表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
半妖の黙示録ー契約の成れの果てー  作者: くろあげは。
第4章 時は止まらない。
PR
36/78

第36話 焔の共鳴

古びた廃病院の扉が、風もないのに軋む。


薄暗い廊下に、剥がれた壁紙。


割れた窓から吹き込む夜風が、ひゅう、と不気味な音を立てていた。


紬は慎重に廊下を進む。


手には、血の宿る刀――焔月。


赤黒い刃が、暗闇の中で妖しく揺らめいている。


二階に上がると、余計不気味さが増す。


『この病院の何処かにいるよ〜』


先程の、ふざけた声が脳裏に蘇る。


先程から、耳に付けた通信機から、酷いノイズが走る。


紬は顔をしかめた。


「っ……」


雑音が止まらず、通信が上手く繋がらないようだ。


透達と連絡が取れない状況に、胸の奥がざわつく。


「透先輩……」


小さく名前を零した、その時だった。


背後で、靴音が鳴り、紬は即座に振り返る。


焔月を構えるけれど、そこには誰もいなかった。


静まり返った廊下は、割れた窓から月明かりだけが差し込んでいる。


紬は警戒を解かないが、何だかまるで、この病院全体に見られているみたいな感覚がする。


クスクス……。


何処からか、白夜の笑い声が聞こえた。


「……出てきて」


すると天井近くの暗闇から、声だけが返ってきた。


「えー?せっかく鬼ごっこしてるのにつまんない」


白夜の楽しそうな声は聞こえるが、姿は見えない。


紬は周囲へ視線を巡らせながら、焔月を握り直した。


その時、通信機から再び、大きなノイズが走る。


紬は耳を押さえた。


「っ……!」


酷い音が流れ、その雑音に混じって一瞬だけ、


『……紬ちゃん』


透の声が聞こえた気がした。


紬が耳を押さえたまま、小さく息を呑む。


今のは、確かに透の声だった気がした。


けれど通信機は、相変わらず酷いノイズを吐き出している。


不快な雑音だけが耳へ刺さる。


紬は眉を寄せながら、ゆっくり顔を上げた。

 

突然、何かが軋む音がして、紬の視線が、廊下の奥へ向く。


薄暗い廊下の中央には、古びた車椅子がぽつんと置かれていた。


錆びた車輪に、破れた座面。


まるで何年も放置されていたみたいに古い。


さっきまで、あんな物無かった。


紬の背筋へ嫌なものが走る。


すると、車椅子が独りでに動いた。


「っ……!」


紬は反射的に焔月を構える。


車椅子はゆっくり、ゆっくりと、誰も押していないのに、廊下を進み始める。


不気味な音だけが静かな病院へ響き、白夜の笑い声が、どこか遠くで聞こえた。


「ねえ人間ちゃん。この病院、楽しいでしょ?」


車椅子は、廊下の途中でぴたりと止まった。


その直後、すぐ近くの扉が、独りでにゆっくり開く。


扉に掛けられたプレートには、掠れた文字でこう書かれていた。


『手術室』


ひやり、と冷たい空気が流れ出てくる。


紬は無意識に息を呑んだ。


病院特有の、古びた薬品みたいな臭いが鼻を掠める。


すると、また白夜の笑い声が聞こえたが、今度は『手術室』の奥からだ。


紬はゆっくり焔月を握り締める。


刃の赤黒い炎が、暗闇の中で揺らめいた。


怖くない訳じゃない。


むしろ、かなり怖い。


けれど、ここで逃げる訳にはいかなかった。


透も戦っているのだから、自分も前へ進かなきゃいけない。


紬は真っ直ぐ『手術室』を見つめ、小さく息を吐いた。


「鬼ごっこは、もう終わりにしよう?」


紬は焔月を構えたまま、暗い『手術室』へ足を踏み入れた。


『手術室』の中は、酷く荒れていた。


窓が割れた棚に、散乱したカルテ。


薬品が入っていたのであろう瓶は床で砕け、ガラス片が月明かりを反射している。


床には、ハサミやメスが無造作に転がっていた。


まるで誰かが暴れた後みたいだった。


「……面白くないなぁ」


すぐ後ろから声が聞こえ、紬が咄嗟に振り返った瞬間、

何か液体のようなのが勢いよく飛んできた。


「っ!」


紬は反射的に目を閉じる。


何か、焼けるような嫌な音が響き、紬ははっと目を開ける。


「……え」


目の前に立っていたのは、紅蓮だった。


紬を庇うように前へ出た紅蓮の腕へ、透明な液体が掛かっている。


赤い煙が立ち上がり、焼ける臭いがする。


液体を浴びた紅蓮の腕の皮膚が、じわじわ赤く爛れていく。


「紅蓮!」


すると暗闇の奥で、白夜が楽しそうに笑う。


「わあ、凄〜い。ちゃんと庇うんだ?失敗作のくせに」


紅蓮は舌打ちし、焼けた腕を軽く振りながら、低く呟く。


「……硫酸だな」


じゅう、とまだ皮膚が焼ける音がするが、紅蓮は顔色一つ変えない。


「こんくらい、妖からしたら平気だ」


その言葉通り、赤く焼け爛れていた腕の皮膚が、ゆっくりと再生し始めていた。


裂けた皮膚が戻り、焼けた肉が塞がっていく。


その横で、白夜はつまらなさそうに頬を膨らませた。


「残念。人間ちゃんが溶ける所、見たかったのに」


無邪気な声だが、その瞳には、ぞっとするほど悪意が滲んでいた。


紬は思わず白夜を睨むと、紅蓮がふっと笑った。


焼け爛れていた腕は、もうほとんど再生していた。


「コイツに怪我されたら」


紅蓮は軽く首を鳴らした。


「こっちが誰かさんに怒られんだよ」


誰の事かなんて、考えるまでもない。


紬の頬が少しだけ熱くなる。


すると白夜が、面白くなさそうに目を細めた。


紅蓮はそんな白夜を真っ直ぐ睨み返し、ゆっくり、炎を纏った刃を向けた。


赤い炎が、暗い手術室を妖しく照らす。


「……お前の雑魚なら、とっくに倒したぞ」


白夜の笑みが、ぴたりと止まった。


床へ黒い影が広がり、白夜の表情が、ぐしゃりと歪んだ。


「……は?」


先程までの無邪気さが、一瞬で消えている。


紅蓮は鼻で笑った。


その態度が、完全に癪へ障ったらしい。


白夜の肩が小さく震え始める。


「ムカつく……ムカつくムカつくムカつく……!」


ギリギリ、と歯ぎしりの音が響く。


白夜の瞳には、もう笑みなんて無かった。


どす黒い感情だけが渦巻いている。


「失敗作のくせに、なんで。なんでそんな顔できるの?」


怒気を孕んだ声を合図に、床の影が、生き物みたいに蠢き始める。


白夜は爪を立てるように頭を掻いた。


「人間に好かれて、仲間ぶって、幸せそうにして」


その声は、徐々に震えていく。


嫉妬、苛立ち、憎悪。


全部が混ざっていた。


白夜は紬を睨む。


「お前のせいだ」


怒りに満ちた、冷たい瞳が細められる。


「お前がいるから、失敗作が変になった。失敗作は、失敗作らしくしてろよ!!」


白夜の怒声が、『手術室』へ響き渡る。


すると、白夜の両手の爪が、ギチギチと嫌な音を立てながら鋭く、獣みたいに伸びていく。


黒い妖気を纏った爪が、月明かりを鈍く反射した。


床を蹴る凄まじい音がしたと思うと、白夜が一気に紅蓮へ飛び掛かった。


「っ!」


白夜の爪が、一直線に紅蓮の喉元を狙う。


けれど、紅蓮は炎を纏った刀で、その爪を真正面から受け止めた。


火花が散り、熱風が吹き荒れる。


白夜の顔が、すぐ目の前まで迫っていた。


「調子乗るなよ……失敗作!!」


怒りで歪んだ顔だが、紅蓮はそんな白夜を睨み返し、低く笑う。


「うるせぇな」


炎が、ぶわっと大きく燃え上がる。


「そんなに気に入らねぇなら、力尽くで黙らせてみろよ」


紅蓮の炎が、白夜の影を焼くように広がった。


「さっきから……!」


突然、紬の声が鋭く響いた。


白夜と紅蓮が同時に目を向けると、紬は焔月を強く握り締めていた。


あの紬が、怒っている。


普段の紬からは想像できないほど、真っ直ぐな怒気が瞳に宿っていた。


「失敗作、失敗作って……!」


焔月の刃が、赤黒く揺らめき、紬の半妖の力に反応するように、炎が強く燃え上がった。


「紅蓮は、失敗作なんかじゃない!!」


白夜が目を見開くと、紬はそのまま一歩前へ踏み出した。


「紅蓮は……!紅蓮は、私の大事な友達だ!!」


紬がそう叫んだ瞬間、髪が紅く染まった。


焔月の炎と同じ色で、まるで血のような赤だった。


白夜の反応が一瞬遅れた隙を、紬は見逃さない。


「っ!!」


今までの紬とは比べ物にならない速度だった。


白夜の瞳が揺れ、焔月の一撃が、白夜を真正面から吹き飛ばした。


「がっ――!?」


白夜の身体が宙を舞い、そのまま『手術室』のヒビだらけの壁へ激突した。


壁が砕け、白夜は背中から隣の部屋へ突っ込み、大量の瓦礫と共に崩れ落ちた。


紬は焔月を構えたまま、荒く息を吐いていた。


自分でも驚いた。


今の一撃は、身体の奥から凄い力が溢れた気がした。


その横で紅蓮が、目を丸くしている。


「……ははっ」


小さく笑い、何だか楽しそうだ。


「やるじゃねえか」


紬は肩で息をしながら、紅蓮を見る。


すると紅蓮は、軽く肩を回しながら紬の隣へ並んだ。


炎を纏った刀を、ゆっくり構える。


「……さっさと終わらせて」


赤い瞳が、真っ直ぐ前を見据える。


「アイツの所帰るぞ」


その言葉に、紬の胸が小さく熱くなった。


あの人はきっと、今も戦っている。


なら、自分も負けていられない。


瓦礫の奥から、ゆっくり白夜が立ち上がる。


額から血を流しながら首を鳴らすと、ゴキ、ゴキ、と嫌な音が響いた。


白夜は口元の血を指で拭っているが、その瞳には、先程までの余裕はもう無い。


「……人間のくせになんなの、ほんと気持ち悪い」


吐き捨てるように呟くと、


「白夜」


別の声が聞こえた。


「何を手こずっている」


白夜の足元の、そこに広がる黒い影が、ゆらりと揺れた。


影はゆっくりと盛り上がり、人の形を作っていく。


そして、完全に姿を現した妖を見た瞬間、白夜が顔を上げた。


「漆黒!」


白夜に似た双子の妖。


漆黒と呼ばれた妖は、感情の薄い瞳で白夜を見ていた。


紬の顔色が変わり、


「……この子に、似てる……?」


嫌な予感が、胸を締め付けた。


紬ははっと目を見開く。


「じゃあ、透先輩は……!」


漆黒は紬をじろりと見つめ、怪しげな笑みを浮かべた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ