いながら。
古い教会の二階で、紬は窓辺に立っていた。
相変わらず手首には鎖が繋がれていて、自由はない。
それでも視線は森へ向けられていた。
遠くから聞こえる妖の咆哮に、地面を揺らす程の振動。
透達が近くまで来ている。
玲も、紅蓮も、《夜叉》のみんなも全部自分のために戦ってくれている。
紬は唇を噛み締めた。
「全部。全部、貴女の為に、あの人達は戦っているんですよ?」
そこにいたのは宵だった。
その姿に紬は眉をひそめる。
黒いスーツに、整えられた髪。
まるで花婿のような格好だった。
宵は楽しそうに微笑む。
「……滑稽ですね」
紬の瞳に怒りが宿り、
「私は……貴方みたいな卑劣な奴とは……。」
穴が空いてしまいそうなくらい、睨み付ける。
「結婚しない……!」
宵はしばらく黙っていたが、小さくため息を吐く。
「貴女はまだ抵抗なさるんですか?」
紬は即座に答えた。
「当たり前でしょ」
だが次の瞬間、視界が揺れ始める。
「……え……?」
身体に力が入らない、頭が重い、段々と瞼が落ちていく。
「何を……したの……」
ふらりと身体が傾き、宵は静かに見つめていた。
「透……先輩……」
紬はもう、意識を保てなかった。
身体が前へ倒れ、優しく宵が受け止めた。
眠ってしまった紬を、まるで宝石を扱うように丁寧に抱き上げる。
けれど、そこに愛はない。
ただの執着、ただの所有欲でしかない。
宵は眠る紬を見下ろした。
「貴女は少しお喋りです。彼らが来るまで、眠っていてください」
窓の外では、今も戦いが続いている。
教会へ向かう3人を待ち続ける紬。
舞台は整った。
決戦の幕が、ゆっくりと上がろうとしていた。




