第52話 会いたい
紬が攫われてから3日、《夜叉》の施設では、以前とは違う空気が流れていた。
誰も諦めていない、誰一人として。
だからこそ隊員達は、以前にも増して訓練に打ち込んでいた。
その中心にいるのは玲だった。
「まだだ」
鋭い声が訓練場に響く。
玲は額に汗を浮かべながら、ずっと刀を振るっている。
その瞳には、確かな光が宿っていた。
「玲さん、少し休んでください!」
隊員の声が飛ぶが、玲は首を横に振った。
「休んでいる時間はない」
刀を握る手に力が入る。
脳裏に浮かぶのは一人の少女。
自分を庇い、命懸けで助けてくれた少女。
「紬ちゃん……」
小さく呟き、そして刀を構え直した。
「今度は私が助ける」
その決意だけが玲を動かしていた。
少し離れた場所では、紅蓮もまた訓練を続けていた。
「おらぁっ!」
振るわれた木刀が訓練用の的を真っ二つに砕く。
隊員達が驚きの声を上げる。
だが紅蓮は満足そうな顔をしない。
「まだ足りねぇ」
紬を助けるためには、もっと強くならなければならない。
「待ってろよ」
紅蓮は木刀を肩に担ぐ。
「絶対連れ戻してやるからな」
その言葉は遠くにいる紬に届くのだろうか。
その頃、《夜叉》の施設の管制室では、薄暗い部屋の中で、透は1人モニターを見つめていた。
机の上には大量の資料が広がっている。
妖の出現記録に、古い地図、過去の事件資料。
宵に関する断片的な記録を、透は片っ端から調べていた。
時計を見ると、午前四時。
だが気にする様子はない。
「違う……」
資料を閉じ、また別の資料を開く。
「ここでもない」
もう三日も経っているのに、紬の居場所は分からない。
「紬ちゃん……」
ぽつりと呟くが、大切な人からの返事はない。
当然だ。
それでも胸が締め付けられる。
脳裏に浮かぶ。
『僕と一緒じゃなくちゃダメ』
『もう絶対、君を傷付けさせない』
自分で言った言葉なのに、守れなかった。
透は机の上の指輪を手に取る。
あの日、紬が消えた場所に落ちていた指輪。
指先でそっと撫でる。
「ごめん……守れなかった……」
唇を噛み、静かに目を閉じた。
「でも」
指輪を強く握る。
「必ず迎えに行く」
その時だった。
「透。入るぞ?」
後ろから声が聞こえ、振り返ると玲が立っていた。
「玲さん」
玲は透の顔を見るなり眉をひそめる。
「寝ていないだろう?」
「寝ています」
即答だった。
だが目の下には隈が浮かんでいる。
玲はため息を吐いた。
「嘘が下手だな」
すると扉が開き、
「やっぱりここか」
と、紅蓮が入ってきた。
「お前、また徹夜しただろ」
透は視線を逸らした。
「お前なぁ……」
紅蓮が呆れたように頭を掻く。
「リーダーだからって全部背負うなよ。お前は悪くないんだ」
透は苦笑した。
「全部……か……」
「じゃあ何だ」
透は少しだけ俯き、
「待っていられないんだ」
と、その声は弱々しかった。
「時間が経つほど不安になる」
透は拳を握った。
「紬ちゃんが今どうしているのか、無事なのか、泣いていないか」
声が震える。
「怖いんだよ……」
透は静かに言った。
「見つからなかったらどうしよう。間に合わなかったらどうしようって……」
管制室に沈黙が落ち、やがて玲が口を開いた。
「透。……次は私が助ける」
透が顔を上げると、玲の瞳は真っ直ぐ決意で光り輝いていた。
「紬ちゃんは私を助けてくれた。だから今度は私が、紬を助ける」
紅蓮も腕を組む。
「俺もいるだろ?紬を助けるのはお前だけじゃねぇ」
透は2人を見つめる。
1人じゃない。
その事実が少しだけ胸を軽くした。
「……ありがとう」
久しぶりに笑みが零れた。
一方その頃、紬は冷たい石床の上に寝転がっていた。
鳥籠の天井をぼんやり見上げる。
何日経ったのだろう。
分からないが、食事は運ばれてくる。
何故か眠気は襲ってきて、こんな所でも眠ってしまう。
それだけだった。
「……皆、何してるかな」
皆に会いたい、声が聞きたい、顔が見たい。
だけど、助けに来てほしくない。
危険な目に遭ってほしくない。
そんな矛盾した気持ちが胸を締め付ける。
「……会いたいな」
小さく零れた本音だった。
此処にいると、弱気になる。
寂しくなるし、泣きたくなる。
だから紬はぎゅっと拳を握った。
「随分と寂しそうですね」
不意に聞こえた声に、紬は顔を上げる。
鳥籠の前に立っていたのは宵だった。
相変わらず穏やかな笑みを浮かべている。
「……何の用?」
「ご挨拶ですよ」
宵は楽しそうに微笑み、ポケットから鍵を取り出した。
「少し散歩でもしますか?」
鍵穴に差し込まれる音が響く。
「ああ、もちろん」
宵は微笑んだまま続け、
「変な動きをすれば」
カチリと鍵が回る。
「あの方達がどうなるか、分かりますよね?」
紬の表情が強張る。
3人の顔が脳裏に浮かぶ。
「……ほんと、最低……」
「よく言われますね」
宵が平然と答え、ゆっくりと鳥籠の扉が開く。
「さあ」
宵が手を差し出す。
まるで姫を迎えに来た王子のように。
だが紬には悪魔にしか見えなかった。
「誰が行くか……」
そう言いながらも紬は、仲間達を守るために、その鳥籠から一歩を踏み出した。




