第42話 何も、思い出せない
管制室へ飛び込んだ透は、真っ直ぐモニターへ向かった。
「状況は?」
緊張した声が飛び交い、モニターを確認していた隊員が慌てて振り返った。
「ま、街に妖が大量出現しています!」
隊員の顔は青ざめている。
「し、しかし玲さんの反応は見つかっていません……!」
透の表情が曇り、紬もモニターへ視線を向けた。
そして息を呑む。
地図上に無数の赤い点が点滅していた。
商店街、駅前、ショッピングセンター、住宅街。
街の至る所で妖が出現している。
「こんな数……」
紬は思わず呟いた。
今まで見たこともない異常事態だった。
紅蓮も険しい顔をする。
「赫焉は何がしたいんだ……」
透は地図を見つめながら考え込む。
玲を探したいが、今は街を守ることが先だ。
リーダーとして判断しなければならない。
透は静かに顔を上げると、
「まずは街の妖をどうにかしよう」
その一言で管制室の空気が引き締まる。
「避難指示を出して」
「はい!」
隊員達が一斉に動き始め、透は地図を指差す。
「僕はショッピングセンターに行く」
そこは、最も妖の反応が集中している場所だった。
「紬ちゃんは商店街に」
「はい!」
「紅蓮は駅前をお願い」
紅蓮が頷く。
「任せろ」
透は二人を見て、
「無理はしないで。何かあったらすぐ連絡してね」
と、紬は頷く。
胸の奥に不安が渦巻いていた。
玲のことが気になる。
今どこにいて、それも無事なのだろうか。
赫焉は玲を使って、何を考えているのか。
紬は左手へ視線を落とした。
薬指にはめられた指輪に、そっと触れる。
不思議と勇気が湧いてくる。
「行ってきます、リーダー!」
透が優しく微笑む。
「気を付けてね」
「透先輩も、ですよ」
紬は踵を返し、管制室を飛び出した。
その頃、商店街から少し離れた場所にある廃墟ビルの、非常階段に玲は立っていた。
冷たい風が黒髪を揺らす。
眼下では妖たちが暴れ回っていた。
悲鳴を上げ、逃げ惑う人々。
燃え上がる店達。
いつも賑やかだった商店街が、炎に包まれている。
だが玲は何も感じず、ただ静かに見下ろしていた。
玲の刀は、黒い炎が生き物のように揺らめいている。
玲は隣に立つ宵へ視線を向けた。
「……宵。これでいいのか?」
まるで感情のない声で呟く。
宵は満足そうに微笑み、
「えぇ」
と、モノクルを指先で押し上げる。
「赫焉様も喜んでおられますよ」
その言葉に玲は小さく頷いた。
赫焉様が喜んでくれるなら、それでいい。
それが正しい事だと。
すると宵がふと目を細めた。
「……おや?」
視線の先にある、商店街の入口に一台の車が止まる。
《夜叉》の車だった。
ドアが開き、飛び出してきた少女を見た瞬間、何故か玲の胸が僅かにざわついた。
紬も玲へ気付いたようで、目を見開き、そして叫んだ。
「玲さん!!」
その声が惨劇の商店街へ響く。
しかし、玲は静かに首を傾げた。
どこかで聞いたことがある声だが、思い出せない。
まあ、今は思い出す必要もない。
「……誰だ、お前は」
信じられないというように、紬の表情が凍り付いた。
玲は無表情のまま見つめ返す。
何も分からないし、何も思い出せない。
赫焉様以外、必要ない。
その様子を見た宵がくすくすと笑う。
「これは面白い」
モノクルの奥の瞳が細められ、そして玲へ向き直った。
「玲さん、行きましょう」
玲は頷き、
「あぁ」
と、宵の笑みが深まる。
「……楽しくなりそうですね」
二人の足元から闇が広がり、空間が歪む。
「待って!!」
紬が駆け出すが、間に合わない。
玲の姿が闇へ溶けていき、最後に見えたのは、感情のない虚ろな瞳だった。
自分を見ても何も思い出せない玲の姿。
「玲さん……!」
紬の叫びだけが、炎に包まれた商店街へ虚しく響いた。




