第47話 光と闇
紬が目を覚ましてから、一ヶ月が経った。
あの日以来、赫焉は何も仕掛けて来ない。
宵も現れないし、《夜叉》が探し続けている玲もまた、どこにも見つからなかった。
もちろん諦めた訳ではなく、隊員総出で捜索を続けている。
目撃情報を集め、妖の反応を追い、何度も街を駆け回った。
だが、玲の足取りはまるで霧のように掴めないままだった。
それでも時間は流れ、紬の怪我も少しずつ回復し、《夜叉》には束の間の平穏が戻っていた。
昼休みになり、施設の食堂は賑やかな声に包まれていた。
隊員達が昼食を取りながら談笑している。
その一角で、紬は透と紅蓮、そして女性隊員達と昼食を楽しんでいた。
「ねえ、紬ちゃん」
スパゲティを食べながら女性隊員の一人が声を掛ける。
「ちょっとぐらい息抜きしたら?」
紬は苦笑した。
「でも……」
玲のことが頭をよぎる。
今もどこかで苦しんでいるかもしれない。
そう思うと、どうしても落ち着かなかった。
すると別の女性隊員が透を見る。
「ね? リーダー。少しくらい良いと思うんですけど」
透は微笑みながら頷いた。
「そうだね。ずっと気を張り続けるのも良くないよ」
その時、紅蓮がハンバーガーを頬張りながら口を開いた。
「息抜きも必要だろ」
そして何気なく続ける。
「透とデートでもしてきたらどうだ?」
「っ!?」
紬の肩が跳ね、聞いていた女性隊員達も一斉に吹き出す。
透も思わず咳払いをしたが、
「ごほん」
すぐにいつもの笑顔を浮かべた。
「そうだね」
そして紅蓮へ視線を向けると、
「でも、たまには紅蓮も一緒に行かない?」
「は?」
紅蓮が眉をひそめた。
「皆で出掛けるのも楽しそうだし」
紬もぱっと顔を上げ、
「うんうん!」
勢いよく頷いた。
「皆で行こうよ!」
だが、紅蓮は呆れたようにジュースを飲む。
「デートだろ?」
興味なさそうに言った。
「俺は関係ねえじゃん。」
その言葉に、紬と透は一瞬だけ固まった。
「……」
「……」
視線が合うが、すぐに逸れた。
2人とも少しだけ気まずい。
あの日、透は紬に「好き」と伝えた。
紬もまた、その言葉を忘れられずにいる。
だからこそ、2人きりになるのは妙に意識してしまうのだ。
もちろん、紅蓮はそんなことなど全く知らない。
紬は慌てるようにスープを飲み、
「じゃ、じゃあ!」
少し声が大きくなる。
「明日にでもどう?」
そして紅蓮を見る。
「紅蓮は行きたい所ないの?」
紅蓮は腕を組み、
「そうだな」
少し考える。
「テレビで見たんだけどよ。ボーリング?ホーリング?とかいうやつ」
透が思わず笑い、
「ボウリングの事かな?」
「それだ。穴が空いたボールを投げてた」
紅蓮は頷く。
「なんか面白そうだったな」
紬も思わず笑顔になる。
「いいじゃん!楽しそう!」
すると透がクスッと笑った。
「じゃあ。僕と勝負でもする?」
紅蓮の眉がぴくりと動いたが、
「は?」
「ははっ、僕だって紅蓮には負けないよ?」
透は冗談のつもりだった。
だが、紅蓮は真顔になり、
「ふーん」
飲み終えたコップを机に置いた。
「言ったな?」
「あれ?やる気?」
「当たり前だろ。負けるかよ」
紅蓮は胸を張ったが、
「俺は《夜叉》最強だからな」
「ボウリング関係ないよね?」
と、透がすかさず突っ込む。
食堂に笑い声が響き、紬も声を上げて笑う。
こんな風に何も考えず笑えたのは、久しぶりだった。
玲がいない寂しさは消えないけれど、透がいる。
紅蓮も、仲間達も居る。
守りたい日常がここにある。
紬はそんな光景を見つめながら、少しだけ肩の力を抜いたのだった。
薄暗い空間では、禍々しい妖力が満ちる玉座に、赫焉が座っていた。
その前で、宵と玲は膝を付いている。
「……そろそろ次の手、という事ですね」
宵が静かに頭を下げた。
相変わらず、片目のモノクルが妖しく光る。
赫焉は満足そうに頷くと、
「うむ」
低い声が響いた。
「準備は整っておる」
その視線が玲へ向き、
「玲」
玲は顔を上げた。
感情の見えない表情の玲へ、赫焉は笑う。
「よくやったな」
褒めるように、認めるように微笑むが、その言葉に温かさはない。
赫焉にとって玲は駒であり、利用価値のある道具で、それ以上でも以下でもなかった。
「……」
玲は黙ったまま聞いている。
だが、あれから胸の奥がざわついていた。
海岸での出来事。
あの少女は、何度傷付いても諦めなかった。
『玲さん!』
必死に自分を呼んでいた声が、頭から離れない。
赫焉は口角を上げた。
「玲。お前には期待しているぞ」
玲はゆっくり頭を下げ、
「御意……。」
返事はしたのだが、心は別の所にあった。
(紬とかいう者は……)
玲は目を閉じると、胸の奥が小さく痛んだ。
(何処かで会ったような……)
その違和感に気付く者はいない。
赫焉も、宵も。
そして玲自身も、まだその意味を知らなかった――。




