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半妖の黙示録ー契約の成れの果てー  作者: くろあげは。
第6章 私を探さないでーーー
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第51話 囚われの小鳥さん

また、あの暗闇だった。


どこまでも続く、果てのない闇。


上も下も分からない。


音も無く、ただ静寂だけが広がっている。


紬はゆっくりと周囲を見渡した。


「……あれ?」


自分が何をしていたのか思い出せない。


胸の奥だけが妙にざわついていた。


何か大切なことがあった気がする。


何かを忘れている気がする。


「私……何してたっけ……」


首を傾げた、その時だった。


『紬ちゃん』


優しい、聞き慣れた声がして、紬は勢いよく振り返った。


「透先輩!」


姿は見えない。


それでも確かに聞こえた。


「透先輩!どこですか!?」


声のする方へ駆け出そうとした瞬間、記憶が蘇る。


何かを企んでいる宵、自分の事を思い出してくれたかもしれない玲、いつも大切にしてくれる透。ぶっきらぼうだけど優しい紅蓮。


そして――。


『貴方の大切な紬さん。お借りしますね』


「……っ!……行かないと……!」


皆のところへ帰らないと。


足を踏み出そうとした時だった。


『ううん』


透の声がまた、聞こえた。


優しくて、だけどどこか寂しい声。


『もういいんだよ』


紬が立ち止まる。


『もう何もしなくていいんだ』


「え……?」


『さよなら、紬ちゃん』


声が遠ざかっていき、どんどん遠く聞こえなくなっていく。


「待って!」


紬は必死に手を伸ばしたが、


「透先輩!行かないで!」


それでも声は消えていく。


「透先輩!!」


叫んだ瞬間、紬は目を覚ました。


「っ!」


勢いよく身体を起こす。


荒い呼吸で、額は汗ばんでいる。


激しく脈打つ心臓が、妙に痛い。


「はぁ……はぁ……」


夢、で良かった。


そう理解しても胸が苦しい。


紬はゆっくり周囲を見渡し、言葉を失う。


「……ここは……?」


そこは見た事の無い、ただの広い空間だった。


だが異様で、黒い鉄格子に、天井まで伸びる柱が不気味だ。


まるで巨大な檻の中に居るようで。


「鳥籠……?」


本当に、鳥を閉じ込めるための籠なのかもしれない。


ただし、閉じ込められているのは自分だった。


「え……?」


ふと、冷たい感触に視線を落とす。


両手首、両足首には銀色の鎖が巻かれ、鳥籠の柱へと繋がれていた。


これは……逃げられない。


「何これ……」


紬は顔をしかめた。


そして、もう一つの違和感に気付く。


「あれ……?」


隊服でも、制服でもなく、見慣れない服を着ていた。


白を基調とした柔らかなワンピースは、レースの付いた袖で、ふわりと広がるスカートが可愛らしい。


まるで物語に出てくるお姫様のような服だった。


「なっ……!?」


紬は慌てて裾を握る。


顔が青ざめる。


意識のない間に着替えさせられた。


「宵……!」


怒りが込み上げ、鳥籠を掴む。


鉄格子がガシャンと音を立てるが、開く様子はない。


「ふざけないで……!」


人形でもないのに、まるで着せ替え人形みたいな扱いだ。


「絶対に許さないんだから……」


唇を噛み締めたその時、どこかで扉の開く音が響いた。


ゆっくりと近付いてくる足音。


何処か、嬉しそうにも思える。


そして薄闇の中から現れたのは、会いたくもない宵だった。


「おはようございます。私の小鳥さん」


宵は穏やかな笑みを浮かべていた。


まるで旧友に挨拶でもするように。


その笑顔に、紬は嫌悪感を隠さない。


「……気持ち悪い」


宵は本当に不思議そうに、首を傾げた。


「何がです?」


「全部。全部気持ち悪い」


紬は汚い物でも見たかのような表情で、即答した。


「勝手に着替えさせて、閉じ込めて……!」


宵は少し考えるような仕草を見せる。


「ですが、その服はとても似合っていますよ。」


「そういう問題じゃない!」


紬は怒鳴った。


だが宵は楽しそうに微笑むだけだった。


まるで反抗する姿すら気に入っているかのように。


その笑顔が、紬には何より不気味だった。











《夜叉》の施設では、討伐へ向かっていた隊員達が続々と帰還していた。


施設内へ入った隊員達は、1人の女性の姿を見て足を止める。


「……え?」


信じられないものを見るように、誰かが呟いた。


「玲さん……?」


次の瞬間、歓声が上がった。


「玲さん!!」


「本当に玲さんだ!」


「帰ってきたんですか!?」


隊員達が一斉に玲の元へ駆け寄る。


泣きながら抱き付く者、笑う者、安堵する者。


失われていた日常が戻ってきたようだった。


「すまない……」


玲は申し訳なさそうに苦笑いをした。


「何してたんですかー!」


「心配したんですよ!」


久しぶりの笑顔が施設に広がる。


だが、1人の女性隊員が辺りを見回した。


「あれ?」


その子は、紬と仲の良かった隊員だった。


「リーダー?紬ちゃんは?」


その子の笑顔が消えていく。


「え……?」


透は俯いたまま、拳を強く握り締めている。


「リーダー……?」


「……紬ちゃんは……」


紅蓮が透の肩を優しく叩き、代わりに告げた。


「宵に攫われたんだ……」


あんなに喜んでいた歓声が消え、


「……え?」


女性隊員の顔から血の気が引いた。


「紬が、玲を元に戻した後だ……」


紅蓮も悔しそうに拳を握る。


「宵に連れて行かれた……」


誰も何も言えない。


「……嘘」


女性隊員の目に涙が浮かぶ。


「そんなの……嘘ですよ……」


透は何も言えない。


自分が守れなかった。


その事実だけが胸を締め付けていた。


「リーダー!!」


女性隊員が透の胸ぐらを掴んだ。


「何してるんですか!!」


涙が溢れている。


「紬ちゃんが大事なんでしょ!?」


透は抵抗しない。


「なのに……!……どうして守ってあげなかったんですか!!」


透は静かに目を閉じた。


脳裏に浮かぶ、


『もう絶対、君を傷付けさせない』


自分で言った言葉。


それなのに、守れなかった。


「……ごめん……」


「私じゃなくて……!」


女性隊員は泣きながら叫ぶ。


「紬ちゃんに謝ってくださいよ……!」


その言葉が、透の胸を深く抉った。


玲は唇を噛み締め、紅蓮も目を伏せた。


誰も責められない。


だけど、誰もが苦しかった。


《夜叉》は玲を取り戻した。


だがその代わりに。


皆の太陽のような少女を失ってしまったのだから。











その夜、透は誰もいない管制室で、一人だけモニターを見つめていた。


握り締めた手の中にはあの日、床に落ちていた指輪が、寂しそうに光っている。


「……待ってて。必ず迎えに行くから」


透の瞳に宿るのは、絶望ではない。


紬を取り戻すという、揺るぎない決意だった。


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