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半妖の黙示録ー契約の成れの果てー  作者: くろあげは。
第5章 私の居場所なんて
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第44話 罠だと分かっていても

大量発生していた妖の討伐が終わる頃には、空はすっかり夜に包まれていた。


紬は疲労の残る身体を引きずりながら、《夜叉》の施設へ戻る。


施設内の慌ただしさは落ち着いていたが、重苦しい空気だけは消えていなかった。


玲が消えたこと、街で起きた異変。


そして赫焉の動き。


誰もが不安を抱えている。


紬は真っ直ぐ管制室へ向かい、扉を開く。


すると、


「……」


「……」


透と紅蓮が並んでモニターを見つめていた。


二人とも険しい表情をしている。


「透先輩?」


呼び掛けると、透が振り返る。


疲労の滲んだ表情に、そしてどこか苦しそうな目。


「紬ちゃん」


「どうしたんですか?」


紬が尋ねると、透は少しだけ視線を落とし、そしてゆっくり口を開く。


「……玲さんを見たんだ」


紬の目が見開かれる。


透も玲を見つけていたようだ。


透はショッピングセンターでの出来事を話した。


蜘蛛の妖との戦闘後、噴水広場で見た玲の姿。


そしてその隣に居た、宵。


話し終えた頃には透の拳は固く握られていた。


「あと少しだった。あと少しで届いたのに……」


紬の胸も痛んだ。


自分も同じだったから。


「私も……商店街で玲さんに会いました」


透と紅蓮が顔を上げたが、紬は唇を噛み締めた。


『……誰だ、お前は』


あの言葉が耳から離れない。


「私のこと……分からなくなっていました。」


「俺もだ。駅前で玲を見た」


紅蓮の拳が震えていた。


「しかも親父の右腕と一緒に居た」


3人とも玲を見たが、誰1人玲を救うことができなかった。


透は静かに呟くと、


「……偶然じゃない」


紬と紅蓮が顔を上げる。


「宵はわざと僕たちに玲さんを見せている」


まるで希望を見せて、そして奪うように。


紅蓮が舌打ちした。


「趣味の悪い野郎だな」


その言葉に誰も反論しなかった。


その時突然、紬のスマートフォンが震えた。


画面を見るとそこには、『非通知』と表示されている。


胸がざわつくが、理由は分からない。


だがなぜか、玲のような気がした。


「すみません、ちょっと」


そう言って紬は管制室を出る。


扉が閉まり、静かな廊下は1人になり、紬は通話ボタンを押した。


「……もしもし。風早です」


そして、


『ふふ……』


聞き覚えのある声がしたが、紬の表情が強張る。


『玲さんだと思いましたか?』


「……宵」


電話の相手は赫焉の右腕だった。


紬は唇を噛み締め、


「貴方は何がしたいの?」


と、怒りを抑えながら言う。


「……玲さんを返して」


すると宵は楽しそうに笑った。


『でしたら』


芝居がかった口調で、


『朝日が昇る早朝。景色の良い海岸でお待ちしております』


紬の瞳が揺れる。


人気観光地の海岸に、玲がいるのだろうか。


『ああ、もちろん』


宵の声が低くなり、


『一人でお越しくださいね』


紬は息を呑んだ。


『誰にも話してはいけませんよ』


脅しではないが、逆らえばどうなるか分からない。


『……では、後ほど』


「待っ――」


一方的に通話は切れ、再び廊下は静かになってしまった。


紬はスマートフォンを見つめる。


罠かもしれない。


いや、きっと罠だ。


そんなことは分かっている。


それでも玲がいるなら、行かないという選択肢はなかった。


紬はゆっくり振り返り、管制室の扉を見つめた。


その向こうには透と紅蓮がいる。


話せば止められるだろう。


透は絶対に紬1人で行かせない。


紅蓮もきっと、「俺が行く」と言うだろう。


だから、紬は目を伏せた。


「……透先輩、紅蓮。……ごめんね」


そして紬はスマートフォンを握り締め、玲を取り戻すために、たった1人で《夜叉》の施設を飛び出した。











紬が1人で行ってしまったその頃。、管制室では透と紅蓮が話を続けていた。


玲をどう救うか。


宵の狙いは何なのか。


答えの出ない話だった。


そして数分後、透がふと顔を上げる。


「……あれ?」


「どうした?」


透は入口へ視線を向け、


「紬ちゃん、中々帰ってこないね」


そう言われて紅蓮も気付いた。


確かに電話を受けるだけなら、とっくに戻ってきてもおかしくない。


「そういやそうだな。ちょっと見てくる」


「お願い」


紅蓮は管制室を出たが、電話をしていたはずの廊下に、紬の姿はない。


「ん?」


辺りを見回しても、誰もいない。


紅蓮は首を傾げながら管制室へ、顔だけ覗かせた。


「おーい。紬いないぞ?」


「え?」


透の眉が僅かに動き、紅蓮は肩を竦めた。


「自分の部屋で電話してんのかね?」


だが、透は笑わなかった。


胸の奥がざわつき、嫌な予感がする。


理由は分からないけれど、どうしても落ち着かない。


まるで大切な人が、手の届かない場所に行ってしまった、

そんな感覚。


「……紅蓮。紬ちゃんの部屋、見に行こう」


紅蓮も透の表情を見て異変を察する。


「お、おう」


そして透は胸騒ぎを抱えたまま、管制室を後にする。











東の空が少しずつ白み始めていて、夜が終わり、朝の始まろうとしていた。


水平線の向こうから顔を覗かせた朝日が、静かな海を黄金色に染めていく。


波が寄せては返し、その度に海面はきらきらと輝いた。


本来なら見惚れてしまうほど美しい景色だが、紬にはそれを眺める余裕などなかった。


「……はぁ……っ……」


肩で息をする。


「はぁ……はぁ……」


《夜叉》の施設を飛び出してから、ほとんど休まず走り続けてきた。


足は重いし、肺は痛い。


それでも止まれなかった。


玲がいるかもしれない。


その可能性だけが紬を動かしていた。


やがて、砂浜の向こうに人影が見える。


朝日に照らされた後ろ姿は、まるで景色を眺めているように静かに立っている。


紬はその人に、ゆっくり近付いた。


「……言われた通り、来たよ」


砂浜へ足を踏み入れると、人影が振り返る。


玲ではなく、やはり宵だった。


紬は周囲を見回すが、玲の姿はない。


「……玲さんはどこ?」


警戒しながら尋ねるが、返事はない。


紬は指先に意識を集中させ、焔月を呼び出そうとする。


その瞬間、背筋が凍るような気配を感じた。


「動くな」


冷たい声が後ろから聞こえ、首元に鋭い刃が触れる。


そして肌を焼くような熱を持ち、それは黒い炎を纏った刀だった。


それと同時に強い力で手首を掴まれる。


「……っ!」


この気配を知っている。


忘れるはずがない。


ゆっくり目線を向けると、そこにいたのは虚ろな瞳を浮かべ、そして黒炎を纏う刀を握る女性だった。


「……玲さん!」


玲は答えず、感情のない瞳で紬を見つめているだけだった。


助けたかった、ずっと会いたかった人。


その人が今、敵として自分の首に刃を突き付けている。


「玲さん……!」


紬の悲痛な叫びは、寄せては返す波の音に、飲み込まれていった――。


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