第5話 迫り来る"右腕"
刃と刃がぶつかり合う音が、夜の路地に響いていた。
火花が散り、空気が震える。
紅蓮と透の、二人の戦いは、既に常識の外にあった。
速すぎて、紬の目では、もう追いきれない。
「……っ」
ただ、立ち尽くすことしかできない。
その時、小さな電子音が、張り詰めた空気を裂いた。
透の動きが、一瞬だけ止まる。
紅蓮も距離を取り、互いに間合いを外し、様子を見る。
透は静かに懐へ手を入れ、小型の端末を取り出し、耳元に当てる。
「……透です」
声は落ち着いていて、戦闘の最中とは思えないほど、冷静だった。
『状況を報告しろ』
通信の向こうから、冷たい女の声が響く。
「対象と接触済みです」
透は淡々と答え、ちらりと紬を見る。
「ですが……少々手間取っています」
『中断しろ』
「……了解です」
ほんの一瞬の間の後、透は即座に応じる。
『新たな妖の発生を確認した。第三区画。すでに二名が応答なし』
紬の背筋に冷たいものが走る。
「……被害状況は?」
『不明。ただし、今回の妖は特級”と判断する』
この一言で、空気が変わり、透の目が鋭くなる。
「了解。すぐに向かいます」
通信が切れ、
「……悪いけど」
と、透が顔を上げる。
その目は、また優しさを取り戻していた。
「今日はここまでにするね」
「……え」
「任務が入ったんだ。優先順位は、そっちの方が上かな」
「……透先輩」
紬が名前を呼ぶと、透は微笑んだ。
「心配しなくていいよ。紬ちゃんのことは、またちゃんと話そう。次は――遠慮なくね」
優しいまま告げるが、それは確実に敵としてだった。
「次は逃がさないよ、紅蓮」
紅蓮が鼻で笑った。
「やれるもんならやってみろ」
突然、透の姿が消え、風だけが残る。
「……特級って、何」
「強い妖。昨日とは比べ物にならないくらい、な」
「……じゃあ透先輩、危ないんじゃ……」
「知るか」
だが、わずかに間があった。
「……まあ、死ぬようなタマじゃねぇ。《夜叉》の連中は、それなりに強い」
「……行く」
「は?」
「透先輩のところ」
「何考えてんだ」
「分かってる!…敵だってことも。でも……放っておけない。この世界が、どうなってるのか。自分が、どっち側なのかも」
「……勝手にしろ。死にかけても助けねぇぞ」
二人は走り出した。
夜の街を駆け抜け、やがて現場へ辿り着く。
そこには壊された建物に、抉れた地面。
そして――異様な空気が張り詰めていた。
「……なに、これ」
そこに、“それ”は立っていた。
人の形をしているが、人間ではない。
存在そのものが、空気を歪ませている。
月明かりが照らす。
赤い着物には白い彼岸花の柄があり、片眼鏡をかけた"それ"は、
「……ああ、なるほど」
と、ゆっくりと顔を上げる。
「これが、人間というものですか」
丁寧で落ち着いた声だが、その奥には冷たい何かがある。
「……つまらないですね」
身の危険を感じ、紬の背筋が凍る。
「てめぇ……」
紅蓮の警戒が滲み、その様子を見て“それ”は微かに笑った。
「おや、出来損ないの鬼までいらっしゃるとは」
紬の心臓が異様に高ぶっているのが分かる。
この妖は格が違いすぎる。
そしてその奥では、透が一人で対峙していた。
「……透先輩」
紬は、思わず名前を呼ぶ。
ふと“それ”が、ゆっくりと口を開いた。
「私は、宵と申します」
丁寧に、一礼するように。
だが、その所作すら不気味だった。
「君たち人間が、どのように抗うのか、見せていただきましょう」
戦いは次の段階へと進もうとしていた。




